音楽の彼岸のピアノ遊び

大人のピアノ道楽を満喫するピアノ一人遊びの日々

ピアノ演奏の身体操作&メンタル面で参考になると思うサイト(20180818アップデート)

 

 

この記事の最新版はこちらです( ↓ リンク先):

 

 

 

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以下は、2018年3月24日にアップした記事のままです:

身体操作で参考になると思うサイト - おんがくの彼岸(ひがん)

の後に読んで、参考になると思った本(とその著者)を記録します:

 

 野口三千三: 「原初生命体としての人間」 「野口体操・からだに貞く」

 J.E.サーノ: 「サーノ博士のヒーリング・バックペイン」 「心はなぜ腰痛を選ぶのか」

 森田正馬: 「神経質の本体と療法」

 池見酉次郎 : 「心療内科

 

①: 「芸大にチンドン学科を作るべき」と唱えた野口三千三先生は、芸術の本質をご存知だったんだなぁと思いました。

 

➁③④: メンタルが身体に及ぼす影響について参考になりました。楽器演奏・声楽関係の患者さんの例もちょこっと出ていた。

 

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(2019年1月に加筆)

わたしがピアノを再開した2015年前後から読んでいる本も追加します:

白井一幸『メンタル・コーチング』: 北海道日本ハムファイターズのコーチとして、2006年のチーム優勝に貢献した白井氏の、選手の実力をひきだすコーチング方法(←「ティーチング」ではないところが重要!)。 自らの選手時代のスランプとそこからの復活も語る。 (私の思い出&所感: 2006年の日本シリーズ。 札幌ドームの大歓声の応援のなかで伸び伸びと躍動する日ハム選手たちとは対照的に、表情はこわばり、動作も鈍くなり、ほとんど固まってしまった中日ナイン。 「実力は上」といわれていた中日の選手たちが、石のように固まってしまい、実力を出せずに敗れてしまったのをテレビで見ながら、私は、メンタルの恐ろしさを感じていました。 実際には、プロ野球の一軍のレギュラー選手は、どのチームでも、実力は同じでしょう。 では、日ハムの選手たちが、その実力を如何なく発揮できたのは何故なのか?  白井氏の本には、それを可能にしたコーチングの手法が書いてあります)  

 

⑥白石豊・脇本幸一『スポーツ選手のための心身調律プログラム』: 白石豊氏は、白井氏(⑤)の選手時代のスランプ脱出を助けたトレーナー。この本で紹介されているメンタルトレーニングの書籍も参考になった。 白石氏の著述部分(メンタル編)は、膨大な練習によって完璧なパフォーマンスを実現した一流のプロ選手が、大舞台で実力を出すためのメンタル強化のノウハウで、プロと比べたら練習量が実質ゼロのお気楽なアマチュアには猫に小判だと思う(プロ級の練習量をこなしてこそ、役に立つ内容だと思う)が、読むだけでもためになる! 脇本氏によるフィジカル編も、選手生命を賭けたプロ中のプロのための内容だが、骨盤~背骨が人間の動作でいかに大切かや、患部の周辺部のケアが患部の治癒を促すこと、心理ストレス面がスポーツリハビリに及ぼす影響などを論じていて、興味深い。

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よく言われることですが、「できない、できない」と思っている限り、または、「あなたは、できない」という内容の言霊を受け続けている限りは、いくら必死に練習しても、できるようにならないと思います。まずは、否定的な言霊の発生源を排除して、「できる」という心理になる環境を整備することです。

 

それから、やっぱりよく言われることですが、何についても、自分の頭で考えながら練習することが、とても大切だと思います(ダルビッシュ投手もそう言っていた)。ある方法で練習して成果が出なかったら、自分の内部感覚を研ぎ澄ませて、いろいろな本やサイトを読んだり、興味のある身体操作のレッスンに通ったりして、それらの知識を自分にカスタマイズするべく、いろいろ自分で考えて試行錯誤してみることが大切だと感じます。

 

 

身体操作については、やっぱり、まずは生きていくための肝心かなめの動きを自分で会得しようと、いろいろ試行錯誤することによって、楽器の演奏のための身体的な技術も大きく向上すると、実感しています。 なぜなら、手先の動きだけ一生けんめい矯正しても、モトがひん曲がっていれば、モトからの力のほうが圧倒的に大きいので、ねじったゴムひもを離したときのように、すぐに戻ってしまうと思うからです。

 

それから、最も基本的なことですが、幸せに、肯定的に生きていけるように心がけることが、姿勢のためにも、身体操作のためにも、趣味のためにも、そして何よりも人生のために、とても大切だと思います。

 

 

以下は、2018年3月24日にアップした元の記事です:

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楽器の演奏というか、それ以前の、生きるための自然な身体の動かし方を模索していますが、

 

生きるための基本的な姿勢や動きができていることが、楽器演奏でもスポーツでもダンスでも、すべての基本なんだと実感しています。

 

たとえばピアノで、いわゆる「指がよく回り」、音量や音色の調節ができる人は、スポーツやダンスもある程度できて、しかも声が良いはずです(肩まわりが柔らかい証拠)。だって、運動オンチの人がピアノを弾く時だけ身体が素晴らしく動くはずがないからです。体格や指の長さのない小柄な人はなおさら、運動神経で身体的なハンデを補わなければなりません

(↑ただし、「メカニカルに上手い」ことと、聴く人の心を芸術的に感動させる演奏の間に、相関関係は全くないと思います (技術的に「感心」させることはできると思います)。)

 

身体が硬いと股関節も硬いと思うので、まずはそれを柔軟にしないと、楽器はおろか、何も始まらないと感じています。

 

個人的には、下記の方たちのサイトをとても参考にしています:

