音楽の彼岸のピアノ遊び

大人のピアノ道楽を満喫するピアノ一人遊びの日々

ピアノを丹田と肩甲骨で弾く? ⇒ ピアノとメンタルについて

 

☆2020年9月現在の私の考えは、「丹田」とか「肩甲骨」とか「体幹」とかいうものは、そもそも、全身を柔らかくして筋肉をある程度つけないと、まったく話にならない、ということです。 それから、小柄で体格が貧弱な人(女性)は、女相撲女子プロレスの選手の体格を大いに参考にすべきだ、と思います。 じゃないと、ピアノという楽器に物理的に負けます。 ピアノ、とくにアコースティックピアノは、本来マッチョな楽器です。

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2018年11月現在の私の考えは、「丹田」とか「肩甲骨」とか「体幹」とか、局所的な要素に注目しすぎると、かえって良くないかもしれない、ということです。

 

(ここから2019年1月に加筆:) 

というのは、ヒトが生きるための「肝心かなめの動き」ができていれば、丹田がこーだとか、肩甲骨があーだとか、手の形がどーだとか言う以前に、すべてが理想的な形で動くからです。つまり、この世の物理学に沿った動きをすれば、歩いても、走っても、野球をやっても、水泳をしても、ダンスをしても、ピアノを弾いても、歌っても、なにをやっても、物理的にうまくいくからです。

 

逆に、「肝心かなめの動き」ができていなければ、何をやっても、物理的にうまくいきません。 「肝心かなめの動き」ができない人は、この世の物理学からみて不自然な姿勢や動きをしているために、身体全体がガチガチに固まってしまっていると思います。 そうなると、人体全体における運動エネルギーの伝達がうまくできない、つまり、人体のパワートレインをうまく駆動できないので、歩いても、走っても、野球しても、ピアノひいても、ぜったいにうまくいかないと思います。

 

そして、身体が固まってしまっている人は、身体が柔らかい人がどのように柔らかいのか、想像することができません。 逆に、身体が柔らかい人は、身体が固まっている人が、どういうわけで固まっているのかを、想像することができません

 

だから、身体が固まってしまっている人は、「力を抜いて」と言われても、どのようにしていいのか本当にわからないんです。 だって、物理的に不自然な姿勢をしているから身体を固めてこの世の重力をやり過ごしながら生きてきたんだから、自分なりに力を抜いてたつもりでも、力を抜いた状態になることができないんです。

 

身体が固まっている人は、物心ついたときから、緊張して身体を固めるような生き方をしてきた人が多いと思います。 生きものは、身の危険を感じると、息を殺して、緊張して動かなくなります。 よく、死んだふりをする虫や動物がいますよね、あれです。 死んだふりをして、なんとかその場をやりすごして、生き残ろうとするのです。 生き延びるために、必死に、息を殺して、身を固めて、死んだふりをするのです。

 

ヒトも同じだと思います。 ただ、ヒトは、思考を持った動物なので、物理的な身の危険だけでなく、精神的な心の危険を感じても、身を固めて死んだふりをするんだと思います。

 

「そんなことをやってはいけません!」 

「どうしておまえはできないんだ!?」 

「勉強しないと、△△みたいになっちゃうよ!(脅し)」....。

 こういう言葉の攻撃を受けるたびに、無意識に、身体を固めて、心は息を殺します。 どんどん、息を殺していきます。 そして、身体はいつも固まったままになっていきます。

 

小学校の体育の時間では、柔軟体操で考えられないような身体が柔らかい子たちが、自慢げに開脚や前屈をやっているのを見てびっくりします。 体育の授業ですから、身体が柔らかいことは、いいこと、優れている。 逆に、身体が固いことは、「できない」こと、「身体的に劣っている」と判断されます。 

「〇〇ちゃんは、身体が固いんだね 」 

マネキン人形みたいだね

と言われて、心の底で傷ついていきます。 そして、 

じぶんはできないんだ」と自分に念をおして、

いや、実は、自分で自分を攻撃して、

だから、自分からの攻撃に対する自己防衛として、ますます身体を固めて、心の息を殺していきます。

 

