ピアノ方丈記

音楽の彼岸にて【指の健康寿命を気遣いながら!】シニアのピアノ一人遊びの日々

「Tonal Harmony」(7th Edition) を読んだ

★ピアノの先生/出版社などへ: このブログに記載されている内容を、レッスンや出版などの営利目的/非営利目的(レッスン等で使用・販売する教材、レッスンで教える内容、宣伝等のためのブログ記事での使用等を含む、営利目的につながる可能性のある使用)や非営利目的その他の目的のために、このブログの作者(原作者)であるtokyotoadへの事前の承諾なく無断で使用(コピー・利用・転用・流用・編集・加工等)することは、原作者の権利や人格を保護する著作権法に対する違反行為です。くれぐれもご注意ください。

 

「Tonal Harmony」(7th Edition, 著: Stefan Kostka他)を読みました。アメリカの大学の音楽科の授業で一般的に採用されている本ではないかと思います。

 

この本一冊分をマスターすれば、音楽のプロとしての最低限の知識とノウハウがあるということなのかな、と読みながら思いました。古典派から20世紀末までの西洋音楽の基本的な要素(主にハーモニー)の理論とその変遷を、豊富な実例を挙げながら、時代の流れに沿ってわかりやすく、しかもかなり深く解説する良著だと思いました。

 

「音楽のプロ」とは、ジャンルを問わずということだと思います。動画で、ポップスやジャズのプロたちが当然のようにクラシック音楽の理論や作曲家の手法について語るので、プロはそうなんだと思っています。また、高校時代にロックでギターをかき鳴らしていたと語るクラシック音楽の名門大学の教授さんの音楽理論の動画にはビートルズもでてきます。もちろん人間は神ではないけれど、自分の専門以外の知識もある程度知っているのがプロなんだなあと思います。

([クラシック vs その他] というような、西洋音楽の流れにおいて脳内に断絶があることは、不自然で不健全だと思います。 また、クラシック音楽をジャズやポップスよりも高等な音楽と考える脳は、西洋音楽の和声的な進化を逆行して認識しているので、脳内の認識力に何らかの問題があるか、音楽的な聴覚が未発達だと思います。)

 

本の話に戻りますが、20世紀以降の内容については、かなり駆け足で解説する内容になっていますが、そうじゃなければ本体部分(文章とセルフテスト)だけで600ページをゆうに超えるでしょう(しかも文字が小さい、そして本が重い!しかも紙質のせいでページがテカって読みづらい!)。

 

アメリカの大学向けのクラシック音楽の理論書ですが、アマゾンの書評にもあるように、英語の本とはいえ、ポップスやジャズの理論に慣れている人であれば、理論用語が同じ英語なので非常にとっつきやすいと思いました。

 

ただ、基本的なハーモニーの知識があると読みやすいと思いました。私は和声の最初の部分を習ったので、知識が少しあってよかった、知識がゼロだったら読むのにもっと時間がかかっただろうと思います。

 

また、ハーモニーや音楽理論音楽史について、音楽の専門家たちがおびただしい数の動画を挙げていて、過去1年ぐらいそういう動画ばかり見ていたことも良かったと思います(英語ですがパワポの解説画面だったり字幕がつくものもあります)。そういった背景知識があったので、本の内容と自分の知識をリンクさせながら読めたので、よかったと思います。アダム・ニーリーさんが勧めていた20世紀のハーモニーに関する本を一読していたことも役立ちました。「Tonal Harmony」の内容は、アメリカの大学で音楽科を卒業した人たちの一般教養なんだと思います。音楽に関するいろいろな動画のネタ元とみることもできます。

 

2万円以上する本なので、ある程度背景知識があって買ったほうが、途中で読むのを挫折してお金の無駄づかいにならないんだろうなと思いました。ただ、中途半端な本を何冊も買うよりも、中途半端な先生に高い月謝を払いながら音楽理論を習うよりも、この本を1冊買って何度も読んで自分の血肉にしたほうが結果的にお得な気がします(私は和声の3分の1を習うのに10万円費やしました。「なんだ、安いものじゃないか」と思う人たちが、音楽を習えるのでしょう。私にとっては経済的に続かないと思ったのでやめました)。