☆佐々木合気道研究所さんのサイト(理念や原理にいちいち納得する)

☆Webテキスト操体のサイト(橋本敬三氏が考案した操体法のサイト人間はなにをするにも60点でよい、という考えはとても深い(←素人は1000点中600点、プロは1000点中960点、ということでしょう(TOEICとおなじだね。。)。私は600点で御の字だよ))

北京原人生活のブログ (←2018年6月に追加。伊藤昇氏&honnosense氏などの方法を自分で試していらっしゃる)

孤高のヨギ―さんの柔軟性に関する記事、そして、

MIYUのストレッチ奮戦記:孤高のヨギ―さんの記事にリンクがある、クラシックバレエを習っている方のサイト

大和部屋(やまとべや)さんのサイト(水泳をやっている方で、腰痛改善のために股関節の柔軟性を上げた方)

 

↑上記の◆の方たちは、リアルな体験記を掲載されています。インストラクターやボディワーク施術者や医師の考えを鵜のみにせず、自分の頭でいろいろ考えて突破口を開いた人たちだと思います。とくに水泳の方は、八方ふさがりのような状況で、自分で必死に考えて突破した方だと思います(どんなに大変だったろうと思います)。

  

プロ(ビジネスにしている)の方々では下記の方々のサイトからヒントを得ました(私の個人的な所感です):

☆伊藤昇氏が書かれた胴体力に関する『スーパーボディを読む』 (←武道系やスポーツ系ブログの人の多くが勧めている。例にとり上げられた人たちの顔ぶれがすごい。本物だと思う。伊藤氏の方式によるn氏のサイトも参考になる)

オーガニックマイムJIDAIさんサイト(←4WD車のたとえは、私が直感したパワートレインの動きを強く裏付けてくた。この方も肝心かなめの点を知っている人だと思う。)

日野武道研究所さんのサイト(←この方も知っていると思う。もとドラマーの方)

Brainfree(吉田篤司さんのサイト)(←オカルト的な用語に隠れて、真理があると思う。とくに、股関節を動かす方法や、古代エジプト壁画に見る支配階級と奴隷階級の姿勢の違いなどは、インスピレーションになりました)

きだみのる鍼灸整骨院さんのサイト(←武道出身の方。ダンスの身体操作を指導。武道系出身の方は身体操作への意識が鋭いと思う)

☆八田永子さんのサイト(←体操・バレエなど、指導者も含めて指導。ピアノでもスポーツでも、この方のような身体操作のプロにダブルで習わないといけないんだろうなぁと思った(つまり、その分野の指導者は、人間の基本である身体操作のノウハウが、基本的に無い))

☆体玄塾さんのサイト(←同上。バレエでもちゃんと立てない人がいる、つまり、バレエ教室では立ち方をちゃんと指導されないんだと知った。)

☆あべこべ体操(北洞誠一さん)の動画やサイト(フェルデンクライスなどをベースにした体操。前進のニューストレッチプログラムの動画も参考になる)

 

(↑私はこれらのサイトが参考になると思いますが、あくまで私の考えです。ほかにも参考になるサイトがありますが、過去の記事で触れていると思います。)

 

上記の方々の注目ポイントや表現や言葉はそれぞれですが、根本的には同じことを言っていると思います(おなじヒトの身体のことなので)。

 

股関節が硬かったり、左右の股関節の開きが具合が全然違う場合は、楽器の演奏以前の問題として、まずは健康のために股関節を柔らかくするのが先決だと思います。それによって、動きの質が良くなり、生活の質も良くなって、それに比例して楽器でもダンスでも、その人の身体能力に見合って楽しくできるようになると信じています。

 

身体が硬くて運動オンチの人は、だいたい真っ直ぐ立つことも座ることもできないので、身体の芯の動きも悪く、末端の動きや見た目の形だけ細かく指導されてもうまくいかないと思います(逆に、先生は身体が柔らかいから、生徒ができない理由が想像できないんでしょう)。でも、いろいろなサイトを見ると、プロのミュージシャンでも、身体が柔軟なスポーツ選手やダンサーでも、ヒト本来の身体の動きができている人は少ないようです。

 

おそらく、日本の武道を下敷きにした身体操作による楽器の演奏法が、日本以外の場所で開発されて世界的に広まる時が、いつか来るんじゃないかと思います。そして、『弓と禅』など禅を下敷きにしたメンタルトレーニングを本家本元の日本人が有難がって逆輸入しているのと同じような情けない現象が、楽器演奏の分野でも起きるのではないかと感じます。この予感が是非とも外れてほしいと、強く思います。

 

(こんなブログでも、どこかで見ている方がいるみたいで、ほかのピアノブログでこの一連の記事にインスパイアされたような記事のタイトルを見かけるなぁと思ったことがありました(内容がかぶらないように、たまに見ていました)。それから、たとえば絵画などの趣味ではそんなことはないように思うのですが、クラシックピアノをやっている人で、練習に悲壮感がただよっている人が多い気がするんですが、どうしてなんでしょうね? 何がそうさせるんでしょうか?それとも、そういう傾向のある人がやりがちなんでしょうか(悩んでいる状態が好きな人もいますからね)? 「クラシックピアノは肉体系のスポーツだ」と思うことで突破口が開ける(または、いい意味であきらめがつく)ような気がしますし、楽譜の正確な再現ばかりを気にするのではなくて、その曲について音楽理論的な解釈を楽しんでみるとか、いろいろな楽しみ方があると思います。そうすれば、頭脳系の活動も入ってきます(ちなみに、即興演奏で音楽理論が必要なジャズや、理論に加えて音色合成などが必要なポップスは、頭脳系の要素が大いに入っています)。 どんな趣味でも、楽しくやっていけるといいですね。)

 

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