運動はダメでも、文化的な活動はできるんだ! と、意気込んで、何故かクラシックバレエやダンスではなく、(文化的な活動も、身体を動かすものは、運動といっしょなんだ、ということを、そこで気がつけばいいんですが、なぜか気が付かずに)ピアノをやったりするわけです。  

もちろん、身体が固い状態で、ピアノを練習しても、先生に言われたとおりに、弾くことはできません。 

「指をこうやって!」 

「力を抜いて!」 

「手首を柔らかく使って!」

と言われても、身体が固まっているから、どうやっていいかわかりません。 だって、生まれてこのかた、身体から力が抜けたことがなく育ってきたので、身体を柔らかくする、そのやり方の見当がつかないんですから。 そんな固い体で、頭で一生懸命考えてながら、小さなコチコチの体で、必死になって弾いても、うまくできるわけありません!! 頭の中はパニック、身体はますますおかしな動きになってしまい、もうお笑いのような動きになり、実際に先生に笑われてしまいます(そして、必死にやっていた心は、大きく傷ついていきます)。

 

そうすると、

「〇〇ちゃんは、手首が固いわね」 

「前屈してみて....あら、身体が固いわね」

と、気にしていることを更に念を押されて、

そのたびに、身体は緊張し、心は息を殺していきます。 

 

あげくのはてに、

「先生を見て。ほら、こんなに身体が柔らかいでしょう? 」

と、体育の授業と同じように、できる人の自慢のデモンストレーションを見せられて、

死体にとどめを刺されることになります。 

 

このとき、先生は、良いお手本を見せようと思って、良かれと思ってやるんでしょうが、それを見せられた方が受け取る、言外のメッセージは:

「わたしは、身体が柔らかいから、ピアノが上手くて、先生になれたのよ。 だから、身体が固い人は、ピアノが上手く弾けないのよ。 よって、身体が固いお前は、ピアノが下手なんだよ!

 

こうして、身体も心も萎縮しきった「ピアノ下手」の一丁あがり! 

 

では、手の形がよく、指がよく回り、楽譜どおりに複雑な指の動きを軽やかにやってのける、ピアノの先生から見た「上手な子」は、どのようにしてできあがるのでしょうか?

 

それは、もともと「肝心かなめの動き」ができている子です。 身体を固める必要のない、身体も心も柔軟でいられるような環境で育った子なんだとおもいます。 だから、先生から、指や手先のことをちょっと指導されれば、自然にできてしまうんだと思います。

 

こういう子には、先生はご満悦。 

「✕✕ちゃんはよく指がまわるわね」 

と褒められ、称賛の言葉ばかりが、耳を通して、頭に、心に刷り込まれていきます。 そして、ますます自信をつけて、ますます心身共にリラックスするから、ますます柔軟に、ますます良くなっていきます

 

これを、天国といいます。 

天国とは、魂のポジティブなスパイラル(virtuous circle)のことです。

 

これにたいして、

お前はヘタなんだよ

という有形無形のメッセージをあびるたびに、身体も心も委縮してカチカチになってしまった〇〇ちゃんは、ますますカチカチに固まって、ますますヘタになり、だからますます落ち込んで自信がなくなり、だからますますカチカチに固まって、ますますヘタになり、だからますます.....。

 

これを、地獄と言います。 

地獄とは、魂のダウンスパイラル(vicious circle)のことです。

 

ヨガなどで、「身体が固いひとは、心も固くなってしまっている」といわれますが、一理あると思います。 たまたま生まれ落ちた環境で、生き延びるために、無意識に身体と心を死んだふりして、自分を殺すことによって必死で生き延びてきた結果として、身体が固まった状態になってしまったのです。

 

でも、なによりも、身体が固い人は、「一度でいいから、開脚で胴体が床についてみたい」、と、身体の柔軟性に憧れています。

 

そのためには、地獄にいちゃダメです。 天国に行くんです! 魂をポジティブなスパイラルの軌道に乗せるんです。

 

じゃあ、どうしたら、今のダウンスパイラルから、ポジティブなスパイラルに変えることができるか?