(注: 英語の本なので、日本の伝統的なクラシック音楽教育の用語との整合性はほとんどありません。また、この本をまるまる読んで、各章の終わりにあるセルフテストをやったからといって、いわゆる四声の和声課題ができるようになるものでもないと思います(また別冊で出版されているワークブックには回答がついていないみたいです)。しかしながら、西洋音楽の和声的な歴史を高いところから一望できて、その全体像がつかめる、とても包括的な本だと思います)

 

実例については、ハイドン前後からライオネル・リッチーまで、有名な音楽家の曲の抜粋が豊富に使われています。

 

いまライオネル・リッチーが出たところで笑った人は、真剣に「西洋音楽」のとらえ方を改める必要があります(じゃないと、21世紀に音楽でメシを食おうとする場合は基本的に負け戦のキャリアになります)。数は少ないものの、ジャズやポップスの実例も盛り込まれ、西洋音楽のハーモニーの歴史が現代の音楽の中に途切れることなく脈々と続いていることを、読む人(アメリカの音大の学生)が自然に認識できるように凡例を選んでいるんだと思います。

 

また、読み進んでいっても、先にでてきた凡例を何度も見返すように構成されていて、たすき掛けで知識が補強されるようになっています。たとえば、ライオネル・リッチーの凡例は前半部分に登場しますが、後半部分を読み進んでいくと、「あれ?このコードはライオネル・リッチーの凡例にもあったよね?」とモヤモヤしながらさらに読み進めると、ちゃんと、その凡例に戻って見返すようにうながされて、「ああ、やっぱりそうだ!」という感じで、うれしくなりながら凡例を見返すという感じで読み進んでいきます。(ちなみに、そのコードは、ベートーベンの大変有名なピアノソナタの第1楽章のイントロ部分でも使われています。ライオネル・リッチーの音楽とベートーベンの音楽をすぐに関連付けられるかどうかで、その人が脳内に包括的な西洋音楽の知識を持っているか、それとも、その人の音楽知識が乏しく断片的で脳内で断絶しているかが、よくわかります。)

 

日本でいうところのコードも出てくるので、クラシックの人にとっては、「え?クラシックなのに何で(日本でいうところの)コードをやらなきゃならないの?」と思うかもしれませんが、印象派になると、ロマン派までの音楽分析で使うコードが機能しなくなってくるので、ジャズやポップスで使うコードで対応する箇所が出てくるためです(つまりジャズやポップスの人が有利になります)。

 

また、日本でいうところのコードが、書き方は違っても実はバロック音楽にまでさかのぼることができることも暗に説明されているので、「おなじ西洋音楽なのに[クラシック vs ジャズ・ポップス他]」というメンタルでの浅はかで不健全な断絶が起こらないのではないかと思います。

 

バッハモーツァルトベートーベン時代の古典的なハーモニーは、ポップスを含めた西洋音楽の出汁(だし)というか、最も基本的なコード進行なので、ポップスやジャズの人にとっては既知の内容ですが、ポップスの人は、「このコードって、こんな古い時代からあったんだ」と、歴史的なつながりを感じられて面白いと思います。ジャズの人も、実例にチャーリー・パーカーをはじめジャズの曲がかなり使われていますし、ハーモニー的にもリズム的にも印象派以降の内容が面白くなると思います。

 

本の内容の大半は、ロマン派までのハーモニー理論とその変遷です。が、やっぱり個人的には印象派以降が面白くなりました。

 

個人的に最大のヤマ場と思っていたのが、20世紀に入ってからの章で、もはや音楽というよりも数学の教科書の様相を呈してくるのですが、代表的な作曲家の代表的な曲を凡例にして、段階を踏みながら理解していけるように構成されています。それに、昨今、たくさんの人が動画で理論を解説していて、実際にやってみせてくれるギタリストさんの動画もあって(有り難い!)、それを見て仕組みだけはわかっていたので、足し算や引き算をしながら何とか読み進みました(エクセルのフォーマットを作れば、一行入力すれば全部自動計算できるなぁと思ったら、そういうフォーマットを作って動画で披露している人がいた。考えることはみんな同じだね)。先進的なポップス/ロックやジャズ/ソウルとクロスオーバーする部分だと思います。

 

本当のヤマ場は、そのあとの、20世紀半ばごろからの実験的な音楽と電子音楽の章でした。作曲家も名前ぐらいしか知らないし、電気で物理的に音を作る仕組み(電子工学)の知識がゼロなので、最後の最後で読むペースがガクンと落ちてしまいました。ほんとうにキツイなぁと思いながら、なんとか最後まで読むだけは読みましたが、物理的なことは何となくしかわかりませんでした(物理の知識があれば具体的にピンとくるんだと思う。ポップスでシンセやイコライザーなどを使う人たちにとっては、なじみ深い内容だろうなぁと思いました)。こちらも、先進的なポップスやジャズとクロスオーバーする部分だと思います。

