おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

グランドピアノに合う曲、アップライトピアノに合う曲

 

グランドピアノで弾くと映える曲もあれば、

アップライトピアノで弾くと映える曲もある。 だから、

それぞれのケンバン楽器でいちばん映える曲を、

それぞれのケンバン楽器で演奏するのが理想だ。

というのが、現時点の私の実感だ。

 

ピアノの世界では、

アップライトピアノよりグランドピアノのほうが優れていてエライ!」

という見方がなされている、と感じる(ひと握りの本物の人たちを除いて)。

 

また、

「グランドピアノと、アップライトピアノは、別の楽器だ」

という意見も見られる。

私も、それはそう思う。

それぞれに、良さが有り、それぞれに、短所がある、と思う。

 

私は、

グランドピアノ、アップライトピアノ、電子ピアノ、ローズ(エレピ)、オルガン(パイプ、足踏み、ハモンド、電子オルガンなど)、鍵盤付きシンセサイザーチェンバロや古い鍵盤楽器は、

「ケンバン楽器」という大きな種族から、それぞれが個別に枝分かれ進化した存在であり、

「どちらがどちらより優れているとか、劣っているとか」と優劣を論じるのは、

意味の無いことだ、と思う。 いやむしろ、

本物のケンバン楽器好きは、あらゆる種類のケンバン楽器の各々の魅力にメロメロな人だ、と思う。   だから、私は、

アップライトピアノよりグランドピアノが優れている」と

単純に杓子定規に言う人たちを、大いなる疑いの目で見る。

「この人は、本当に、アップライトピアノやグランドピアノや電子ピアノやエレピやシンセのそれぞれの特徴を、心底理解した上で、そう言っているのだろうか?」

と、どんどん不信の目が増していく。 

 

もっとも、

上記のケンバン楽器族の中で、異質な存在といえば、

シンセサイザーだろう。

シンセは、単に演奏するというよりも、

「合成していろいろな音を造り出す」という第一義的な機能があるからだ。

ケンバン楽器族から種分化して、新たな種を形成した存在のような感じがする。

 

そして、

グランドピアノよりもアップライトピアノで弾く方が適している曲が存在すると、私は思う。

どんな曲でもグランドピアノで弾いた方が良い音楽になる、とは限らないと、私は思う。

 

私は個人的には:

 

グランドピアノに合う曲は:

 ①テンポやリズムに緩急や揺らぎのある曲: クラシック曲の印象派や現代音楽、ジャズのソロピアノ演奏

 ②ゆっくりした曲: バラード調の曲(クラシック、ジャズ、ポップス、ロックなど)のソロピアノ演奏

 ③壮大で劇的(ドラマチック)な: クラシックに多そうだが、実はポップスやロックに多い、映画音楽にも当然多い ←いずれもソロピアノ演奏

 ④サステイン(ダンパー)ペダル使いの左手アルペジオ多用曲: クラシックのロマン派以降やドラマチックなポップスの、ソロピアノ演奏

 ⑤ジャズのコンボ演奏のピアノパート:ジャズのトリオなどでのピアノのパート

 ⑥オープンポジションコード多用曲:左手にオープンポジションコードやオクターブ越えのアルペジオが常時出てきたり、右手がオクターブのユニゾンのメロディーが頻繁に出てくる曲の、ソロピアノ演奏。 

 ⑦ソステヌートペダルを使う場合作曲家本人によってソステヌートペダル使用の指示が書いてある現代音楽作品、クラシックの「ソステヌートペダル使用」推奨曲、20世紀以降の音楽(ジャズ・ポップス・劇伴音楽その他)、ソステヌートペダルを演奏に生かしたい人、ソステヌートペダルで試行錯誤したい人。

 

アップライトピアノに合う曲は:

 ①テンポが一定で速い曲: バロックや古典派のクラシック曲、初期のジャズ(ラグタイムやブギウギやストライドピアノなど)のピアノソロ、ポップス・ロック・ディスコミュージックなど20世紀以降の速い曲。←いずれもソロピアノ演奏

 ②超高速弾きのインプロ系演奏: インプロ(完全即興)系のジャズなど ←ソロピアノやコンボ演奏でのピアノパート

 ③クロースポジションコードで拍子を刻むアップテンポのピアノ曲: 狭いレンジに音が密集するコードが、拍子を刻むように常時出てくるピアノ曲。←ソロピアノ演奏。

 