 

赤字経営から黒字化するのが大変なように、いったん地獄の方向に回り始めてしまった運命の輪には、加速度がついているので、天国の方向に回転を戻すには、ものすごい力が入りますが、必ずできます。 

まずは、「自分の身体は、今は固まってしまっているけど、これからどんどん柔らかくなるよ」と、

自分のガイコツと肉を信頼して、いたわってあげます。 

そして、無理せず、痛くない範囲で、

「〽一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩さがる~」くらいの感じで、延々と、延々と(←これがキモなので、繰り返します)、やっていきます。 そう、水前寺清子が歌うとおりさ!

 

『ポジティブ・サイコロジー』という本があります。 著者の名前をすぐに思い出せませんが、つつましい環境に育って、ハーバード大に入学して喜んで通い始めたら、この最高学府に通う、裕福な家庭に育った超エリート学生の自殺率がどういうわけか非常に高いことを知って、ポジティブな心理学を研究するようになった人です。 この本に、

「ネガティブな言葉を1コ言ったら、そのネガティブパワーを打ち消すためには、ポジティブな言葉を4つ言う必要がある」

という研究結果について書いてありました。 

ネガティブな言葉とは、呪い、悪しき呪詛、悪い言霊です。 

ネガティブな言葉のパワーは強大なので、これを打ち消すためには、

4倍多いポジティブな言葉を自分にかけることが必要です。 

(※ ちなみに、私は、ピアノを弾いていて、間違えたと思ったときには、4回弾きなおして、前に進みます。 そうすることで、1個のネガティブ要素を、4個のポジティブ要素で打ち消して、お祓いするのです。 これは、上記の『ポジティブ・サイコロジー』を参考にしたことです。  次の練習で、おなじところを間違えたら、また4回弾き直します。 また次の練習で...、また4回。 このくらいのゆる~いスタンスで、あまり「キキーーーッッ!(ノ`Д´)ノ彡┻━┻ 」てヒステリーにならないように、趣味なんだから、間違っても首をハネられることはないんだから(仕事はそうはいかないけどね!あ~趣味でよかった!)てかんじで、やってます。 )

 

もし、自分の心身がコチコチに固まっているんだったら、

悪い魔女や魔法使いたち(または、ピアノ警察だ!)からの、ネガティブ言葉を浴び続けて、石になってしまっているんです。 または、

「お前はカエルだ!」と呪文をかけられて、自分はカエルだ、と信じ込んでしまっているんです。 あるいは、

「お前はイバラの城で永遠に眠ってろ! つまり、生きならがにして、死ね!」

と言われて、「はい、そうします」ってそうして仮死状態になっているんです。 昔の神話やおとぎ話は、真実のことをいっていたんだね。

 

だから、まずは、悪の言葉に盲従するような、主体性のない奴隷メンタリティ」と、悪い魔女(いや、ピアノ警察だっ!)を、シュレッダーで裁断!アンド破棄っ!してしまうのです。 自分の尊厳が殺されるかどうかの、殺すか、殺されるかの、瀬戸際です。 どんなことをしても、自分の尊厳をぜったいに守るのです。 (奴隷メンタリティについては、この方のサイトを見ると参考になると思います

 

魔女や魔法使いを消去して、呪いの言葉を遮断する。 そういう存在を、自分の人生から徹底的に排除します。 徹底的に排除しないと、ヤツらは狡猾ですから、いろんなコズルイやり方で、心の隙間に入りこもうとしてきます。

 

良かれと思って言ってくれている言葉も、言っている本人がそう思ってなくても、その人の無意識領域を占領している魔女や魔法使いが、その人に言わせている可能性があります。 実は、その人も、呪いにかかってしまっていて、しかも、長い間、それに気がついていないんです。

しかし、そういった可哀想な人に同情している余裕はありません! 

