おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

大人のピアノの理想の「お手伝いさん」とは?

 

半世紀以上生きてきた者として、大人のピアノの理想の「お手伝いさん」には、以下があると思います (大人のピアノには、基本的に、上から教えるような「先生」は不要だと思います。 大人なので。 大人が欲しいのは、ピアノの趣味の道を下からサポートしてくれる、「お手伝いさん」です):

 

① 動画、ホームページ:

最新の情報が膨大にあるうえに、追加費用がかからない。 

ピアノを初めて弾く人のための動画から、奏法、音楽理論、練習曲の演奏動画、アナリシス(楽曲分析)、音楽の歴史、音響学、著名ピアニストの演奏動画など、世界中で日々、どこかの誰かがアップしていて、たいがい、自分が見たい内容の動画が見つかる。 もちろん、ジャズ、ポップス、クラシックと、あらゆるジャンルの動画がある。 

それらの動画を半年も見続ければ、音楽というフィールドの全体像がなんとなくわかってくる。 いまは英語の動画でも字幕がついたりするので、とても便利だ。 

見るコツは、いろいろな楽器のプロの動画を、見ることだと思います。 楽器は違っても、西洋音楽の理論はひとつだし、ギタリスト、ベーシストやサックス奏者の動画に、わかりやすいものが、けっこうあります(ジャズやポップスは、音楽理論ありきなので、上手にかみくだいて教えてくれる印象がある。もちろん、ピアニストや作曲家や音楽理論家の動画にも、わかりやすい動画がある)。  ピアニストが割と不得意と思われるリズム感については、ドラマーはもちろん、ギタリストなどの動画にも良い内容があると思います。 

理論(音楽文法)については、音大のホームページや、独学者のためのお助け情報サイトに、基本的な内容が載っているし、各キーのスケールを音つきで紹介しているサイトも、たくさんあります。 

それらを見ながら、電子キーボードで見よう見まねで弾いているだけで、けっこう力がつくと思います。 音楽の文法をマスターするのに、高額なアコースティックピアノは、全く必要ありません。 安い電子キーボードが一台あって、やることをやって、考えることを考えて、ずっと続けていれば、だんだんわかってくると思います。

 

② プロの演奏家兼作曲家:

演奏活動で生計を立てているプロの演奏家によるレッスンは、ちまたの水準に比べてかなり高額になると思いますが、お金に余裕があれば、受ける価値があると思います。 

なぜなら、演奏活動で生計を立てているプロの演奏家は、それにケツをまくっているので、世間様からお金を払ってもらえるような仕事ができているからです。 

「自称プロ」、つまり、「本業は扶養家族」という人は、その仕事ではない本業のほうにケツをまくっているので、どうしても、本業ではない仕事のほうには甘えが出ます。 もし、自分が、本業で、ケツをまくって仕事をしているのなら、やっぱり、ケツをまくって仕事をしている人にお金を払いたいじゃありませんか。  (会社勤務と兼業して演奏活動で結果を出している人もいると思いますが、そういう人は、他人に教える時間はないんじゃないかと想像します) 

ただし、先にも書いたように、こういう、ちゃんとしたプロのレッスン料は、高額です(私は、金銭的に続かなかったので、レッスン1回受けてやめました)。 その上、彼らのライブの常連客になったりCDを購入したりと、実質的には、彼らのファン(=旦那(だんな))になることが必要かもしれません。 

という意味では、大人の趣味の究極、パトロン活動(旦那(だんな)業)をする覚悟がいるかもしれません。 それができれば、究極の素人芸、つまり、旦那芸です。  

 

③ ピアノの先生の先生:

ピアノの先生を教えているプロの演奏家や、大学の教授などです(②の人の中にもいます)。 金銭的に余裕があるなら、「ピアノの先生の先生」から直接習うほうが、芸事のおおもとのコンテンツを直接得られるので、喜捨するお金の価値が希薄化しません。 

「先生の先生」は、「音楽教育業界」という、シュリンクし続けるパイのなかで繰り広げられるカニバライゼーションの、喰う方の人です。 やっぱり、喰われる方の人より、喰う方の人に習いたい。 

かつて、クラシックの或るジャンルがとても好きなアマチュアで、ピアノの先生やプロの演奏家を教えている大学の先生に習っている人のお話を聞きました。 その人のピアノの演奏は、たどたどしかったけど、お話ししてみると、大学の先生に習おうと思う人ですから、音楽に対する造詣が深い。 そのジャンルの知識が豊富だし、クラシック音楽の歴史やピアニストにメチャクチャ詳しい! 大人の趣味として、これこそ王道だと思いました。 

