おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

ピアノで「指が回らない」人の特徴

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「ピアノ 子どものころから指が回らない」という内容でネットで検索している方がいらっしゃるようです。

 

以下は、私tokyotoadが、自分で本を読んだり、ネットを調べたり、動画を見たり、知人友人の話を聞いたり、身体操作のグループセッションに参加したり、スポーツや演劇など音楽以外の身体操作についても調べたりしながら、2年以上身体操作を試行錯誤しているなかで、考えたことです。

 

「指が回らない人」は、指ばかりか、足も、首も、身体のあらゆる部分が「回らない」

というのが、私の結論です。

身体のあらゆる部分が回る人は、身体のあらゆる部分が回ると思います。逆もまた真なりです。

普段の生活やスポーツで身体が柔軟に動かない人が、ピアノを弾く時だけ柔軟に動けるなんていう、ムシのいい話があるわけがないからです。

 

半世紀以上生きてきた自分の経験を振り返ったり、知人友人の話からヒントを得たり、人を観察したり、本やサイトで得た情報を咀嚼した結果、子どものころからピアノで「指が回らない人」には、ある種の傾向があると感じるので、以下に列挙します:

 

指が回らない原因として:

生まれつきの特徴

育った環境から受けたメンタル面の影響

利き腕の長年使用や猫背などによる身体の捻じれと歪み、老化

の3つがあると思います。

 

このなかで:

生まれつきの特徴は、

先天的な特徴なので変えることが難しいと思いますが、

 

育った環境から受けたメンタル面の影響と、

利き腕の長年使用や猫背などによる身体の捻じれ・歪み、老化

は、後天的な特徴なので、改善することによって、その人なりに指の回りが良くなると思います(老化をある程度は遅らせることが可能です)。

 

ただし、

ピアノをスポーツ競技と考えるのか、それとも、本来の音楽(芸術)活動にするかは、その人の考え方次第だと思います。 指が回らなければ、作曲・即興(インプロヴ、インプロ)・アレンジ・リハーム(リハモ)といった、人間脳を使ったクリエイティブな音楽活動を、楽器やパソコンを使ってやればいいだけで、じつはその方がはるかに芸術的です。

楽譜のとおりに先生に言われたように正確に音を再現するだけの行為は、いうなればアシカショーのアシカと同じです。人間の世界においては、誰かが作ったゲームをルールどおりに遂行する行為であり、ルールメイカーの指示に従ってどんなに完璧に遂行しても、彼らから査定評価を受ける身分でい続けることになり、また、ひとたびゲームチェインジャーが出現すれば、彼らに翻弄されるばかりの、つまりは、どっちみち基本的に負け戦(いくさ)なのです。

 

それを踏まえたうえで、

作編曲や即興演奏といったクリエイティブな頭脳活動を伴わない

単にピアノ演奏の機械的な身体操作で言うところの、

「ピアノで指が回らない人」の傾向は:

 

生まれつきの特徴:

 ◆指の長さに差がある(小指だけ短い、親指だけ短い、など。直線的な配置の鍵盤に対して、手の回転運動が大きくなるため、弾くのに不利。鍵盤の打ち損じ(空振り)やミスタッチの確率が高くなる)⇒ 結果として、ピアノで指が回らない(どんなに守備範囲内で指が回っても)。(2021年6月に加筆:薬指が人差し指よりも長い、従って、薬指と小指の長さの差が大きい。薬指と小指の長さの差が大きいと、ピアノは弾きづらいかもしれませんが、薬指が(人差し指よりも)長い人は音楽などの数学的&論理的な活動が得意だったり、創造力が優れていたりする傾向があるようです。万人向けの定型的な基準で評価されて、持って生まれた優位性を斬られないようにしたいものです。)

   手が小さい、指が短い(オクターブ超えのアルペジオなどを弾くことが物理的に不利で、結果としてミスタッチの確率が高くなる)⇒ 結果として、ピアノで指が回らない(どんなに守備範囲内で指が回っても)。

 右利き ⇒詳しくはこの記事に書きました:ピアノで左手が動かないのは「右利き動作」が原因 - おんがくの彼岸(ひがん)

   身長が低い(指の長さや、腕の長さ、骨格、筋肉の量などで、大柄な人に比べて身体スペックの面で劣り、また筋肉量が相対的に少ないので疲労がそれだけ早く持久力の面で劣る)⇒ 結果として、短時間で指が回らなくなり始める。