こっちはもう、心がダウンスパイラルの地獄状態なんですから! 

災害時に必要なのは、まず自分が生き延びることです。 

自分がしっかり生き延びて、安全な場所に落ち着いたことを確認してから、自分より可哀想な人を助けるんです。 災害時の基本行動です。

 

心の優しい人は、じぶんをインティミデートする(脅す)人にさらに自信をつけさせるような「お人好し」を演じて、自ら「ネギをしょったカモ」になってしまいます。 

もし、あなたがそういう人だったら、自分で自分を踏みつけるようなことは、もうやめるんです! 

他人のために自分を粗末にするようなことは、未来永劫、終わりにするんです

あなたはもう、じゅうぶん、人のために心身を擦り減らしました。 これからは、自分を、世界の中心に据えるんです!

 

では、どうやって自分の心を天国にしていくか、というと、私の場合は、メンタルよりも、まずは身体ほぐしです。 心と身体はつながっていると思います。 先人がたのサイトや本を読んで、身体をほぐしていけば、心もやわらかくなっていくと思いました。 だから、ちょっとずつでいいので、自分のガイコツを動かして、絞ったまま乾いてしまった雑巾のような身体を、ほぐしほぐししていってます。 

そのために、いろんな本を読んだり、サイトを見たりして、参考にしました(インスパイアされた本やサイトについて、下記のサイトでいろいろ書いています ↓ )

tokyotoad1.hatenablog.com

 

股関節~首の骨までの、背骨まわりを、なんとなく動かして過ごしています。 とくに、片方の股関節が固まってしまっているので、股関節は重点的に動かしています。 ただ、これは、フルタイム勤務の人がやると、職場で完全に不審者みたいになってしまうので、もしやるんだったら、家に帰ってきてからのほうがいいと思います。 股関節が固まってしまった高齢者のための「びんぼうゆすり」を提唱しているお医者さんのサイトを見ました。その通りだとおもいます。 とにかく、なんとなく、ずっと、うごかしている、ぐらいが、心にプレッシャーもかからず、ちょうどよいんだと思います。 操体法も、心地よく気持ちのいい方向に身体を動かすのだそうで、それもその通りだと思います。

ただ、「なにがなんでも自分だけでやるんだ!」という気張りは、コチコチのモトだと思うので、適宜、ヨガとか整体とかボディーワークとか、心のままにやってみたり、やってみなかったりするのがよいんだと思います。 セッションが楽しかったら続けてみたり、自分はセッションに通うの向いてないな~と思ったら、本をよんだりネットを見たり。 仕事や日々の務めで心身擦り減っているんだから、それ以外のときは、ふんわりしているんです

 

趣味なんてものは、ふんわり、楽しくやるもんなんです。 (趣味のピアノで「できない」「下手だ」なんて落ち込んでいる、その莫大な精神エネルギーを、本業につかったら、すごい仕事ができるとおもうよ)。

 

で、私の場合は、2019年1月の時点で、股関節だけでなく、足の先から顔まで、コチコチだった筋肉が緩んできました。 よく「身体はぜんぶ、つながっている」と書かれていますが、その通りだと実感します。 股関節を動かしたら、今度は足首をなんとなく、スネを内側に回転させるようにして回したり、身体の左半分を回してみたり、背骨をらせん状に動かしてみたり。 いろんな人の本やサイト(上記のリンク先の記事)をヒントに、いろいろやっていたら、ガチガチに癒着し合っていた筋肉が、全身的にだんだん剥がれてきました。  肉がチクチクかゆくなったり、身体の内部がツッたりと、ビックリすることがけっこうありますが、結果的に体全体がほぐれてきました(自己責任でやっているので、人にはあえて勧めません)。

 