 

最終章を読み進んでいって、「え?これが楽譜?」みたいな、図表みたいな楽譜や、指示書みたいな楽譜の実例が出てくるなか、いちばん最後に登場した実例は、1980年代の終わりに或る作曲家が発表した、コンピューターを使って人間の声を無数に加工した音で奏でられる作品のハーモニーを抽出した楽譜ですが、本の前半に実例でたくさん見てきたバッハのコラールの楽譜に驚くほど似ていて、350年前のスタート時点に舞い戻ったような、懐かしいような何とも言えない気持ちになりました。そして、「(20世紀の)ロックの影響を感じさせるコード進行が、小節が進むにつれてあたかも西洋音楽のハーモニーの進化の歴史をたどるかのようにどんどん複雑化していく様子に着目しよう」という趣旨の解説文が入って、500ページを超えるこの理論書は終わります。 「350年の時を経て現代まで途切れることなく続き、東洋など外の地域の音楽をとりこみながら今も進化のスピードを緩めない西洋音楽への礼賛。音楽のスタンダードとして、地上の音楽の担い手は実質上、昔も今も西洋である」。これが、この本で著者の方々がアメリカの学生の深層心理に響かせたいことなんだろうなと思いました。それを読む人に伝える緻密で圧倒的な構成力。大変な本だと思いました。

 

「Tonal Harmony」は小説ではなく教科書ですが、西洋音楽のハーモニーの変遷を、豊富な実例を通して具体的に知ることができ、また古典派から現代音楽に至る西洋音楽の歴史を俯瞰できる本だと思います。簡明で分かりやすい文章で、広く深く、総合的に解説していく。愚鈍な人間でも、その分量の多さと内容の深さにひるむことなく一つ一つ読み進めると、かなり高いところまで登山させてくれる、英語の良著ならではの本です。こんな脳みそでも、大いに耕されました(日本語では山中伸弥教授の文章のようです。整然とした文章で、読者が自分が頭が良くなったように感じさせる。しかも、読者を置いてけぼりにしたり、読者に意味を忖度(そんたく)させたりという、頭脳的・時間的な低生産性につながる負担を、読者に課しません。読者を混乱させるような本は、書いた人の脳が混乱していることを意味します、あるいは、共著の場合は、著者たちの間でコンセンサスがとれていない、論旨がブレブレで、読者よりも執筆陣(の世間体や体面)を大切にしている本であることを意味します)。

 

同時に、20世紀に入ると、経済と同様に、音楽も含めた西洋の文化・芸術の担い手が、ヨーロッパからアメリカに交代したんだなぁと実感します。アメリカの本だからということもありますが、それを差し引いても、また「ヨーロッパ的な品位に欠ける」と思われても、20世紀以降の音楽の担い手はアメリカなんだと思います。その背景には、第二次大戦でナチスドイツによる迫害の手からアメリカに逃れた著名な作曲家(ユダヤ系もドイツ系も)たちの影響が大きかったんじゃないかなぁと思います(ジャズの庇護者もユダヤ系の人だったしね)。商業音楽の世界的な中心地もアメリカです。また、20世紀後半からの本格的な電子音楽の進化は、アメリカの大学研究者たちの発明によるところが大きいこともあると思います(ヤマハDX-7の基礎となる技術など)。まずは経済力(お金)と産業技術の進歩があって、それから銭を放ってもらっての文化・芸術ですから、当然のことだと思います。

 

最後に、この本は基本的にクラシック音楽の理論書ですが、「The Jazz Theory Book」(Mark Levine著)への参照を促すなど、ジャズ専攻の人たちへの配慮もあります。ポップスについては、機材や録音技術がはいってくると思うので、音楽理論に加えて電子工学の知識と、何よりも実地の操作経験が必要になるんだなぁと思います。

 