   ◆早生まれ: 早生まれの子は、4月が年度始まりの日本では、同級生の中で発育的に不利なので、往々にして低い評価を受けることがあり、それがその後の人生にネガティブな影を落とす場合がある。 早生まれのプロ野球選手が少ないのはこのため(早生まれだと、子どもの頃に特待生など選抜コースに選ばれにくい)。 逆に、カナダでは、プロのアイスホッケー選手に早生まれが多い(子どものホッケー特待生の選抜を1~12月期間で切っているので早生まれの子が有利だから。←マルコム・グラッドウェルの著作より)。 日本で、3月末生まれの赤ちゃんの出生報告を4月にする親がいるのはこのためで、子どもの人生が不利にならないようにと親心からそうするわけです(昭和のころはそういうことがよくありましたが、いまは可能かどうか知りません)。 日本の新学期を9月始まりにすることは、いままで長い間ずっと不利な境遇に置かれていた秋冬~早生まれの子どもたちが有利になるので、その意味で公平な変更といえるでしょう。

 運動オンチ

 ◆小学校の通信簿が、体育だけが1で、他の学科はすべて、授業を聴いているだけで特に家で勉強しなくてもオール5だった。

 身体を動かすのが苦手。面倒くさがり(= 脳の思考速度と身体の運動速度に差がある)。

 小中高と、体育の授業で、一生けんめいやっているのに、先生に「ふざけるな!真面目にやれ!」と言われた。 自分の何がいけないのか全くわからないのだが、体育の先生に嫌われた(そしてそれが通信簿の体育の成績に表れる)。

 ダンスをすると、手と足をバタバタさせているだけになってしまう。一生けんめいやっているのに、「ふざけるな!真面目にやれ!」と言われてしまう。 ダンスの先生が「この生き物は一体何だ?」という表情で異形の物を見るような目でこっちを見ている。

 字が汚い。一生けんめい真面目に字を書いても、「ふざけた字を書くな!」と言われてしまう。そこで、「自分には真面目さが足りないんだ、もっと真面目にやらなければ!」と、よりいっそう真剣に力を込めて字を書くと、とんでもなく荒れた字になってしまう。

 箸の持ち方がへん

 セーターをうまく脱げない

 なにをやっても不器用。細かい作業が苦手(←スピード脳が遅い身体の動きにイライラするから)

 親も運動オンチ。親や祖父母に、おそろしく不器用な人がいる。

 子どものころ、よく大人を怒らせたが、どうしてか自分ではよくわからない(←「子どもらしくない」「子どもにしては生意気な」口答えや、「子どものくせに大人のメンツをつぶすような」ことを悪気なく無邪気に言っていたからと思われる)

 言われたことを言われたとおりにやることが何故かできない。定型的にやれば済むことにも、工夫をしたり自分のテイストを加えたがる。どうしてそうしたくなるのか、自分でもわからないが、その方が良いとか、カッコイイとか、そのほうが便利だから、と考えてのことである。が、結果として、それを「間違っている」と表面的に判断されてしまう(コード記号を便宜的にベース音の近くに書いていた自分用の楽譜を、ピアノの先生に「コード記号は五線の上に書くものです」と注意されたが、「ベース音を外すことほど悲惨なことはないと思っているので、ベース音の近くにコードを書いた方が目の動きが最小化されて間違いが少なくなるから、ベース音の弾き間違いを少しでも防ぐために便宜的にそうしました」って言おうと思ったが、下手に口答えして先生の機嫌を損ねるのは得策ではないと思って何も言わずに言葉を呑み込んだ。中学のころからフォークやポップスのリードシートで弾いてたんだ、通常はそうだってことぐらい知ってるよ。自分の楽譜だから、自分がやりやすいようにそうしただけ。そういうことを指摘する先生って、「生徒は常に劣った存在であり、生徒のやることは常に間違っているから、常に正す必要がある」という目線で生徒を見るから、生徒なりの工夫を理解してアプリシエイトする目を持っていない。つまり、基本的にこちらを信じていない。なんだか、米国の某企業に買収された日本のスーパーマーケットの売り場に似ている。 店内用の買い物かごを色分けしたり、売り場の出入り口にゲートを設けたり、「お客様は万引き犯です」って言っているようなもん。事務的なことしか指摘できない先生は、もっと本質的に音楽的なことは指摘できないっていうか、いうなれば音楽の真髄である芸術的なセンスが無いと思う)。

 丸暗記ものが苦手で、九九や数式が、なぜか覚えられない。だが、複雑な問題になればなるほど、自分で計算方法や数式をその場で編み出せるので、高等教育に行けば行くほど困らなくなった。

 高校の授業で、「この先生、バカだな」と思ったことが多々ある

 頭が異様に大きく、左か右かに傾いていて、かつ、学校テストの成績が常に学年トップ(体育は全然ダメ) ⇒ 大学は最高学府にサクッと入学。

   今までの人生で、「あなたは言っていることがわからない」とか、「あなたは話がポンポン跳ぶ」と言われたことがある(自分の話が言葉足らずに聞こえるようだが、自分としては、その人がどうしてついてこられないのかが、わからない。 生きていると、たまに、話の跳び方のノリが同じ人と出くわすことがあって、その時は、打てば響くように会話がポンポンはずんで、とっても会話がしやすい)。