 

以下、詳しく見ていきたい:

 

 

グランドピアノに合う曲

グランドピアノの音の、いちばんオイシイ部分は、サステイン(ダンパー)ペダルを使って発生させる、立体的で長時間持続する減衰残響音ではないかと、私は思う、

と思ったのは、スタインウェイのロンドンショールームで録画したイギリス人ピアニストさんの動画を見たのと、自分で実際にグランドピアノを弾いてみて、そう感じだからだ。

グランドピアノがアップライトピアノよりオイシイ点は、音が、打鍵のインパクト後に、周辺の弦の倍音までをも抱き込みながら空気に波及し、長い時間をかけて減衰していく残響音にある、と感じる。 

グランドピアノでは、サステイン(ダンパー)ペダルを使うと、このオイシサが顕著に表れるが、ペダル無しでもリッチな残響音のオイシサを短時間味わえる。  これは、

 ①グランドピアノのサウンドボード(響板)がアップライトピアノよりも大きいこと、

 ②グランドピアノの低音弦が長いこと、 そして、それらのために、

 ③打鍵後に周囲の弦が発生する倍音を抱き込みながら減衰していく残響音が、えもいえぬ幽玄微妙な響きを、ピアノの周囲の空気に波及させて、その響きが空気中に一定時間とどまること、

によるものだ、と思う。  ということは、

小型のグランドピアノよりも、

壁から離して置かれた大型のアップライトピアノのほうが、

残響音のオイシさを味わえる場合が有るかもしれない。

 

私が思う、

グランドピアノで弾くとオイシイ曲は

 

①テンポやリズムに緩急や揺らぎがある曲: 

クラシック曲の印象派以降のシリアス音楽やジャズの、ソロピアノ演奏

テンポやリズムに揺らぎがあるクラシックの印象派以降のシリアス音楽は、グランドピアノならではの残響音の効果を最も享受できるジャンルだろう。 ドビュッシーの「月の光」や「沈める寺」などは、サステインが効いた残響音のカーペットが圧倒的に迫ってくる、好例だ。 一方、

ジャズのソロピアノ演奏は、演奏者がリアルタイムでクリエイティブに考えながら即興演奏するので、「テンションをどう入れ込たらいちばんオイシイか?」とか「コードの構成音をどうチョイスしてどう配置したらオイシイか?」という、演奏者の一瞬の思考時間によって、演奏に独特のタメや揺らぎが生まれる。 そのタメや揺らぎに、グランドピアノの残響音のオイシさがハマるので、何ともいえない緩急のニュアンスのある魅力的な演奏になるのだ、と私は思う。 ジャズの巨匠によるソロピアノ演奏の録音がサステイン(ダンパー)ペダルをあまり使わないのに味わい深い音なのは、彼らの打鍵のインパクトの良さと、最適にコンディションされた最高級のグランドピアノの残響音のなせる業ではなかろうか。

( ↑ ジャズのソロピアノ演奏における「テンポの揺らぎ」には、①前向きな揺らぎ と、②後ろ向きな揺らぎ  がある。 音楽史に輝くジャズの巨匠や現在第一線で活躍している超一流ケンバニストさんたちのソロピアノ即興演奏の「テンポの揺らぎ」は ①前向きな揺らぎだ。それは、彼らの脳内の膨大なジャズ語ボキャブラリーの引出しの中から「次にどんなフレーズ/コードを繰り出して聴衆を唸らそうか?」と思案する「クリエイティブな揺らぎ」のことだ。 これに対して、素人のソロピアノ演奏における「テンポの揺らぎ」は ②後ろ向きな揺らぎだ。それは、単に「あれ~、このコードだから、えーっと、このスケール/モードは使えるんだっけ?」と、脳内の貧し過ぎるジャズ語ボキャブラリーの引出しに入っているものすら忘れてしまって、引き出せるものが何にもない!という「トホホな揺らぎ」だ! そう、私のことだ! そんな素人の、後ろ向きに揺らぎまくったトホホな演奏さえも、なんとなくニュアンスが有る味わい深い響きの演奏にしてくれる懐の深さが、グランドピアノには有るようだ。 逆に、アップライトピアノで演奏すると、グランドピアノにあるような響きの懐の深さに甘えられないので、アップライトピアノの方が演奏者に対して厳しい楽器かもしれない。) 