いろいろな動画を見ると、ハーモニーやリズムの複雑さを極めた音楽が、ジャズ、ポップス、現代音楽を問わず演奏されています。とくに、今のプロの演奏家たちは、一般ピープルの常識をはるかに超えた、もはやふつうの楽譜ではない複雑怪奇な譜面を、しかも楽器を弾くだけではなく、作曲家のいろいろな指示を忠実にこなしながら作品を表現する、体力的にも頭脳的にも大変過酷な職業なんだなぁ、と驚いて見ていましたが、アメリカの音大の授業で使われるこの本を読んで、その理由がよくわかりました。

 

=====

私が「Tonal Harmony」を読もうと思った理由は、自分が作ったりアレンジした楽譜をプロの人に見てもらって、納得がいかない指摘や直され方をされた場合、どうして自分がそのようにしたのかに対する理論的な裏付けが欲しかったからです。

 

もっと前にこの本を読んでいたら、「この部分がわからない(=古典・ロマン派までの観点では和声進行的に間違っている)」とピアノの先生に言われたときに、ちゃんと自分の意図を説明できたのになぁ、と思います。

 

別の曲で、教授が使っていてカッコイイ!と思ったあるスケールを使ったところ、ある先生にそのスケールの一部をポチポチ直されて、ぜんぜん納得がいかなかったのですが、この本を読んだことによって、プロが知っているべき内容がわかったので、とても自信がつきました(紹介してくださった人が居合わせたので、その先生には面と向かって「このスケールはある曲の中で坂本龍一が使用しています」と言いたかったんだけど失礼のないようにその言葉をグッと呑み込みました)。今度同じようなことがあった際には、訂正の背景に先生なりの論理的な理由があるのか、あるいは無いのか、を判断することができると思います(そのスケールを直してもっと珍種のスケールを披露してくれたのかなと思って、家で20世紀以降の珍種スケールリストと一生けんめい照らし合わせてみたけど、そうじゃなかった。合成スケールの作り方と照らし合わせても、先生のオリジナルの合成スケールと考えることもできない。たぶんそんなことまで考えることもなく気分で直したんだろうなぁ)。

 

「アレンジをして先生に見てもらうが、直してもらうだけになってしまっている」、と言う人にピアノ会で会いましたが、その気持ちがよくわかります。そういうシステムにお金を払いつづけても、おおもとの理論を知らなければ、枝葉の部分をポチポチ直されるばかりで、いつまたってもいいお客様。アレンジの主体を自分のなかに確立することは永遠にできない。そう思ったので、私は理論書を読み始めました。手直してもらうだけでその理由がよくわからないままモヤモヤするくらいなら、おおもとの理論書(しかも内容がしっかりした理論書)を自分で読んですこしずつ知識やノウハウにしていくと、自分の軸ができてきて、モヤモヤも少なくなると思います。

 

とはいえ、理論書の内容は、過去の作曲家の仕事を理論家たちが後追いで理論づけ・体系化した「音」なので、過去の理論を知ったうえで、それに縛られずにやれることが大切なんだと思います(私は21世紀を生きている)。プロはより一層そうであり、その一方で商業ベースとの間でのすり合わせもして、不本意なものも作らなければならないので、大変だと思います(が仕事とはそういうものです)。

 

以前の記事にも書きましたが、音楽は言語「音楽語」だと思います。即興演奏を伴うジャズでは、「音楽=言語」の認識が強くあります。会話で自分の主張を伝えることができるレベルの言語です(朗読ではない)。その習得方法は、外国語の習得方法と同じだと思います。

 

英語の本を読むとき、苦手だった英語を仕事で使わなければならなくて、社会人になってから働きながら自分なりに頑張った甲斐があったと、今になってしみじみ思います。

 

(「音楽=言語」ととらえる概念は、ジャズ(や西洋でのクラシック音楽)では昔から一般的ですが、日本のクラシック音楽(少なくとも私がピアノを習った環境)では聞いたことがありませんでした。このブログで私が「音楽語」と書き始めてから、クラシックピアノのブログなどでも使われ始めたようです)

 

★ピアノの先生/出版社などへ: このブログに記載されている内容を、レッスンや出版などの営利目的/非営利目的(レッスン等で使用・販売する教材、レッスンで教える内容、宣伝等のためのブログ記事での使用等を含む、営利目的につながる可能性のある使用)や非営利目的その他の目的のために、このブログの作者(原作者)であるtokyotoadへの事前の承諾なく無断で使用(コピー・利用・転用・流用・編集・加工等)することは、原作者の権利や人格を保護する著作権法に対する違反行為です。くれぐれもご注意ください。

 

tokyotoad