 完璧主義。自分のミスを許せない。創作物などの作り込み方がハンパない(←2020年9月に追記)

 子どものころピアノを習っていた場合①:練習する曲がダサい曲ばかりに思えて、家で練習する気になれなかった。だから、ピアノのレッスンでは、練習してこないうえに気が乗らずに弾くため、「この子はピアノがヘタ」という判定をされていた。 

 子どものころピアノを習っていた場合②:楽譜どおりに弾こうとしても、弾きながら自分流に変えてしまって、「作曲しない!(=作曲するな!)」「作曲しないように!」と注意されてばかりだった。どうして楽譜どおりに弾けないのか、自分でもわからないが、自分の中のもう一人の自分がそうしてしまう。誰かの作った曲を間違えずに再現する行為に人間的な意味合いを感じられないからかもしれない。

 子どものころピアノを習っていた場合③:聴覚情報に敏感。聞いたまま、楽譜を見ないで弾く。そのため、楽譜を見るのが面倒に感じている。楽譜を見て弾くのがおっくう。聴覚情報と音楽が脳内で強くつながっているので、視覚情報(楽譜)と音楽の脳内のつながりが劣後して、結果として譜読みが苦手というか、聞いた音楽を脳内で処理して演奏再生するスピードのほうが遥かに速くて簡単に感じる。このような、生まれつき耳が良いというか先生よりも耳が良すぎる子どもは、楽譜を見て再現演奏することに主眼が置かれるクラシック音楽教育で必ず落ちこぼれる。音楽は耳で聴く芸術であるにもかかわらず、耳で聴いた音楽をすぐに再現したりアレンジを加えて即興演奏することは大道芸人のすることであーる!と音楽教育というか音学の権威たちから軽んじられているからだろう。このような権威者からの不自然な見下しは、日本において西洋音楽が所詮「借り物」に過ぎないことの表れであろう。日本の伝統音楽においては、このような薄気味悪い見下しは見られない(雅楽は「借り物」だろうが)。 音の質に敏感。ピアノの先生の家のピアノと自宅のピアノの音が違い過ぎると感じて、レッスンで当惑して、家で弾けるように弾けなかった。

 子どものころピアノを習っていた場合④:「このピアノの先生、音楽のセンスがないな」と思うことがあった。 

  

育った環境から受けたメンタルな影響:

 子どもの頃、他の子に比べて身体が大きく、いつも猫背にしていた。

 座高が高いのが恥ずかしくて、いつも猫背にしていた。

 女子:子どもの頃、発育がよくて、クラスメートより胸が大きいのが恥ずかしくて、いつも猫背にしていた。痴漢に胸を触られたのがトラウマになって、それ以来、胸を隠すために猫背になった。

    子どもの頃、早生まれのハンデによって、「他の子よりも下手」の判定を下されたことが、メンタル的なブロックになっている。

    子どもの頃、外見や容姿などの理由でいじめにあった

 小学校低学年のころからメガネをかけていた(←親のメンタル面が影響した可能性がある)。

 ▲子どもの頃アトピーなどの疾患を患った(←親のメンタル面が影響した可能性がある)。

 親から小言を言われてばかりで、あまり褒められなかった。

 親が他人の前で、自分(わが子)を卑下することを言っていた。

 親の精神が不安定だった。両親の仲が悪かった。 

 ▲(夫婦関係や嫁姑関係が原因で)母親が家でよく泣いていた

 「勉強しろ!勉強しろ!」とハッパをかけられるままに、ガリ勉していた。

 本音を言っては、いつもしくじってきたので、自己主張をしなくなった

 ▲実力を出すといつも仲間外れにされるので、ダメなふり・できないふり・わからないふりをし続けてきた。その結果、もはやそれが演技なのか本当なのかわからない芸域に達している。

 小学校の図画工作の2コマぶっつづけの授業で絵をあっという間に描いてしまったが、授業時間が1時間以上余ってしまい、授業中に他に何もすることがなくなってしまったので、仕方なく、完成した絵に手を加えて、かえって変な絵になってしまった。授業が終わると、先生から「あんなに素敵な絵だったのに、どうしてこんな風にしてしまったのか?」と言われて、ガッカリした。でも、授業が始まって20分足らずで「もう絵を描けたから自分は外へ遊びに行きます」とか、「描けちゃったので別の絵を描くからもう一枚画用紙をください」と先生に言うことにはいろいろなリスクが伴うことを、子どもでも無意識に感じるものなのだ。(←2020年9月に追記)

 「自分の考えは間違っている」といつも思うので、人に言わない

 仕事を必要以上に頑張り過ぎてしまう。⇒それを酒や甘いもので晴らす(←緊張した心身を少しでもリラックスさせたいという気持ちから。しかしながら、お酒や甘い物を食べ過ぎると、中高年になってから健康上の問題がいろいろでてきてとっても後悔する(私はとっても後悔している)。仕事の脳への負荷を軽減したり仕事のストレスを晴らしたりするのに、甘味やパンや米/粉もののドカ喰いや大酒をあおりたい気持ちは心から理解できるが(私もそうだったので)、自分の健康寿命のために「ストレス喰い」の習慣は若いうちにストップしたほうがいい!)。