 

②ゆっくりした曲: 

バラード調の曲(クラシック、ジャズ、ポップス、ロックなど)

グランドピアノのリッチな残響音がいちばんオイシく聞こえるのが、スローテンポのバラードだ。

バラードは、曲自体が、すでに思い入れたっぷりの感傷的な曲だし、

テンポが遅いので、グランドピアノの減衰残響音の魅力を余すところなく発揮できる。

 

③壮大で劇的(ドラマチック)な: 

クラシックに多そうだが、実はポップスやロックに多く、映画音楽にも当然多い

躯体が大きいグランドピアノならではの、最弱音から最強音までのダイナミックレンジの広さが、余すところなく生きるのは、壮大でドラマチックな楽曲だ。

ポップスやロックのドラマチックな曲、そして映画音楽やテレビ時代劇のテーマ音楽などの、壮大で劇的な楽曲をソロピアノで演奏するには、グランドピアノが適しているだろう。

ポップスやロックといった、20世紀以降の大衆音楽の大いなる強みは、電気によって音を増幅させることによる、瞬間的で強烈な音の立ち上がりや、アコースティックでは不可能なダイナミクス(音の強弱)だ。 グランドピアノは、アコースティック楽器なので、音の立ち上がりやダイナミクスの変化スピードは遅いが、大型楽器ならではの音の規模があるので、壮大でダイナミックな世界観を持つ楽曲にはうってつけだ。

 

④サステイン(ダンパー)ペダル使いの左手アルペジオ多用曲: 

クラシックのロマン派以降やドラマチックなポップスの、ソロピアノ演奏

コードをバラした左手アルペジオ乱れ打ちが、ペダルの使用によって、倍音の残響をとめどなく発生させ、それらがめくるめく音の渦となって周囲の空気に波及していくのが、オイシイポイントだと思う。

 

⑤ジャズのコンボ演奏のピアノパート

ベースとのデュオやトリオ以上の人数編成のなかでのピアノパート

ベースラインをベースが受け持ってくれて、トリオ以上になるとドラムがパーカッション機能を引き受けてくれるので、ピアノは「ベースライン」と「リズム刻み」の仕事から解放されて、より音の鳴りを追求できる。 であれば、より残響音の効果を出せるグランドピアノを弾く方が音響的にお得だ。

 

⑥オープンポジションコード多用曲

左手にオープンポジションコードやオクターブ越えのアルペジオが常時出てくる曲や、右手がオクターブのユニゾンのメロディーが頻繁に出てくる曲。 

グランドピアノならではの豊かな残響音が、サステイン(ダンパー)ペダルで引き伸ばされて、曲の世界観が広がる。

 

⑦ソステヌートペダルを使う場合

作曲家本人によってソステヌートペダル使用の指示が書いてある現代音楽作品、

クラシックの「ソステヌートペダル使用」推奨曲、

20世紀以降の音楽(ジャズ・ポップス・劇伴音楽その他)、

ソステヌートペダルを演奏に生かしたい人、

ソステヌートペダルで試行錯誤したい人。

ソステヌートペダルについて近日中に記事をアップしようと思っていたのだが、とりあえずざっくりと、20220630に追記する:

21世紀になってから、ソステヌートペダルはほとんどのグランドピアノに付いているようなので、ソステヌートペダルを使いたい人には魅力的だ(上位機種のアップライトピアノや電子ピアノにも付いている)。

作曲家本人が「ここでソステヌートペダルを踏め!」と指示記号を入れた楽譜を弾く場合は、一介の演奏者はどんなことがあってもソステヌートペダルを使わなければならないが、作曲家本人による指示が何も書いていなければ、ソステヌートペダル使う必要は、無い。 「ソステヌートペダルを使う曲」と一般に言われている印象派あたりの曲についても、その作曲家本人による「踏め!」の指示が無い場合は、べつに使わなくても問題ない。 だって、作曲家本人が指示してないもん。

 