股関節がゆるんできたら、立っても座っても、上半身がまっすぐしてきました。 

そして、「丹田に力を入れて」とよく言いますが、股関節をはじめ、身体がある程度柔らかくないと、丹田に力を入れることは不可能だろうな、という実感を持つようになりました。 これが、今後の目標になります。

【 ↑ 20221117に追記: 「丹田に力を入れて!」と指導するピアノ教師の全員が「丹田に力を入れる」意味が全く解っていない、と思います。 熟達した武道者や日本の伝統芸能の師匠じゃない限りは、つまりシロートは、「丹田」というある意味ミステリアスな言葉を、いったん忘れた方がいいのではないか、と思います。 「丹田なるところ」が在るとしたら、そこは「力を入れるところ」ではない。 「結果的に力が入るところ」だ!と私は思います。】

 

 

道は遠いけれど、この頃、はじめて、「体がこっていく」プロセスを感じられるようになりました。 つまり、今までは、身体が常にこっていたので、柔らかい状態からこっていくことがなかったわけです。 そして、こってきたらどうやってほぐしていくか、なんとなくわかるようになってきました。

 

結果的に、ピアノでも、左手が、今までの人生でいちばん動くようになりました。 弾く姿勢も良くなって、手の動きが安定してきました。 そして、ピアノを習っていた時に先生が言った言葉「手の甲のナックル部分(こどものころに「貧乏・大臣・おお大臣」をやってあそんだ部分)がいちばん高くなるような手の形にする」とか、「手首の裏側に力を込める」といったことが、、知らないうちにできていることを発見して、ビックリしました。

 

つまり、ピアノの教育で言われるところの、「理想的な形や動き」というものは、教えられてできるというよりも、出来る人は、初めからできているのだ! ということに、気がついたわけです。

 

だから、それができない身体の人が、ピアノのレッスンに行って先生に注意されても、おいそれとできるはずがないんだ。 むしろ、できないことを注意されて、家に帰ってから、やっきになって練習しても、できるはずがない。 できない、できない、レッスンでまた先生に同じことを言われて、うなだれて家に帰って練習して、できない、できない、できない、できない、何度やっても、何時間やっても、狂ったように練習しても、できない、できない、できない。。。。。

 

そんな負のサイクル(地獄)は、まったくもって無意味などころか、自分の魂にとっても、おサイフにとっても、有害きわまりない! そんなもん、やめちまえ!

 

で、私は独学に切り替えました。 そして、「できない」と思ってハノンを躍起になって何時間もやって、無駄に指も心もボロボロになるよりも、

趣味なんだから、なんとな~く、のスタンスで、むしろ日常で骨格を動かして姿勢が良くなれば人生もよくなるよ!と思って、自分のガイコツを動かす一方で、はじめのころはハノン、その後は、自分がやりたいことに合致するベリンガー、そして今は12キーでの各種スケール&モード練習を、2年間続けていたほうが、結果的にメカニカルな演奏技術が向上した。 これが、私の場合です。

 

ですから、いちばん大切なことは、「自分はどうしてピアノが下手なんだろう?」という、ネガティブな気持ちを自分に向けて、自分をいじめるようなことを、今すぐやめることだと思います。 自分に呪いをかけないことです。 そして、自分に呪いをかけるような言葉を言ったり、ネガティブな有形無形のメッセージを送ってくる存在を、自分の生活から徹底的に排除することです。

自分の人生は、自分が主人公なんだから、主体性をもって、自分の心と身体とお話をしながら、やっていくんだと思います。

自分の心と身体を信頼している状態が、あらゆることの基礎。一丁目一番地だと思います。

 

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以下の記事に、私が参考にしたサイトをリストアップしています:

 

===以下は2017年9月中旬時点の考察です===

ピアノの打鍵のインパクトを調整するために背中の筋肉を使うようにしたら背中が痛くなっていましたが、肩甲骨を前の方向に内側に回して腕を動かすようにしたら、背中が痛くなくなってきました。

 