 親や周囲の大人たちから「〇〇をするな!」「△△をしてはいけない!」と、否定形の指示を受けて育った。(←2020年10月に追記)

 ▲子どもの頃、親から「人前では遠慮をするように」と育てられた。(←2020年9月に追記)

 普段の生活で、いつも自分を後回しにする

 ▲会合や集まりなどで、誰にも頼まれてもいないのに、召使いのように立ち働いてしまう。他の人たちは椅子に座って楽しく歓談しているのに...。(←2020年9月に追記)

 人の意見を絶対視してしまう。主体性がない

 すぐに「すみません」と謝る

 ▲気がつけば、いつも地面ばかり見て歩いている

 ▲普段の生活に、経済的 and/or 精神的な余裕がない

 自分に自信がない

 「自分はピアノが下手だ」と思っている

 ▲身体は柔らかいしスポーツ(やダンスや武道)も得意なのに、ピアノの先生の前では、なぜか金縛りのように手も身体も動かなくなってしまう(← 柔道着を着た10代前半の男子がガチガチになってピアノを弾いている動画を見ました。黒帯をしていたと記憶している。なのに、柔道の柔軟な身体能力がピアノ演奏に全く生かされていない。これはおかしい。どうしてそうなってしまうのか?何の呪いが介在しているのか?)。

    子どもの頃、非常に制度的なピアノ教育を受けたため、「この曲が弾けるようにならなければ、あの曲を弾くことはできない」というマインドセットに染まってしまっていて、大人になっても、あこがれの曲を気軽に弾くことができない。

   「子どもの頃にピアノを習っていなかった自分は、大人になってから始めても上手くなるはずがない」という呪いを、自分で自分にかけてしまっている(←50歳ぐらいで全くの初心者からピアノを習い始めて10年後にコロコロコロコロと指を高速に回しながら楽しげにピアノを弾く女性を、私は目撃したことがあります。著名なプロのピアニスト(音大卒だがピアノ科ではない)にずっとついて習っているそうです。私も一瞬習ったそのピアニストさんは、ほめ上手。つまり苦労人(一般企業などで長く社会人をやっていると、その人が苦労人かどうかが、わかるようになります)。そしてなにより、演奏活動で実績のある現役のプロだから、生徒は先生を信頼する。ただし、レッスン代は高額。「高かろう、良かろう」な先生でした。私は経済的な理由でその先生に一瞬しか習わなかったけど、先生は私に、自信をくれました。はい、それで十分です。何をするにも、自信がすべてです。自信が無ければ、何をやっても、絶対に、うまくいきません)。

   子どもの頃に習ったピアノ教師から、「あなたはピアノが下手」という有形無形のメッセージを受け続けたため、大人になってもその呪いに縛られ続けている。(←そういう経験のある人は、まず第一に、そのピアノ教師の存在を否定することからはじめるべき。「そうすることは失礼ではないか?」だって? そもそも、どっちが最初に失礼だったんですか? 生まれ育ちや学歴経歴に関係なく、人の存在を否定するメッセージを発する輩(やから)は、無礼千万で、どっちみちロクでもない野郎だ、というか、そういう人は心が悪魔に乗っ取られて操られてしまっている人なんです。だからこそ、そういう人の存在を否定する必要があります、じゃないと、こっちの心まで悪魔に乗っ取られてしまう恐れがあるからです。心が悪魔に乗っ取られ操られている状態を、昔の人は「地獄」と呼んだのです。)

  ジストニアイップス(←2020年7月に加筆)。 ジストニアを患うのはプロのピアニストに限らないと思います。 趣味でピアノをする素人もジストニアを患う可能性が大いにあると思います、と書くと、「ジストニアはプロの演奏家の病気だ」と一笑にふすピアノの先生もいるかもしれませんが、その「一笑にふす」行為が、生徒を傷つけ追い詰めているかもしれませんよ。 社会人として長年仕事をしてきた人が中高年になってピアノを始める場合は、仕事と同じ緊張感やツメの辛さを自分に求めないようにするとよいかもしれません。 それから、有形無形のダメ出しばかりで生徒を追い詰める、ロクでもないピアノ教師を即刻クビにすることも必要だと思います。 理由は先ほどと同じで、悪魔は伝染するからです。 悪魔に心が乗っ取られ操られている人に関わり続けると、こっちの心まで悪魔に乗っ取られて地獄の人生になってしまうからです。 悪魔とは、自己否定から生まれる様々な感情のことです。

 

身体(骨格)の捻じれ・歪(ゆが)み、老化:

 アゴが前に出ている。 

 猫背・スマホ首・ストレートネック

 アヒル口。「アヒル口の女性はカワイイ」と思う男性もいるようですが、アヒル口は、姿勢が悪い証拠。 何故って、姿勢が悪いと、本人の意志に関係なくアヒル口になってしまうから(ヒトの身体の構造上そうなる。姿勢がどのように悪いかは、悪い姿勢がどんな姿勢なのか解らない人に言葉で説明しても未来永劫わかることはないので、不毛な説明は無用な行為だ。ヒトの身体や運神経とは、かくも残酷なものなのだ。教える方も、教えられる方も、時間と精神パワーの無駄。孤独な試行錯誤の継続の中でのみ、いつかそれが解る日が来るかもしれないし、あの世に行ってもわからないままかもしれない)。 加えて、アニメの女の子のような立ち姿勢も、悪い姿勢の典型。 アマチュアの世界ですら、アヒル口でアニメ立ち女の子姿勢の有能なアスリートや演奏家はいない(はず)(←2021年6月に加筆)。

 慢性的に便秘。便秘薬すら効かない。

 女性: 生理痛がひどい。婦人科疾患を患っている。

 冷え性。寒がり。(←ご飯(お米)やパン(小麦粉)や麺類や甘い物が好きではありませんか?だったら食生活に注意した方がいいと思います。じゃないと、中高年になってとっても後悔します(私はとっても後悔しています。こういう食生活を続けていると、40代中盤で早々(はやばや)と眼にくると思います。眼にくる症状は、とてもコワイです...))

 頭痛持ち。顔面まで痛くなることがある。頭痛で生活に支障が出る。(←ご飯(お米)やパン(小麦粉)や麺類や甘い物が好きではありませんか?だったら、同上の理由で食生活に注意した方がいいと思います。)

 耳鼻咽喉科系が弱い蓄膿症。

 貧血。低血圧

 身体が固い。(←これについても、子どもの頃から甘い物や米/小麦粉などを食べ過ぎていたことが原因のひとつなのでは?と勘ぐっています。)

 ふだんの声が弱々しい。声の質が悪い。喉声。神経質な声。ヒステリー声。喉がいつも緊張している。 歌が上手いプロのアスリートが多いのは、運動パフォーマンスと心身のリラックスには正の相関関係があるから。 同じように、一流のミュージシャンには良い声の人が多い、という印象を私は持っている。 私が一時期習った著名なプロのピアニスト先生も、話し声が穏やかに響く、良い声の持ち主だった。 あなたのピアノの先生の話し声は、どんな声ですか? 声の質は、「人間」という楽器の音の質です。 自分という楽器を美しく鳴らせない人は、自分の延長である楽器を美しく鳴らせられるはずがないのです。

 呼吸が浅い過呼吸になることがある。

 身体の片側(右利きなら左側)の肩こり、首こりがひどい(←骨格が歪んでいるからかもしれません。骨格の歪みは絶対に直した方がいいと思います! 運動全般に関しては、骨格が歪んだままでは、何をどう努力しても無駄だと思います。)。

 紙に字を書くとき、紙を斜めにしないと真っ直ぐに字を書けない

 女性:スカートをはいていると、いつのまにかスカートがウエストの周囲に沿ってズレて回旋してしまう

 トイレで小便が斜めに飛んでいく

 自宅のトイレの便座がずれている

 トイレの便座に腰掛けてパンツを下すと、パンツがねじれている

 デスクワークに従事している。

 研究職や分析など、動かないで脳をものすごく使う仕事に従事している。

 工事現場でのクレーン操作やバス/タクシー運転手など、動かないで常に高い集中力を保たなければならない仕事に従事している。

 いつも下を向いてばかりの仕事に従事している。

 椅子に腰かけると、お尻のどっちかに重心がかたよる

 正座から膝を崩して斜め座りをする場合、右か左どっちかの斜め座りしかできない

 あぐらをかけない

 う●こ座り(ヤンキー座り)ができない

 足の指でじゃんけんのパーができない

 足首の「三陰交」と呼ばれるツボを押すと痛すぎて押せない。

 指圧師やマッサージ師から「そんなに痛いんですか?そんな身体ではこの先大変なことになりますよ」と言われたことがある。 

 医者から「ぜんぜん腸がうごいてないんですよ!こんな状態ではこの先大変なことになりますよ」と説教されたことがある。

 普段の顔色が良くない

 普通に歩いていつもりなのに、「そっちの足、悪いんですか?」と聞かれる

 片足をひきずるようにして歩く

 片方の足がいつもしびれている

 いつも身体の片側(左側or右側)ばかり骨折する。

 片方の股関節の中に、石のようなものがひっかかっているような感じがあって、気になる。

 いつも、頭を右か左かのどちらかにかしげている

 視力が低い(目が悪い)。

 片方の目が小さい(右利きの場合、左目が小さい。右目は二重なのに左目は一重や奥二重)。

 唇が水平ではなく、口角のどっちかが上がっている

 片方の腕が長い(テニスをやると右腕が長くなると言われますが、それは、右腕が成長して長くなるのではなく、右腕ばかり振っているために身体が捻じれ歪んで、それが原因で右腕が長く見えるだけなのではないか?と、私は勘ぐっています。私は子どもの頃、運動オンチでほとんどスポーツをしなかったにもかかわらず、当時から右腕が長かったので、そう勘ぐっているのです)