一方で、

「ソステヌートペダルは、もっと上級の曲になってから使うものです」

なんてことは、誰も決めていない。 だから、

3つのペダルの真ん中にあって、今まで一度も使ったことがないまま、でも、頭の片隅でずーっと気になっていたソステヌートペダルを、

「踏んでみたい!」

と思う人は、

踏めばいい。

踏んで、試しに使ってみればいい。

試しに使ってみて、

「お~、これ、使える~!」

と思ったら、

どんどん使えばいい。

どんどん使って試行錯誤すればいい

クラシック曲でさえ、

当の作曲家本人が何にも指示を残していないのに、

「この曲のこの部分はソステヌートペダルを使用します!」

って生徒に教える人たちがいるんだから、

ソステヌートペダルを使ってみたい人がいたら、

自分で耳コピしたポップスや、ジャズの即興演奏や、

自分で作曲した作品に、

どんどん使ってみて、

どこに使うと効果的か、この場合は使わない方がいいのか、

別のペダルや弾き方や打鍵のタイミングと組み合わせてみたらどうなるのか、などなど、

響きの違いを自分の耳で聴きながら、

クリエイティブにいろいろ試してみればいい

そして、そのことについて、

誰にお伺いを立てる必要なんて、全く無い。

「ソステヌートペダルを使ってみたい」という

貴方(あなた)の願望に水を差す権利の有る者は、この世にもあの世にも存在しない。

「初心者にはソステヌートペダルは不要だ」って、

いったい、誰が決めたのか?

「上級者ではない者がソステヌートペダルを踏んだら、罰金を払わなければならない。」 みたいな、

法律でもあるのか?

 

というのは、

ソステヌートペダルは、ジャズやポップスやロックや劇伴といった

20世紀以降の音楽を弾いていると、

「踏んでみたい」

と思う可能性があるからだ。

とりわけ、ペダルポイントのところで、

「踏んでみたい」

と思う人がけっこういるのではないか。 私がそうだ。

「ペダルポイント! そ~だよね~!」

と思ったジャズ・ポップス・ロック好きの人がいるかもしれない、 あるいは、

「もうとっくの昔から、ペダルポイントで踏んでるよ~!」

っていう人もいるだろう。 

ペダルポイントで踏みたくなる箇所は、

アッパーレンジで異なるコードを次々に弾く場合だ。

( ↑ クラシックの「ソステヌートペダル使用推奨曲」でも、ペダルポイントで踏むのを推奨されている曲が多いだろう。

しかも、

アッパーレンジで次々に弾くコードがディソナントなヴォイスィングの場合は、

とっても踏みたくなる。

ディソナントなコードといえば、

ジャズをはじめ、20世紀以降の音楽だ。 

ほかにも、

ペダルポイントの上で、メロディーラインがいろいろ動く場合も、

踏みたくなるに違いない。 

そんな時は、

踏んでみよう

踏んみて、使えるかどうか、

自分の耳と脳を駆使して、いろいろ試してみよう!

「ピアノのレッスンで先生から教わっていないので使えません」

なんて言っている人は、21世紀を生き残れないよ。

 

ソステヌートペダルは、上位機種のアップライトピアノや電子ピアノにもついているので、

「いつか踏んでみたい!」と思う人は、

ソステヌートペダルつきの機種を検討すると、後々の買い替えコストがセーブできるかもしれない。 もっとも、

ピアノ以前に、古くから

ペダルポイントが最も似合うケンバン楽器といえば、当然ながら、

オルガンだよね。 ペダルだけに。

 

 

以上が、

グランドピアノに合うと、私が思う曲だ。

「グランドピアノの大型楽器ゆえの、減衰音の残響が一定時間持続する特徴」という、長所が生きるジャンルがたくさんあるね。

しかしながら、

まさにその長所が、

決定的な短所になってしまう楽曲が存在する!