よく、「大人向けのピアノ教授法の講習を受けました」なんていう先生がいますが、大人が教わりたいのは「教授法」ではなくて、音楽という、コンテンツです。 

また、ぶっちゃけ、「ピアノ教授法の講習」の真の受益者は、講習の主催者ではないかと思います。 やっぱり、こちらとしては、喰う方に習うほうが、自分の限り有るお金が、生き金(いきがね)になると思います。 

その芸事のおおもとから習う「一次カスタマー(顧客)」になるか、それとも、その芸事のおおもとから習った「一次カスタマー(顧客)」から習う「二次カスタマー(顧客)」になるか、です。

 

④ プロの演奏家のライブやコンサートに行く

 ②や③の人たちに習うのが金銭的に難しければ、ちゃんとしたプロのライブやコンサートに行って、彼らの実際の演奏を観察すると、とても有益だと思います。 イメージトレーニングになるからです。 (しかし、ちまたには、「自称プロ」がはびこっているので、それらは避けるが勝ちです)

ちゃんとしたプロの演奏家の体格・体形や、演奏フォームや、奏でる音、ステージ上のプレゼンテーション、音楽の世界観が、ひとりひとり、いかに違うことか! それらを観察すると、脳内に情報が蓄積されて、自分なりの「理想の演奏」のイメージを作り上げようと、脳が活性化します。 

プロのサッカー選手は、自分が調子が良い時の録画や、目標とする超一流選手の動画を見て、イメージトレーニングをするそうです。 プロだけではありません。 あれだけプロリーグを見ている小柳ルミ子さんが、もしサッカーをしたら、ぜんぜん見ていない同年代の女性よりも、ずっとサッカーができると思います(小柳ルミ子さんは、芸能界を何十年と生き残って来た、海千山千の人ですから、なおさらです)。 素人の楽器演奏だって同じことです。  

 

個人的には、①(動画やサイト)で情報収集して、興味のある本や楽譜を買って、自分の目的にあった練習方法を工夫しながら、細々と練習を続ける一方で、ちゃんとしたプロのライブやコンサートを聴きに行っています。 何十年、ケツをまくって仕事をしてきました。 ベテラン社会人のみなさんも、そうでしょう? だから、できるだけ、ステージ上で、ケツをまくって頑張っている、プロの演奏家のライブやコンサートに行こうと思います。

 

⑤ 身体操作のプロ

 大人が、とくに、クラシックの大曲を、良い音で弾きたいと思うなら、まずは、日常生活における姿勢と体の動かし方から始めた方がよいと思います。

なぜなら、ピアノのレッスンで、技術的な細かいことを指導されても、当の自分の身体が動かなければ、何度練習しても、ずっとダメ出しされてばかりになるからです(私の経験ではそうでした)。

同じことを、毎回、毎回、延々とダメ出しされているうちに、「自分は下手だ」という呪縛に縛られていって、委縮して、この世の地獄になってしまうからです。

じつは、運動能力的にできない、大きな原因に、身体の歪みがあると、自分の経験から、思います。とくに、身体の左右の歪みによって、ピアノを弾くと、どっちかの肩や首の後ろが凝るとか、左手の動きが悪い、とか、いろいろなことの原因になっていると感じます。

その、肝心かなめの原因を解決しないまま、どんなに悲壮に練習しても、あんまりうまくならず、相変わらず先生からダメ出しされ続けて、自信を完全に喪失した「できない人」に固定されてしまうと思います。

逆に、最初から、肝心かなめの動きができていれば、先生からのダメ出しが極端に少なくなるので、「できる」マインドセットで物事が回り始めるので、メンタルな好循環で上昇していけます。 キリスト様は、これを「天国」と呼んだのだと思います。 キリスト様によると、「天国は、あなたがたの心の中にある」そうですよ。

では、いかに、自分の心に「この世の天国」を実現するか? そのためには、身体操作の本質をわかっている人たちの本やDVDを読んだり、身体操作のレッスンに通ってみたり、人体や脳に関する本を読んだりして、自分の身体といっしょに試行錯誤しながら、自然な姿勢と動きを少しずつ会得して、小さな「できる」を、積み重ねて、少しずつ好循環を作っていくことが必要だと思います。 

身体操作は、ピアノやバレエといった、個別の芸の専門家が、実は知らない分野である、という印象を受けます。 じゃなければ、「演奏家のための●●テクニックとか●●メソッド」なんていう商品が濫立するはずがないからです(= プロだって悩んでいるんだ)。  

