ピアノ方丈記

音楽の彼岸にて【指の健康寿命を気遣いながら!】シニアのピアノ一人遊びの日々

絶対音感はズレるのか?① - 絶対音感と相対音感

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古いブログに書いた記事をまとめましたが、

 

絶対音感ビジネス」なるものが巷(ちまた)にはびこっているようなので、素人はカモられないようにしたいものです。

下記の記事に引用したように、歴史上の偉大な作曲家や音楽家のなかには、絶対音感がなかった人たちがたくさんいます(←Rick Beato氏の動画をご覧になるとよいでしょう)。 また、現在、プロとして活躍している人たちの中にも、相対音感しかない人たちがたくさんいます。 つまり、相対音感が必要なのです。 相対音感は、音楽が好きで好きで、毎日楽しく楽器を弾いているうちに、自然とついてくると思います。 別に、お金を払って誰かに習う必要はないと思います。 ただ、ソルフェージュといった、楽譜に合わせて歌うことをすると、より効果的だと感じます(これも、自分でできます)。

クロマティックソルフェージュのやり方については、下記の記事の末尾のリンク先に、各種情報へのリンクがあります(20200324: noteで記事にしました)。それらを見て、必要な書籍を買って、実行すれば、独学できます。 どんなに高名な先生のレッスンにお金を払っても、自ら実行しなければ、自分の人生を削って稼いだ貴重なお金を、ドブに捨て続けているのです。

 

2019年10月追記: プロの世界では、ピアノの半音の粗さの音感では通用しなくなっているようです。 お琴や三味線やバイオリンなどの弦楽器と同じように、鍵盤楽器でも、ピアノの半音より細かいレベルで音程を操作する作曲家/演奏家たちが、すでに現れています。 これは、電子キーボードの普及と、パソコンの高性能化によって、鍵盤楽器上でマイクロトーナルのレベルで音程を操作できるようになり、鍵盤楽器の可能性が大きく広がったことに因るものだと思います。 もはや「外れた音程」は存在しなくなってきています。

 

===20171216===

子供の頃あった絶対音感が年をとってズレてしまったと思っていましたが、子どもの頃あったのは本当に絶対音感だったのか、よくわかりません。

 

絶対音感を持っているひとは、ガラスのコップが床に落ちて割れた音の音程や、クルマのクラクションの音程も判別できてしまうために、日常生活が悪夢のようにつらくなるほどの人、というような内容をネットで目にしました。一般の人が騒音と感じる音の音程を、半音の音程よりももっと細かいレベルで判別できる人のようです(たとえばFとF#の間のこれくらいF#寄りの音、みたいに)。

 

であるとすれば、私が絶対音感と思っていたものは何だったんでしょうか?ピアノの音階のうち、ロマン派までの時代限定の半音までの粗さの絶対音感でしょうか? 子供の頃クラシックピアノを10年以上習った挙げ句の果てに、ユーミンの曲でテンションコードが出てきたとたんに全く耳コピできないっていう音感は、一体何だったんでしょうか?  (「そんなにピアノを習ってユーミンの曲も弾けないの? 自分は簡単に耳コピして弾けるよ」と思っている人、まさか3和音にセブンスをくっつけたぐらいで弾いていませんか? あの複雑な、あるいは、あえて音を省いて意図的に曖昧微妙な響きにしているコードが、本当に聞こえていますか? 私は、大人になってから自分でいろいろと試行錯誤して、ようやく、どうにかこうにか聞こえるようになりました(がまだ、聞こえていないコードがたくさんあると思う)。)

 

中学時代、フォークギターのキーをカポで簡単に変えて同じ指使いで演奏する友人たちをみて、とてもビックリしました。キーボードに置き換えたら、CEGを弾いて、DbFAbとかFACとかが鳴っても平然と演奏を続けられるのと同じことです。

 