と、私は思ったのだ。

「グランドピアノの大型楽器なので、減衰音の残響が持続する」

ということは、

グランドピアノは、図体がデカいがゆえに、

音のフットワークが重くて大仰な、

モタモタ、ノロノロ、重々しい、

鈍重な楽器。

ともいえるわけだ。 動物に例えれば、

グランドピアノは、アフリカゾウ

アップライトピアノは、チーターだ。

アフリカの大地を悠々堂々と歩くアフリカゾウに無いものを、

急加速・急減速しながら疾風のように駆け抜けるチーターは持っている。

世の中には、

軽快なフットワークが売り物の楽曲が、あまた存在する。

アップテンポの軽快な曲には、

グランドピアノは、音の図体が大き過ぎて、

曲の軽快感をことごとく潰してしまう可能性がある。

 

クルマに例えると、

グランドピアノは、バスや大型トラックだ。

バスや大型トラックは、たくさんの人や荷物を運べる

規模の大きさが有る。 ところが、その大きさゆえに、

急な加速や減速ができないし、小回りが利かない。 だから、

動作が悠長で遅く、カーブを曲がるのも

「ヒダリへ、マガリマス。ヒダリヘ、マガリマス。」と、

いちいち大仰なことになる。

 ↑ 「音の内輪差」という言葉が頭に浮かんだよ。

  グランドピアノは、大きい分だけ、「音の内輪差」が大きいんだ。

同じように、

アップテンポで軽快な曲の魅力を存分に引き出すには、

グランドピアノはデカすぎて、音のキレが遅すぎる場合が有る。

 

そんなときに、がぜん力を発揮するのが、

アップライトピアノだ。

アップライトピアノは、さしずめ、

セダンやクーペなどの、乗用車だ。 たとえば、

バスやトラックの運転手が、

仕事で一日中バスやトラックを運転した後、

仕事を終えて家に帰ろうと、

駐車してあった自分のセダンやクーペに乗り込んで、

アクセルを踏みこんだ瞬間に、

「加速が軽い~~♪」と、快感を感じるに違いない。

高速道路で、乗用車は時速80kmから100kmにすぐにギューンと加速できるが、バスやトラックは、徐々に加速するしかない。 それに、

乗用車は「内輪差」が小さいから、急なカーブも素早く曲がれる。 このような、

小型の車の足回りの良さは、運転の快感を生む。

音楽でも、 軽快でアップテンポの

フットワークの良い音楽は、演奏の快感を生む。

そのような曲にうってつけなのが、アップライトピアノだと、私は思う。

アップライトピアノは、グランドピアノに比べて、

 ①響板が小さい

 ②響板が小さいので、低音弦が短い 

 ③弦が短いので、打鍵音や倍音の減衰が早く、音切れが良い

 ④響板が壁に面しているので、反射音がシャープ

という特徴があると思うので、

軽快感のある音が出せる。

 

従って、

 

アップライトピアノに合う曲

 

①テンポが一定で速い曲: 

バロックや古典派のクラシック曲、初期のジャズ(ラグタイムやブギウギやストライドピアノ)、ポップス・ロック・ディスコミュージックなど20世紀以降の曲。←いずれもソロピアノ演奏

グランドピアノの、一定時間持続するリッチな残響音のオイシさが、ことごとく裏目に出てしまうのが、上記のジャンルの音楽だろう。 アップテンポで、テンポが一定の曲を、グランドピアノで弾くと、グランドピアノのオイシイ残響音をオイシく味わい尽くす前に、後続の音が次々と畳みかけるように鳴ってくるので、オイシイ残響音は寸断され、かき消され、倍音もズタズタになって、何が何だかわからない混然とした濁った響きになってしまう。

これに対して、もともと音の減衰時間が短いアップライトピアノは、次々と音を畳みかけて弾いても、「先入れ先出し」でどんどん音が消えていってくれて、音同士がケンカしないので、楽曲の身上である軽快な世界観が損なわれることがない。

と書くと、

「そうれ見ろ、(グランドピアノより劣った)アップライトピアノは、(クラシック音楽より劣った)ポップスなどにお似合いだ!」

と言う人たちもいることだろうが、

モーツァルトの「トルコ行進曲」やベートーベンの「月光ソナタ第3楽章」は、アップライトピアノで弾いた方が、軽快でスピード感のある世界観が、より生きることはないだろうか。 また、バッハの端正なケンバン曲をグランドピアノで弾くと、無駄にリッチな余韻が残り過ぎはしまいか。

ジャズ黎明期のラグタイムやブギウギやストライドピアノの陽気な疾走感は、グランドピアノでは、かえってもたついてしまうことはないのか。

 

②超高速弾きのインプロ系ジャズ: 

