おんがくの彼岸(ひがん)

大人の独学ピアニストtokyotoadのブログ

ピアノ&キーボードそしてあらゆる分野の練習と「怪傑ゾロの輪」

 

このブログは、アメーバブログを含めると、5年ほどになるでしょうか? はてなブログに移ってから2年ぐらい? そして、このアドレスに移行してから1年が経ちました。

この1年間のアクセス数は3万を超え、お義理でアクセスする生徒さんも何にもいない無名の人間のサイトにしては、たくさんの人がご覧になったようで、もしも独学で鍵盤楽器や音楽を楽しんでいらっしゃる方の参考や反面教師になったのであれば、とても幸いに思います。 

 

そして、最近は、書くことがなくなってきました。

それは、よくないことなのか?

いいえ、とてもよいことだと思います。

というのは、一般向けに音楽理論や楽器演奏を教える人気動画をアップするプロの演奏家も作曲家も音楽プロデューサーも、はじめのうちは動画の内容も更新スピードも勢いがあるけれど、だんだん勢いが無くなっていくんだなぁ、と、今までそのような動画を見ていて思うからです。

そして、どの動画も、だいたい最後には、精神論の内容になっていきます。

「練習で壁にぶち当たった時にどうするか?」とか、

「演奏に自信が持てるようになるためには?」とか、

そういったメンタルな話になっていきます。

何故そうなるのか?

プロですら、話すことが尽きてしまうんでしょう。

もはや、話題が無くなってしまうんでしょう。

そうなんです、理論や技法を話し尽くしたあとに残るのは、

たったひとつのことなんでしょう。

そして、それが、この世のあらゆることが上手くいくようになるための、真理なんでしょう。

その真理は、とってもシンプルで簡単なことなんでしょう。

 

このブログも、その時がやって来たように思います。

私の心と頭の中にあることは、おおかた書いてしまいました。

今のところ、これ以上何か書きたいという気持ちがありません。

 

仕事に家庭に追われてようやく人生が落ちついた、というか、人生に明らめがついた50歳前後にピアノを再開して、数年が経ちました。

再開した当初は、子どもの頃のピアノの先生に通ったり、短期間ですが作曲家に教わったりしました。 子どもの頃のピアノの先生からプロのピアニスト先生を紹介してもらえたり、作曲家に和声のいろはを習ったことが音楽理論を独学する着火剤になったので、それはそれで有益だったと思いますが、その後は自分で動画を見たり理論書を読んだり、バッハのコラールにひとり着目して練習材料にしたり、モードやコードを練習したり、ポップスやフュージョン耳コピしたりと、独学ひとすじでやってきました。 

私は耳コピバカです。 耳コピで楽譜を夢中で起こしている間は楽しくて時を忘れます。 とくに今年は、まだ耳コピしてなかったユーミンの複雑な曲や、耳コピできるとは思ってもいなかった大貫妙子女史の初期の曲や、ついにはフュージョン耳コピにも挑むようになりました。

クラシックピアノしか習っていなかった子どもの頃を思うと、考えられないことです。 中学時代よりもはるかに音楽が解るようになって、中学時代に作った曲やポップスに大人っぽいアレンジやアドリブをつけられるようになりました。 恵まれているとはいえない手や体格や運動神経で、なんとか演奏の幅が広がるように、身体操作のレッスンに通ったり、本やサイトを読んだりして、自分で試行錯誤を続けた結果、子どもの頃よりも格段に演奏姿勢が良くなり、左手が動くようになりました。 それに加えて、プロのピアニスト先生から自信をもらって、演奏の腕も上がりました。

 

その結果、分かったことは、自分はまだ音楽について、音楽理論のいちばん最初の項目すらまともにわかっていない、ということです。

年齢のせいもあると思います。 10代だったら、20代だったら、あっという間に覚えられることも、良くて毎日ほんの少ししか覚えられないし、次の日にはもう忘れてしまいます。 そんな状態でも、地味なことを3年以上、ぽつりぽつりとやってきました。

それで、自分としては結構できるようになった!と思って、ふと我に返って周りをみたら、まだスタート地点にいました!

東海道だったら、日本橋から出発して、品川宿ぐらいまでは行ったかな?と思っていたんだけど、まだ神田の長屋で草鞋(わらじ)を履いたところでした! 京の三条大橋どころか、銀座にもたどり着けていません。

でも、そう感じるのは、私だけじゃないような気がします。

たぶん、プロ中のプロ中のプロの、モンスター級の音楽家でも、いまだにそう感じているのではないか?と思います。 当然次元はぜんぜん違いますが、モンスター級の異次元の世界で、「ああ、自分はまだまだスタート地点なんだ」と思っているのではないか?

だから、そう思えたこと自体が、私にとっては大きな進歩だと思います。

これからどんどん歳をとって、なかなか覚えられなくなっていくんでしょうが、音楽で自分を表現するのが楽しいので、死ぬまで楽しく苦しく楽しんでいこうと思います。 だから150歳まで生きます。

 

ピアノを含めた鍵盤楽器でも他の楽器でも日舞でもお習字でも柔道でも外国語でも何でもかんでも、楽しく練習できるようになるまでの、練習の前段階の練習は、つらくてつまらなくてゲンナリ途方に暮れてしまいます。

 

以前読んだポジティブ心理学の本で「the Zorro Circle」というコンセプトを知って、ああ、こうして少しずつできるようになっていくんだろうなぁ、と思ったので、独学で鍵盤楽器や音楽を楽しんでいる人の参考になるかもしれないと思って書きます。

怪傑ゾロは、アメリカの勧善懲悪の時代劇なんだね。 19世紀のカリフォルニアを舞台に、悪代官に弟を殺された若者が、その恨みをはらすべく、そして悪政に苦しめられる村の人々を救うために、覆面のヒーローとなって悪に立ち向かう!っていうストーリーらしい。

強くなりたい主人公は剣術の師匠の門を叩く。「剣さばきなんてラクショー!」と挑んだところ、コテンパンにやられてしまう。 すると師匠が、棒切れか何かで、主人公が立っている足元の周りに、主人公を囲むようにぐるりと円を描いた。

これが「the Zorro Circle」。「怪傑ゾロの輪」だ。

まず、小さな輪の中の範囲の動きをマスターして自信をつけたら、だんだんと輪を大きくして、できる範囲を少しずつ広げていく。

剣術が上達するにつれて、師匠は主人公の周りを囲む輪をだんだん大きくしていった。 そして、ついに主人公は剣術の奥義を体得して、ここに、正義のヒーロー怪傑ゾロが誕生したのである!

という内容が、その本に書いてあったというかAudibleで聴いた。

ポジティブ心理学の学者Shawn Achorが書いたThe Happiness Advantageという本だったと思う。

 

地味なことをポツポツ続けながら、寄り道をしたり背伸びしたり、自分の脳で汗をかきながら試行錯誤したことは、とってもためになりました。

だからこそ、自分の「怪傑ゾロの輪」が見えるようになりました。

立っている自分の足もとのすぐ外側をクルリととり囲んでいる、小さな円が見えるようになりました。

「怪傑ゾロの輪」が少しでも大きくなるように、これからも、できる範囲で楽しく苦しく楽しんでいきます。

 

 またブログに書きたいことができたら、書こうと思います。

 

このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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