なんで混乱しないんだろう?と驚愕したのですが、そのときに、「ああ、この人たちは私のような「絶対音感」がないから混乱しないんだ、フフン」なんて感じた、まさにその根拠のない幼稚きわまりない優越感が、今になってブーメランのようにはね帰ってきて、絶対音感なんだったのかもわからないようなお粗末な音感がズレてしまった上に*、移動ドを持っていないものだから苦しむことになってしまっています。

(* Rick Beato(リック・ビアート)さんの動画のどれかで、絶対音感は50歳前後からズレはじめるという説があると、紹介していました。 たぶん、下記に出てくるリンク先の動画だったかな? 末尾にコピペしてある古い記事によれば、そうみたいですね。 [←2019年1月に追記])

 

人生では、必ず、あるときに見下した対象から、後になって必ず見下されることになるのだと、こと有るごとに痛感しています。誰かや何かに対して優越感を感じて自己満足にひたっているような輩(やから)は、最も哀れな存在です。

 

ところで、世の中をみると、どうやら絶対音感信仰というものが根強くあって、絶対音感を持たない人たちが絶対音感に憧れたり、絶対音感のない人は音楽センスが弱い、みたいな風潮があるような気がします。

 

このような憧れや劣等感につけ込んだ、絶対音感ビジネスみたいなものもあるようなので、ひっかからないようにしたいものです。

 

だいいち、世界的に有名な作曲家や音楽家絶対音感がなかった人がいますし、現在活躍しているプロの音楽家にもたくさんいるはずです。「自分は相対音感しかない」と公言している著名で超一流のミュージシャンもいます。絶対音感なんかなくったって、音楽の世界でじゅうぶん成功できる証しです。

(って書くと、「ミュージシャン」ということはクラシック音楽家じゃないんでしょ?という声が聞こえてきそうですが、そう言う人に尋ねたい:「それでは、あなたが自慢するそのクラシック音楽で、まさか子どもやズブの素人相手に教える小遣い稼ぎしかできていないってことは、ないよね?」って。)。

 

Rick Beato氏の、絶対音感相対音感に関する動画によると、 

ブラームスワーグナー、ストラビンスキー、チャーリー・パーカージョン・コルトレーンなどは相対音感だったそうです。

 

こんな神様たちがそうなんですから、一般のプロが絶対音感がなくて何の問題があるんでしょうか? いわんや素人をや! 絶対音感崇拝って意味あるんでしょうか?

 

逆に、ギターでカポを使ったとたんに混乱するような、へっぽこ絶対音感モドキのほうが、ぜんぜん使えません。

大変残念なことに、小さい頃からピアノだけを習ってきた人は、ピアノのレッスンを通じて、人生の早い段階で相対音感(移動ド)の能力を潰されています。 クラシックピアノを習ってきた人は、特にそうです(私の経験上そう実感します)。 これが、クラシックピアノからジャズピアノへのスムーズな移行を阻害している大きな要因の「ひとつ」だと思います(が、あくまでも「ひとつ」に過ぎないと思います。 いずれにしても、成人するまでクラシックピアノだけしかやってこなかった人がジャズピアノに転向するのは不可能で、仮に転向できるとしても、今までのクラシックピアニズムを捨て去って、それまでクラシックピアノにかけてきたのと同じ時間と労力をジャズピアノと音楽に投じることが必要だと、プロの人たちを見ていて思います。 大江千里さんでさえ、NYのジャズスクールで、「ジャズをやりたければ今までやってきたポップスの血を総入れ替えしてジャズの血にならなければ無理」と先生に言われたと、著書に書いてありましたから、クラシックからジャズへの転向は、ポップスからジャズへの転向よりもさらに困難を極めることが、容易に想像できます。クラシックピアノは楽譜の正確な再現能力とタッチやぺダリングなどの楽器の操作ですが、ジャズピアノは音楽理論と20世紀以降の和声に基づく即興演奏と臨機応変のコンピングであり、全くの別物です。他人の創作物の再生行為(クラシック音楽)と、自ら行う音楽の創作活動(ポップスやジャズなど)の違い、ともいえます)。 ポップスやジャズの楽譜を見ながらその通りに演奏する行為は、誰かの創作活動をなぞるだけなので、クラシック音楽と変わりません。

 

テンションコードやポリコードを難なく聴き分けるばかりか、パソコンのキーボードを叩く音の音程すら判断できてしまって日常生活が悪夢のような人が、本当の絶対音感保持者なんでしょうが、そんな人が相対音感を持っていなかったら、実際の音楽の世界ではかえってハンデなんじゃないでしょうか?