インプロ(完全即興)系のジャズ

超高速弾きを伴うインプロ系ジャズは、アップライトピアノを使うと超人レベルの高速演奏が実現できる。 音の響きが軽くて残響時間が短いから、複数の音を高速で次から次へと畳みかけても、どんどん消えていってくれるので、重たい響きにならないからだろう。 アメリカ人の或る著名ジャズピアニストさんによる、トリオでのフルコン演奏と、同じくトリオでのアップライトピアノ演奏の動画を見比べて、私はこのように思った。 フルコンですでに縦横無尽の高速演奏をするピアニストさんだが、アップライトピアノの演奏では、両手でコードを連打するスピードがあまりにも速すぎて、1秒の間に打鍵されて下がっている鍵盤の数が常時数十キーにのぼり、両手の動きが動体視力で識別可能な速さを超えてしまって手元がブワァ~~~っとモヤってしか見えず、もはや手の形を肉眼で識別不可能。 ピアニストさん本人も、同時にたくさん音を鳴らして音を畳みかけて弾いても軽快に響くから、楽しいんだろうね、演奏の勢いがどんどん増して、ついには右手でコードグリッサンドを上→下→上へとかましまくり、あまりの勢いにアップライトピアノが前後に揺れ始め、ピアニストさんの顔が茹でダコのように真っ赤になって頭から湯気が出るほどの超熱演になってしまった。 弾く人が弾くと、アップライトピアノは、F1のレーシングカーのような、とてつもない超高速超絶技巧演奏楽器に変身する。

(グランドピアノの超高速弾きで既に両手がモヤって見えなくなる日本人のジャズピアニストさんがいる。かつてライブで目撃して度肝を抜かれた。その人がアップライトピアノで超高速演奏するのを私は見たことが無いが、どんなにスゴイことになるのか、いちど見てみたい。)

 

③クロースポジション(密集配置)コードでリズムを刻むアップテンポの曲: 

①とかぶる内容になるが、

狭いレンジ(音域)に音が密集するコードがリズムを刻み続けるアップテンポのピアノ曲には、アップライトピアノが合っていると思う。

モーツアルトやベートーベンの曲には、クロースポジションのトライアドが多用されている。 モーツアルトの「トルコ行進曲」の左手パートの♫ズンチャッチャッチャがそうだ。 バッハの「イタリア組曲」の第一楽章の左手の♫チャッチャッチャッチャッ刻みのコードもそうだ。 このクロースポジション(密集配置)のトライアドの♫チャッチャッチャッチャッは、バロック音楽ハープシコードのコンピング(リズム刻み伴奏)パターンだ。  そして、ハープシコード曲に特徴的な♫チャッチャッチャッチャッは、同時に「ハープシコードの限界」を表している。 ピアノで可能になったサステイン(ダンパー)ペダルが、ハープシコードには付いていなかった。 ハープシコードでオクターブ超えのオープンポジションのアルペジオを連続して弾くと、片手で10度以上に届かなければ音がコマギレになりやすくて、ペダル使いのピアノのような残響音を伴う幽玄微妙な響きにはならない。 だから、片手がオクターブ内に収まるクロースポジション(密集配置)の♫チャッチャッチャッチャッコードや、左手が♫ドソミソドソミソ系アルペジオの曲や、右手が♫ミソファミレファミレドミレドシレソシドー的な16音符刻みの細かいメロディーの曲が多いのではないだろうか。 また、ハープシコードは音の強弱をつけることができないので、できるだけオクターブ内に音を詰め込んだクロースポジションコードで音の塊(かたまり)を作って弾かないと、弦楽器との合奏において「一人コードリズム隊」としてのケンバン楽器の存在感が出しにくかったのかもしれない。 ピアノのように音に強弱がつけられないハープシコードでは「大きな音を出したいときは、たくさんの音を同時に鳴らすのだ」と説明する動画を視た。 人間の手の大きさには限りがあるから、なるべくたくさんの音を同時に鳴らすためには、どうしても、オクターブ内に音を密集させたクロースポジションコードを使うことになる。 クロースポジションコードのような密集した音の塊(かたまり)が常時出てくるような曲は、軽快さと歯切れの良さが信条だ。 それは、ハープシコードの音が、軽やかで歯切れが良いからだ。 モーツアルトの曲の軽やかな歯切れの良さも、彼が使用した鍵盤楽器(古い時代のピアノも入っているか?)を反映しているに違いない。 だから、このような古い時代の、もともとハープシコードのために作られた曲を、現代の巨大なグランドピアノで弾くと、まったく異形(いぎょう)の響きが生まれてしまうだろう。 その響きの異形ぶりは、ドビュッシーピアノ曲冨田勲氏がシンセサイザーで演奏したかのごときものだろう。 バッハやモーツアルトを、現代のグランドピアノで弾くことは、冨田勲氏によるドビュッシーのシンセ編曲とおなじくらい先進的で前衛的なことだったろう。 サステイン(ダンパー)ペダルを使わなくても、強弱入り乱れて打鍵された弦が周辺の弦と共鳴し合ってぶつかり合った複雑な倍音が空気に波及していく、現代のピアノは、発明された当時の人たちにとってはシンセのような未来の楽器のように感じられたことだろう。 ドビュッシーの作品に多用される、長く伸ばす音や、オープンポジション(開離配置)のハーモニー、幅の大きいダイナミックレンジ(音の強弱)は、現代のピアノの革命的な特徴を余すところなく活用するためのものだったのだろう。 もちろん、名曲は、再現演奏する楽器を選ばないが、その名曲が作られた時代の音に少しでも近い雰囲気を求めるなら、残響音が少なく音切れが良いアップライトピアノはグランドピアノよりも、ハープシコード曲の演奏のために有用な楽器だろう。  しかし!