もし、誰かに習うなら、いろいろな武道や芸能や身体操作法やヨガなどを自ら試し、統合して、独自のメソッドを作り上げている、当のご本人に習いたいと思います(ここでも、喰われる方の人から習うよりも、喰う方の人から習いたい)。

ほとんどの中高年は、長年の日々の労働によって、身体が歪み、硬直していると思います。 とくに、股関節が固かったり、股関節につまり感がある人は、趣味より前に、自分のサバイバルのために、何とかしたほうがいいと思います。 命と健康があっての、仕事や趣味です。

楽器演奏については、体格に恵まれている人(背が高い、ガッチリ体形など)は、身体の大きさと筋肉の量で、歪みをある程度カバーできるかもしれませんが、小柄で痩せた人は、身体の資源が乏しいので、小手先の動きばかりを教えられて、どんなに練習しても、うまくいかなくて、「できない」「できない」と言われ続けて、その有害な言霊(呪い)を受けてしまって、現世にいながら「できない無間地獄」の亡者というか、餓鬼(ガキ)になってしまうと思うからです。 

 

大人は、餓鬼(ガキ)ではありません。

 

私は、餓鬼(ガキ)になりたくなかったし、プロのレッスンに支払う高額なお金がないので、コンサートやライブに足を運んで、本物のプロの演奏を滋養にしながら、家で独学しています。 自分が好きでやることです。 たとえ下手であっても、間違っても、仕事ではないのですから、痛くもかゆくもありません。 だから、自分がそれを統括します。

これに対して、餓鬼(ガキ)は、自分の中心がカラッポ。 何をやっても、自信がありません。 永遠に、自分で自分の心を満たすことができないので、心の飢餓状態を、人から受けた評価で満たそうとします。 自分の中に判断の基準が欠落しているので、人の言葉が宝珠なのか、汚物なのかも、判断できずに、なんでも、むさぼり喰う。 だけど、自分に主体がないから、当然、満たされない。 

だから、いつも、自分と他人を比較して、勝手に自分で優劣を判定して、一喜一憂してばかり。 「立場が上の人」と自分が思いこんでいる存在から褒められれば、とたんに舞い上がるし、逆に、ダメ出しされると、落ち込んだり、逆切れしたりする。 心の土台が、脆(もろ)すぎるのだ。  

趣味も、仕事も、人生何をやっても、いつも不安で、焦燥感に悩まされている、劣等感のかたまり。 それを、「趣味なんて」とか「仕事なんて」とか、自虐的に言って、ごまかしているけど、心の中は、たぶん、地獄。 これらの言葉は、自己評価の低さを表している。 とどのつまりは、「自分なんて、ダメな人間だ」と言っているのだ。 自虐は、自己否定。 最初から、自分を否定しているから、何をやっても、うまくいくはずがない。 自分で自分に呪いをかける人生は、本当にかわいそう。 

永遠に満たされることが、ないのだ。 自分の中心が、いつまでもカラッポだから。 主体性が欠如しているから。 主体的に考えていないから。 

この世の地獄から自分を救うのは、自分しかいない。 そのためには、まず、餓鬼(ガキ)道から自分を救い出して、大人になることだ。

私は、生きているうちに大人になりたいと思っています。 

 

日本の20年くらい先を歩いているのが、アメリカです。 フォードなどの自動車企業の、工場労働者たちが、第二次大戦で戦勝国となった勢いもあったのでしょう、「ミドルクラス」というボリュームゾーンに成り上がりました。 経済的な余裕を背景に、日本より一足先に、音楽などの芸術を楽しむ庶民の大人が爆発的に増えたようです。 アマチュアのチェロ奏者 John Holt さんが1978年に出版した本の中の言葉です: 

The teacher I need must accept that he or she is my partner and helper and not my boss, that in the journey of musical exploration and adventure, I am the captain.   Expert guides and pilots I can use, no doubt about it.   But it is my expedition: I gain the most if it succeeds and lose the most if it fails, and I must remain in charge.

(出典:John Holt Never Too Late (1978)   アマチュアのチェロ奏者のHoltさんが書いた、含蓄にあふれた名著です。 アマチュア音楽好きなら、一読をお勧めします(私は日本語版を読みました)。 上記の引用文は、William Westney The Perfect Wrong Note にも載っています。 The Perfect Wrong Note の日本語版は『ミスタッチを恐れるな』です。 しかしながら、英語の原書のタイトルは、そんな意味ではありません。 日本語に翻訳すると、どうして高圧的な大上段の命令口調のタイトルになるのか、私はぜんぜん理解できなかったので、私は、英語の原書を読みました。)

 

参考記事:

tokyotoad1.hatenablog.com

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