 片方の肩が上がっている

 肩の可動域が左右で違う(例:右肩は大きく回せるが、左肩が回しづらい)。

 いかり肩。肩幅が広くなってしまっている。 髪が短い中年女性の場合、後ろから見ると、一瞬男性?に見える(社会の中で男性並みに働かなくてはと頑張ってきたんですね)。

   ピアノを弾いているとき小指が崩れる(とくに、利き腕とは反対側の手の小指が崩れませんか? そうであれば、身体が捻じれていて、上半身の重心がそっちに傾いていることが原因だと、私は自分の経験から思います(詳しくはこの記事に書きました:ピアノを弾くと背中が痛い_003_指すべりと身体の左右差 - おんがくの彼岸(ひがん))。 だから、その傾いた状態で、崩れる小指の練習をどんなにしても、狂ったようにハノンを練習しまくっても、全く無意味で自分の時間と気(き)の無駄だと思います(そんな、いつまでたってもできない生徒が通い続けるピアノの先生は儲かりますが)。それよりも、そのかわいそうな小指に何十kgもの無駄な自重を無意識にかけていることを悟って、そうならないように姿勢を矯正して必要な筋肉を作って自分の軸を開発すれば、自重の呪いから解き放たれた小指は力強く鍵盤を弾き始めます。木を見て森を見ない枝葉末節な練習を悲愴に続けることは、大映の「赤い~」シリーズの主人公になった気分で、劇的な悲壮感に酔えるので、それはそれで、自分の余暇の楽しみになるとは思います。 そうじゃなければ、勝間和代さんがおっしゃるところの「努力好きの怠け者」がやることだと、私は思います。勝間さん、形容がうまいね。)

 肩のすぐ下の上腕部の外側をつかむと、ものすごく痛い

 腋(わき)の下の前身ごろ側をつかむと、ものすごく痛い

 右利きの場合:身体の左側の首、背中、腰が、いつも凝っている

 反り腰。へっぴり腰。出っ尻(でっちり)。上半身が股関節の位置からピサの斜塔のように前傾している。(←骨格の歪み同様、反り腰も絶対に直した方がいいと思います! 運動全般に関しては、反り腰のままでは、何をどう努力しても無駄だと思います。実は、反り腰や前傾した上半身は、環境によるメンタルが原因だと思います。)

 腰痛持ち。ヘルニア持ち。

 O脚。ガニ股歩きになってしまう。

 女性:ぺたんこ靴よりも、ヒールがある靴のほうが歩きやすい

 顔の肉がたるんでいる(猫背で頭の前方に重力がかかっている証拠)。

 首がよく回らない。首を左右にずらして頭を左右に水平に移動させることができない。

 小柄で痩せている(体格が貧弱なので筋肉量が根本的に足りない。非力で疲れやすい。女性に多いと思う。華奢な女性が弾くピアノは、深窓のご令嬢が弾くがごとく、おしとやかで「品が良く見える」が、「品が良く見える」演奏は音が細く貧弱で音の質が悪い場合が多い。これはそもそも、ピアノのような巨大な楽器を演奏できる身体スペックが無いためである。あたかも、エクセルで四則計算とサム関数しか使っていないのと同じ程度、ピアノの楽器としてのポテンシャルを引き出せている、とも言える。ピアノのポテンシャルを引き出せている小柄な女性は、概して太っている(女性は男性に比べて、筋肉がつくと太って見える)。あるいは、体軸がしっかりしていて理想的な身体操作が出来ている(が出来ている人はほとんどいない))。 詳しくはこの記事に書きました:ピアノが上達するための秘訣(①クラシックピアノの場合と②ジャズその他の場合) - おんがくの彼岸(ひがん)

 不健康な太り方をしている(ストレスで食べ過ぎているような体格。筋肉が少なくて脂肪ばかり)。

 ふだん、スポーツや運動をしていない。日々の生活の中で、スポーツや運動に充てられる時間や気力の余裕が無い(仕事⇒仕事から帰ってきてすぐ家事育児⇒家事が終わらないけれど今日も明日もバタンキュー!⇒残った家事が日々積みあがって山のように。それを見ないようにして今日も明日もあさっても仕事⇒家事⇒バタンキュー!⇒残った家事がますます膨れ上がっていく日々....。そもそも、そういう人はピアノを趣味で弾く時間がない(私も50代になるまでそうでした))。