そして肩甲骨まわりがほぐれてきました。肩甲骨を回して腕を動かして弾くと、いままででいちばんいい音が鳴り出しました。

 

これは、肩甲骨をまわす(回転運動)ことで、肘や手首も連動して回転運動をはじめて、鍵盤の上を上下左右に移動する腕のスピードの方向を多面的に変えることができるようになり、打鍵スピードをより細やかに調整できるようになるからだと思います。

 

「背中で弾く」ってこういうことなのかなぁと思いました。

 

また、椅子に座って、おへそから10cm下の内臓部分に小さめの鉄のプレートが縦に入っていると思うと、尾てい骨で上半身を支えているように感じて、腰がスクッと立ちます。そうすると、上半身があるべきポジションに決まる感覚があって、上半身がブレなくなって、スコーンと良い音が出ると思いました。これが丹田なのかなぁと思います。バッティングでいうところの「会心の当たり」というのか、おへその下に身体の芯があってそれを中心に骨格や筋肉が本来の動きをして力が最も効率よく伝えた感じがあります。

 

音を良くしたいと思ってからここまで気づくのに1年かかりました。今から思えば、1年前は、肩はおろか、肘すらまともに動いていなかったと思います。腕のスピードを制御するための柔軟な回転運動がまったくないのですから、まるでコチコチのハンマーで鍵盤を叩いていたようなものです。しかも、体幹がブレブレなので、何をどうやってもガンガンブレブレの音しか出ないはずです。

 

ピアノの先生のところでは「こういう音を出しちゃいけない」と、悪い見本の音をガンガンと鳴らされました。「んなことわかってるけどできないからレッスンに来てんじゃねーかよっ!」と言いたい気もちを腹の中におさめて、いつもうなだれて帰路についていました(良い音の見本も聞かせてもらったけど、単細胞の愚か者なので、悪い見本を聞かされる方ばかり刷り込まれた。というか、ネガティブな言葉のインパクトを打ち消すためには、ポジティブな言葉を4回言う必要があると『ポジティブ・サイコロジー』に書いてあったと思うので、言葉でも音でも「悪い」ものの威力は強いんだと思う。)。

 

「肘を返さないように」と言われて頭の中が真っ白になったこともあります。人間の関節は力を伝達したり向きを変えたりするために回るようにできていると思っていたので、「えーーっ!? 肘を返さなかったら、手首と指しか回せないってこと?」と判断して、家に帰ってやってみても上手くいきません。運動オンチで子供のころから体の使い方がチグハグで、しかも頭の弱い私は、「肘を返さないように」と聞いただけで、その本質にある意味まで斟酌できる脳力も身体能力も持ちあわせていません。

 

そんな粗忽者の私を教える先生の苦労も大変なものだと思います。そのくらいの気は回るので、とんちんかんな質問をいろいろ浴びせたら先生も迷惑だろうと思って、何とか自己解決する方向に切り替えました。

 

動画をいろいろ探した結果、Ilinca Vartic先生の腕の動きがとてもきれいだったのでマネし始めました。それが高じて、先生の初級者向けのレッスン動画を中心に、しばらく有料でオンライン購読しました:

Ilinca Vartic先生のレッスン動画のひとつ

PianoCareerAacademyのサイト(音がでます)

 

Vartic先生はロシア式のクラシックピアノの先生ですが、ロシア式でもなんでもいいから、とにかくこのガツガツ音をなんとかしたい!という思いだけでした。初級者向けレッスンの、片手だけで弾く動画や、両手で弾く子供向けのとても簡単な曲の動画を見ながら、Vartic先生の腕の動きをマネました。

 

Vartic先生の動画のひとつで、「合気道をやっている生徒さんが、ピアノと合気道には共通するところがあると言っている」とコメントしていたのが、頭に残りました。それで、合気道の動画を見たり、スポーツの本を読んだりしました。

 