ここでは、電子ピアノに軍配が上がる 電子ピアノにはハープシコードの音が入っているからね!

ちなみに、バッハのインベンションや平均律集のピアノ楽譜に書いてある「p」や「ff」やクレッシェンド記号は、当然のことながらバッハが指示したものであるはずがない。

ハープシコードでも、わずかに音の強弱をつけられる、という動画を視た。 それによると、打鍵の強さを変えて弾いても、当然のことながら音に反映されないので、フレーズを弾くときに、各音の残響音の重なり具合を先読みして、各打鍵のタイミングを計算しながら緩急を調整して弾くことによって、空間に積みあがっていく残響音の大きさをコントロールするんだって! 演奏するだけではなくて、音響エンジニアの役割も自分でするんだね。 

 

アップライトピアノは、グランドピアノに比べて、

躯体が小さいので響板が小さく、

弦が短いので、残響音や倍音の規模が小さい、

「音が軽いケンバン楽器」だ。 そして、

「音が軽いケンバン楽器」にしか表現できない、

軽快でスピーディーで賑々(にぎにぎ)しい音楽が有る。

グランドピアノの音の悠長さが生きる曲もあれば、鈍重すぎて足かせになる曲もある。

アップライトピアノの軽さが合わない曲もあれば、アップライトピアノのほうがスピード感が出て映える曲もある。

ローズピアノのホワホワ感の有る音でしか、絶対に表現できない世界が有る。

オルガンの減衰しない音じゃなければ絶対に不可能な音楽が有る。

シンセならではの無限の音楽の可能性が有る。

電子ピアノならではの、ケンバン楽器の音色をチョイスして弾ける大きな利便性と楽しさが有る。

 

 

※ 楽器は、アコースティック/電気・電子にかかわらず、その個体の製造メーカーや、その個体の大きさや、新品/中古の別や、購入後の年数や管理状態(新品)や、前の所有者による管理状態(中古)や、演奏する人の芸風やスキルといった、各々の個体に個別の要素があるので、上記の内容の区分けがすべての個体に当てはまるかどうかは、一概には言えない。 しかしながら、「電子ピアノよりアコースティックピアノのほうが優れていて、アコースティックのアップライトよりもグランドが優れている」と判で押すように単純に断言する行為は、そのように断言する人の思考停止と怠慢の表れだ!と私は思う。 「アコースティックのグランドピアノが全てのピアノのなかでいちばん偉い!」と自動的にオウムのように唱える人は、本当の意味でピアノという楽器が好きじゃない人なんだ、と私は思う。 せっかくヒトの脳を持って生まれてきたんだから、自分の脳でいろいろ考えて試行錯誤し続けることが、ヒトとしてこの世を生きている意義というものだ。それが、今回の私の記事の主旨である。

 

tokyotoad

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた(←諦めて命拾いした!と、今じぶんの人生をしみじみ振り返って背筋がゾッとしている)「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。