 骨密度が低い

 手がすべって物を落としてしまうことが多くなった(←そんなに力の無い手や指は、鍵盤の上でも当然すべりまくる)。

 足がもつれる、ころぶ、靴を履くとき、手すりがないとふらつく(←もはやピアノ以前の問題)。

 50歳以上だ(←加齢によって、脳と身体のコーディネーションが崩れはじめる。これに、記憶力の低下、絶対音感の喪失、筋肉の劣化、そして、老眼や飛蚊症が加わる。老眼+飛蚊症によって楽譜が読みづらくなる辛さは、なってみないとわからない(お若い先生方にはまったく想像できないので(私だって50代前半までは想像もつかなかったよ)、大人の生徒が若い先生に習うと、不要で不毛な注意&判断を受けてしまうというネガティブな要素が存在する))。

 

 

「こんなこと、ピアノで「指が回らない」ことと、何の関係があるのか!?」

と思う向きもありましょうが、ピアノで指が回らなければ、何をやっても指が回らないどころか、身体をまともに回せていないのだ! というのが、2年以上前に私が悟ったことであり、それ以降いろいろ試行錯誤してきた現時点での私の考えです。

 

そういう人は、ピアノのレッスンに通う以前の問題として、整体やボディーワークに通ったり、自分で本やサイトを読んだりしながら、自ら身体を動かして、身体をほぐして骨格を整えたほうがいいと思います。 身体をある程度柔軟に動かして生きることができなければ、健康寿命が短くなります。 それに、回らない身体でいくらレッスンに通って悲愴に練習しても、人生の時間とお金の無駄です(←これが、私が大人になってピアノを再開した時にやってしまったことです。回らない身体でピアノを習うと、ピアノの先生によっては、毎回毎回同じダメ出しをしたり、諦めたような表情を浮かべる先生がいるので、習う方の自信がどんどんそがれていきます。運動能力が向上するには、かなりの年月を要します。大人であれば、なおさらです。だから、毎回毎回同じダメ出しになるのは、当然のことなのですが、毎回毎回同じダメ出しを受ける側にとっては、たまったもんじゃありません。従って、そのような先生に習う場合は、レッスンに通い始める以前に、数年の間はプロの整体やプロによるボディーワークに通い、自宅でも毎日長時間、身体を動かし続けて、かなりの身体能力をつけてからにしないと、ネガティブなレッスンを通してピアノ自体が嫌いになってしまうと思います)。もちろん、身体運動とは直接関係のない即興演奏や作編曲や音楽理論の分野は別です。  

 

ピアノを弾くときの手の形はこうするとか、手首をこう動かすとか、親指くぐりがどうとか、背中を動かすとか、いろいろ指導されますが、これらは、ピアノがもともと運動的に上手く弾ける人に見られる形状や動作の特徴であり、結果です。 これを、できない人の努力目標にしてしまうから、悲劇が生まれる。 身体運動的&精神的な条件がそろっている人は、これらのことをちょっと言われれば、たちどころに出来てしまう。 ところが、できない人は、できない身体的&精神的な要因があるから、できない、というか、やりようがない、というか、身体の動かし方の想像すらつかない。 だから、できない人に「結果」を指導する行為は、カエルに向かって「飛び跳ねて夜空の月を取れ!」と言っているようなものなのです。 

 

そのように感じたので、私はレッスンをやめました。 人生の時間とお金の無駄に加えて、メンタル的にも無意味どころか、かえって有害だと思ったからです。 そして、まずは何よりも自分の健康をトッププライオリティに据えて、自分でいろいろな本を読んだり、ネットで調べたり、動画を見たり、興味ある身体操作セッションに参加したりして、2年以上、自分でいろいろ考えながら身体をほぐして試行錯誤してきました。 その結果、姿勢がだいぶ良くなりましたし、身体のいろいろな不調も軽減してきました。 そして、当初の予想どおり、それに伴って、ピアノでも左手が動くようになってきました。 「できない地獄」に堕ちた餓鬼のように背中を丸めてハノンをやりつつ頭痛で冷え性で便秘だった以前よりも、頭痛も冷え性も便秘も軽くなった上に、オマケとして「ピアノで左手がうごくようになってきたよ~」と過ごしている今のほうが、ずっとハッピーな生活です(ちなみに、ハノンのような基礎トレはどんなスポーツでも必要だと思います)。 

 

何事も、ハッピーな気持ちでできなければ、絶対に上手にできません。

 

具体的にどう試行錯誤してきたかについては、時間がないので書きませんが、今までの試行錯誤の結果、 

三木成夫氏による実験で水から陸に上げられたサメや両生類と同じ苦行を自分に課していたことに、気がついたよ!