 

とはいえ、へっぽこ絶対音感モドキであっても何であっても、鍛えようとするなら、ピアノのように音程がはっきり決まっているうえにチューニングが人まかせの楽器よりも、三味線やバイオリンのようなチューニングが必要&フレットがない楽器や、太鼓など定まった音程がない楽器をやるほうが、ちょっとは鍛えられるのではないかと思います(太鼓やドラムは最も深くて難しい楽器だと直感している。。。なんてことを言うと、ピアノしかやってない人は笑うかもしれないが、ピアノってどんだけエライのよ?チューニングを人任せって、ピアノって、弾く人の音楽感覚が低くてもぜんぜんオーケーな、お手軽な楽器なんだよ)。

 

鍵盤楽器であれば、子どものころから、テンションコードを使った曲やバイトーナルやエイトーナルの曲をどんどんやるべきだと思います。ドソミソドソミソの古典的な曲ばかりやっていると、耳が19世紀の西洋音楽のレベルまでしか育たず、ハーモニーにちょいとひねりを効かせたポップスの耳コピに手間どり、ましてハーモニーを凝りに凝ったポップスやフュージョンやジャズの耳コピは絶望的になってしまいます(耳コピできていると当の本人が思っていても、実際はドソミソレベルの耳コピになっている場合がほとんどです)。時すでに遅しで、大人になって英語が聞き取れないのと同じ状況になってしまいます。

*バイトーナルなどのポリトーナリティーの耳は、べつに先生に習わなくても、自分で「ねこふんじゃった」でいろいろ遊んでいれば育ちます。 ウソだと思ったら下記の記事をどうぞ:

「ネコふんじゃった」が泣いている - おんがくの彼岸(ひがん)

 

 でも、大人になってからも、クロマティックソルフェージュなどをやれば、少しは何らかの音感ができてくると実感しています。それに、歌唱は姿勢と関係が深く(まあ何でもそうですが)、よい歌声が出る姿勢は、ピアノを弾きやすい姿勢だと思うので、ボーカルをやるのは意義があります。

 

クロマティックソルフェージュに関する日本語のサイトがほとんどないので、日本の音大でやっているのかどうかわかりませんが、キーボードと本があって、音符が読めて単音のメロディーが弾ければ、じゅうぶん独学できます。

 

ジャズや現代音楽やポップスをやりたい場合は、役に立つとおもいます。クロマティックソルフェージュの楽譜の拍子やリズムは私にとっては難しいので、いまのところは、とりあえず音程だけでもと思って、ぽつりぽつりやっています。

 

クロマティックソルフェージュの記事は、noteに移動しました。

 

20231127に追記:

中年以降に絶対音感がズレる可能性について、

松任谷正隆さんのインタビュー記事も、興味深かった。

大御所だからこそ言える、というか、

楽家は、絶対音感がズレ始める前に大御所に成っていることが、

音楽で生涯食べていくために必要なんでしょう。

会社員でも何でも、どんな職業でも、そうだけどね:

第87回 松任谷 正隆 氏 音楽プロデューサー/モータージャーナリスト | Musicman

 

 


tokyotoad1.hatenablog.com

もとの記事: https://ameblo.jp/tokyotoad/entry-12335994623.html?frm=theme

 

tokyotoad

 

===20170702===

子供の頃、絶対音感があったと思いますが、数十年経ってピアノを再開したら、音感が半音~全音ズレてしまっていました。

 

でも、絶対音感がズレたら、長3度までなら勘違いして移調コピーできるので、便利になりました(4~5度は勘違いできない。どうして?離れすぎているからかな?それとも引っ張られるのかな?)

