音楽の彼岸のピアノ遊び

大人のピアノ道楽を満喫するピアノ一人遊びの日々

杏里(あんり) という存在

 

1980~90年代のバブル前後、日本の音楽シーンに、そして、当時、ベイエリアの高速道路を疾走するカーステに欠かせなかった音楽は、いくつもあったが、

 

なかでも、杏里は、ぜったいに忘れてはならない存在だ。

 

日本の女性ポップス界を、アフリカのサバンナに例えるなら、杏里は、さしずめ、チーターではなかろうか。 チーターは、サバンナに住む、大型ネコ科の動物で、陸上のプレデター(捕食動物)で最速の瞬間スピードで走る。

 

だが、サバンナには、チーターよりもっと強い、大型ネコ科の動物が住んでいる。 ライオンだ。

 

同じ生息地に住み、同じ獲物(シカなどの草食動物)を捕食する、ライオンとチーターは、獲物をめぐっては、ライバル同士だ。

だから、メスライオンが、幼いチーターの子どもを見つけると、かみ殺す。 自分の子ども(仔ライオン)たちのライバルがいては困るからだ。 

一方、自分の子どもをかみ殺されそうになっても、チーターの母親は、助けることができない。 チーターは、力(ちから)では、ライオンにかなわないからだ。 

でも、ひとたび成獣になると、チーターの速さにかなう者はいない。 チーターは、百獣の王ライオンと同じ大型ネコ科でありながら、ライオンが君臨するサバンナを自由に駆け回る、スターになるのだ。

 

日本のポップスには、ユーミンというライオンが君臨している。 他の女性アーティストは、ユーミンの影を踏まないような、独自の存在感を打ち出さなければ生き残れない。

 

たとえば、中島みゆきは、独自の歌詞の世界観があり、「中島みゆき節」といえるサウンドで、独自の牙城を築いている。 だが、ユーミンの世界である、アーバンでスリークなシティらしさよりも、むしろ反対の、土の匂いがする泥臭さのようなものを打ち出して、唯一無二の存在になっているのだ。 

 

これに比べて、杏里は、ユーミンとカブるような、アーバンでスタイリッシュなサウンドで訴求しながらも、ユーミンカニバりそうでカニバらない、絶妙な立ち位置を作った。

 

まず、ハワイといった、一般ピープルにも手がとどきやすい、陽光ふりそそぐ海辺のリゾートにフォーカスし、雪降るスノーリゾートからは距離を置いた。 これに対して、ユーミンは、湘南のことは歌うが、海外となると、アカプルコや、南回帰線の洋上のヨットセイリングといった、一般ピープルには手が届きそうもない、ブルジョア感満載のリゾート地を歌う。 そして、スノーリゾート、そう、スキー天国の絶対的存在といえば、ユーミンだ。

 

杏里はまた、アメリカのヒット曲やブラックコンテンポラリーのファンクなエッセンスを、かなり直接的にサウンドに取り入れている(角松敏生の起用やコーラスの使用など)。 これに対して、ユーミンサウンドは、正隆さんが、その時代時代の最先端のサウンドを、正隆さんのフィルターをくぐらせてエッジを削って、ユーミンの世界観を損なわないような取り入れ方をしている感がある。

杏里のサウンドは、ユーミン節とは異なるコード進行&モジュレーションを使う。これも、角松敏生小林武史といった、複数のソングメーカーを起用しているからだろう(とくに角松敏生は、バブル時代の音楽の帝王だ)。

 

そして、杏里は、いい意味で、歌声に強烈な個性がない。 素直で伸びやかで、少しハスキーで、滑舌のよい、明るい歌声が、軽快なアーバンサウンドにマッチしている。 これに対して、ユーミンの声と歌い方は、ユーミンという強烈な個性の塊(かたまり)である。

 

杏里の歌は、本来の主役を、邪魔することなく盛り上げる。 たとえば、結婚式での新郎新婦のお色直し再入場。 バブルの頃は、結婚式のお色直しで、杏里の「Summer Candles」や「Dolphin Ring」がよくかかったものだ。 まさに、披露宴ソングの先駆けだったわけだが、杏里の曲にのって登場した新郎新婦、とくに花嫁は、その場の主人公になって光り輝くことができた。

 

そして、アニメの主題歌、「キャッツアイ」。 これも、主人公の三姉妹の美貌とカッコヨサを盛り上げる歌だ。 この曲が大ヒットしたのは、歌い手の杏里が長身で手足が長く、主人公の三姉妹と重なるようなイメージが湧くことも寄与しているかもしれない。 つまり、歌の主人公との親和性が高いのだ。 この主題歌をユーミンが作って歌ったら、主人公の美人三姉妹よりも、ユーミンのほうが目だってしまうのではないか。

当時の結婚披露宴に多用され、アニメ主題歌がヒットした理由は、杏里の歌声には、花嫁さんやキャッツアイの三姉妹の存在感を喰ってしまうほどのアクの強さが、良い意味で無いからかもしれない。 ユーミンの曲は、トレンディドラマによく使われたが、なんだかんだいって、ドラマのエンディング&予告のシーンで、ユーミンの歌声と世界観が、俳優たちを喰ってしまう (小田和正の「ラブストーリーは突然に」もそうだ。美しくも強烈な小田サウンドが、何もかも喰っちゃうよね)。

 

杏里は、ファッションリーダーとしても存在感を放つ。 ハワイを体現するようなファッションや髪型で、同年代の女性たちが真似てみたい、目標のような存在になっている。 一方、ユーミンを真似したい女性は、あまりいないと思う。 ユーミンは、一般の女性にとっては、目標に目指すには、特異すぎる存在だからだ。 

 

杏里は、アーバンな世界観がユーミンと重なりつつも、決してカブることなく生き残り、今も、変わらないカッコよさで活躍する、日本のポップスの大御所だ。 

 

個人的には、「Happy Endでふられたい」「悲しみが止まらない」「最後のサーフホリデー」といった、アップテンポでファンキーなナンバー、そして、「Last Picture Show」「Summer Candles」「All of You」「Oversea Call」「You Are Not Alone」といったバラードの数々が大好きだ。 名盤「Meditation」には、ピアノ映えするバラードが多く収録されている(当時、カセットでしじゅう聴いていた。その後CDを買って今も聴いている)。 王道のコード進行が華やかな「Summer  Candles」や「All of You」、モジュレーションがカッコイイ「Last Picture Show」をトランスクライブして、自分の楽しみに家で弾いている。

 

杏里の曲は、すでに日本のスタンダードだ。 インストのバンド編成や、オーケストラ、ピアノ用にアレンジされて、もっと演奏されるべきだと思う。

 

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