そして、以前フェルデンクライスをちょっとかじったときに、「身体を柔らかくしようとがんばるのではなく、今じぶんの体がどのように動いているかを観察しましょう」という先生の言葉もずっと頭に残っていました。それで、ピアノを弾くときの自分の動きに注意をはらって、ああでもない、こうでもない、と試行錯誤していました。

 

そうして独学で試行錯誤しながら、ピアノのレッスンに通っていると、あるとき先生から、「どんどんうまくなって怖い」と言われました。私が予想を超えるスピードで上達しているからそう言われたんだと思いました。やっている方法が的外れではないことが立証されたと思ったので、さらに独自に試行錯誤を続けました(もうピアノのレッスンには通っていません。褒めもせずに、「怖い」だなんて、無礼きわまりないと思います。 私は無礼な人に払うカネがあるほど裕福ではありません)。

 

もともと騒音にしか聞こえなかったツェルニーをやめ、自分の判断でやっていたハノンを中断してもっと単純で12キーで練習するベリンガーに切り替えました(これも自分の判断。先生はハノン反対派だった)。個人的にはまったく音楽的と思わないツェルニーを嫌々やるよりも、ハノンやベリンガーといった単純な練習をやった上で、どんなに実力に不相応でも、自分が弾きたい作曲家の曲をやったほうが、自分の情操と音楽センスの向上のためにずっと健全だと思ったからです(ツェルニーに高い音楽性を感じて感動する人は、もちろんツェルニーをやるのがいちばんだと思います)。

 

いままでの試行錯誤でわかったのは、①丹田をしっかりさせて上体をぶれないようにしたうえで、②肩甲骨を前方&内側に向けて回転運動させて、背中と肩と胸から上の筋肉を使うことで、肘から先の力が自然に抜けて、打鍵のコントロールがしやすくなるということです。まずは、①丹田を意識した姿勢づくりがいちばんの基本で、そのあとに②肩甲骨の回転だと思います。そうすると、腰から上の背骨もしなるように動く感じがします。この動きが肝(きも)なのかもしれません。

 

Vartic先生が動画のなかで肩甲骨を回すように言っていたどうかは覚えていませんが、背中の力を指先に伝えて弾くということはおっしゃっていたと思います。先生の肩~背中の分厚さと腕の動きから、おそらく肩甲骨から動かしているのではないかと推測します。

 

また、子どもの頃にロシア系移民の先生にピアノを習ったジェイソン・モランさんの肩まわりも分厚く見えるので、肩甲骨から動かしている結果そうなったのではないかと思っています。モランさんもとても柔らかい腕の動きをすると思います。その先生はスズキメソッドの先生だったそうですが、ロシア系移民という点に何かあるような気がします:

Jason Moran on his music education and teaching

 

今回気づいたことが正しいかどうかわかりませんが、少なくとも今の自分にはいちばん合っていると思います。これからも自分を観察して試行錯誤していこうと思います(ネットで調べても、肩甲骨を回してピアノを弾くように推めているサイトが数えるほどしかない。検索のしかたがわるいのかな?丹田とピアノについてはたくさんヒットする)。

 

ピアノでも生活面でも、人間本来の姿勢や動きができていることが肝心なんだなぁ、それができていないと、何をどうがんばっても、うまくいかないんだなぁ、と痛感しました。

 

武道やスポーツやダンスをやっていれば、とっくの昔に姿勢と上半身の動かし方ができていたかもしれません。いや、運動オンチのわたしはそれでもできなかったかもしれません。でも、せめて、まずは武道を習ったりして姿勢の勘どころがつかめてからピアノを再開するテもあったという気もしています。

 

それに、日本の武道の動きをとりいれてピアノでもなんでも楽器を弾けば、日本人の競争優位性になります。ヨーロッパやロシアのやり方をそのままマネるだけでは永遠に本家の良き生徒のままですが、彼らの文化の外から独自のルールで殴りこめば、ゲームチェインジャーとなり、だれの生徒に甘んずる必要もありません。

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tokyotoad