 

それに、小学生の頃、音楽の授業で「移動ド」で歌わされると頭がパニックになって歌えなくなりましたが、今は「移動ド」が身についてきました。 相対音感っていうんですかね?

 

子供の頃は絶対音感があったのに今はズレてしまったという人が、私の他にもピアノ会でいらしたので、私だけじゃないんだと思っていたら、

 

絶対音感は50歳前後からズレはじめると言及している動画を見つけました:

Perfect Pitch vs Relative Pitch: Which Is More Important?

 

この方の息子さん(8歳)は、赤ちゃんの時から仕込まれて、今ではポリコードによる不協和音の構成音を言い当てるそうです。

 

一方、私は、中学のときにユーミンの「悲しいほどお天気」のイントロのコードが全く聞き取れなかったり、教授の「Tong Poo」や「Thousand Knives」の一部(あのあたりです)のコードが全く想像つかなかったりして、絶望していました。今も聞き取れないので、サイトで調べたり楽譜を買ったりして、やっとわかったり、わからなかったりしています。 

 

つまり、テンションが乗っかったとたんに聞き取れなくなります。

 

これはなぜか? それは、子供の頃に不協和音が入った音楽をほとんど練習しなかったから、耳がテンションコード仕様に育たなかったのかなぁと思います。

 

子供の頃から英語に浸かってこなかった人(私)が「L」と「R」が聴きとるのがむずかしいのと同じかな?

 

当時、ドビュッシーのような不協和音がたくさん出てくるピアノ曲は、子供の頃は習うことがなかったんじゃないかと思います(不協和音度が低い「アラベスク」ぐらい?)。なぜならドビュッシーの曲のほとんどは「青帯(上級)」にカテゴライズされていたからです。

 

音大生のお姉さんたちドビュッシーのカッコイイ曲を発表会で弾くのを、なんて不思議な音なんだろう、すてきだなぁ~と思って聴いていました。

 

「ドソミソドソミソ」とか「ソシレソシレソシレ」とか「ズン~チャッチャ」ばかり練習しているうちに小学校時代が過ぎて、近現代音楽に到達する(しなかったけど)はるか前に、9thまでと増/減和音ぐらいしか聞き取れない耳が出来上がってしまったのではないかと勘ぐります(ソルフェージュにも不協和音みたいなのは出てこなかった)。

 

ところが、ポップスではテンションが入ってくるので、古い時代の協和音のほうが不協和音に聞こえるほどです。

 

さて、昭和の頃は、音痴な人が多かった気がします。たとえば私の伯父は、十八番の「青葉城恋歌」をまるで朗読のように吟じ、しかもカラオケの半分ぐらいでフルコーラスを歌い終わっていました(休符の感覚もまるでない)。

 

でも、カラオケのおかげで、ひどい音痴の人は少なくなったと思います。そして、今後はエグザイルのおかげで、ダンス音痴も減っていくのでしょう(ディスコでジャーニーの「セパレート・ウェイズ」で体を左右に動かすだけだった者からみれば、隔世の感があり感無量です)。

 

同じように、不協和音を聴きとれる絶対音感も、子供のころから仕込めるんだろうなぁと感じました(さっきの動画の息子さんみたいに)。

手が小さいとか、技術的に難しいとか、難解だからという理由で、私が子供のころは不協和音がたくさん入っている音楽を小学生が練習することはあまりなかったから、最低レベルの絶対音感しか育たなかったんだろうけど、今のピアノの教え方は私が子供の頃とは違うと願いたい。 

 

かなり以前に、ぐしゃっとした音の塊を自在に聴き分けられる子供たちと、その先生の話題(日本でのはなし)をテレビのニュースで見た記憶があるので、今は耳感覚がすごい子供や若い人たちがたくさんいるんだろうな。

 

9thや増/減和音ぐらいまでしか聞き取れなかった子供の頃の私の絶対音感絶対音感といえたのか?いずれにしても年を取ってズレちゃったので今ではどうでもいいことになりました。

 

もとの記事:https://ameblo.jp/tokyotoad/entry-12287625201.html?frm=theme

 

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