というのが、今の状態です。 そして、

苦行の末には心やすらかな世界があると思って、できる範囲でトータル5年間は続けようと思います。 

 

それから、

心穏やかに生きられる環境を作ると、心身ともに、人生も、良い方向に回り始めると思います(はい、人生で最も難しいことです)。

 

さいごに、

子どもの頃から身体が固く、身体のあらゆる部分が「回らない」人は、その分、脳や気が常に高速で回っている

という可能性があるように思います。 

それはそれで、生にたくさん、たくさんメリットがあったはずです。 

しかしながら、少しは「自分の命の入れ物(身体)」のことも考えて、大事にケアしてあげると、人生の質がアップすると思います。 人間の身体は本当に頑丈で、我慢強い。 当の主(あるじ)から何十年もひどい扱いを受けていても、文句ひとつ言わずに、命の器となって、命を支えてくれている。 暴飲暴食で生化学的な拷問を受け続けても、一日も休まずに黙々と消化や代謝をして働き続けてくれている。 ひどい姿勢を課していても、ねじ曲がってひん曲がった骨格で踏ん張っていてくれている。 そんな、自分の身体に、「今まで何十年も無視して邪険にしてしまって、本当に悪かった」と、思う、今日この頃です。 これからは、自分の身体を大切にしていきます。

 

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2020年8月に追記: この記事を書いた理由は、「ピアノで指が回らない = 愚鈍で劣った人間」という考え方が巷(ちまた)にあるような気がしたからです。 実際は、そのような短絡的なものではないような気がします。 ピアノで指が回らない人たちの中には、むしろ、一般レベルよりも脳や気が速く回るために、一般レベルから見るとかえって愚鈍に見えてしまう人たちが、少なからず含まれているという気がします(陸上トラック競技で周回遅れの人よりも一見遅く見えてしまうように)。 そういった人たちは、子どもの頃に、ピアノで指が回らないというだけの理由で、「ピアノができない = 音楽の才能が無い」と先生から判定され、存在を否定されて、劣等感に感染して、音楽の芽が枯れてしまった人もいるかもしれません。 しかしながら、指がよく回り初見で楽譜どおりにピアノをミスなく弾けるのに、作曲やアドリブ演奏やアレンジが全くできない人のほうが、音楽に関して言えば、愚鈍な人間です。 だって、音楽語で好きなように話せないんですから。 「音楽脳」が無い、または、有っても回らないんですから。

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ピアノの先生に習っている人は、「指が回らない」原因や、その改善方法について、先生に教えてもらうとよいでしょう。 「もっと指練習を」とか「身体を柔軟に」とか「背中で弾いて」とか「身体を鍛えて」といったお題目のような一般論ではなくて、ピアノの演奏について貴方からお金をもらっているプロですから、貴方に合った具体的な改善方法を、きっと教えてくれるはずです。 それに、作編曲や即興演奏の分野ではない、楽譜を正確に再現する身体能力的な技術を指導できるに足るピアノの先生は、身体操作について指導できるに足る姿勢(モディリアーニ首)&身体操作ができているはずです(「モディリアーニ首」については、下記の記事をご参照)。 また、姿勢や身体操作が出来ていると、身体(肉)や物腰や声の柔らかさに否応なく表れますから、ちゃんとしたピアノの先生は、柔らかい身体(肉)や物腰や声をしているはずです。

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2020年9月に追記:

ピアノで「指が回らない」人の身体的な特徴を如実に表しているのが、この絵画です:

ピアノを弾く二人の少女 ルノワール

ピアノを弾いているお嬢さんの姿勢は: 首が前に出て、アゴが上がってしまっている。 猫背で、巻き肩になっているので、腕が窮屈に曲がり、胴体の横にはりついている。 流れるような明るい髪の毛に隠れているお嬢さんの背中の上部が猫背になっていて、身体の内部で肩甲骨が肋骨の上に覆いかぶさって、巻き肩を形成していることが、よくわかる(ルノワールの観察眼の鋭さだ)。 姿勢が悪いうえに、小指が極端に短い。 楽譜のメカニカルな再現演奏能力において「指が回らない人」の典型的な例だ。 この絵を見ていると、お嬢さんの姿勢が脳内に転写されて、自分まで悪い姿勢になってしまう。  ただし、このお嬢さんが持っているかもしれない、潜在的な作曲能力やアドリブ能力は、この絵からはわからない。 ジャズや即興演奏をやりたい人は、ピアノを弾く姿勢よりも、一刻も早く音楽語のマスターへの努力を始めるとよいと思います。 音楽語は外国語と同じですから、脳が若いうちに覚えていけば、のちのちとても楽になる、と、半世紀生きてからジャズなどの20世紀の音楽語を習得し始めた私は痛感しています。     

 

 

===以下は別の記事に移動した内容===

また、よく「ピアノで左手が動かない」という人が多いと思いますが、ほとんどの場合が:

左手が動かしづらいのは、【普段の生活で右手ばかり使っている⇒身体が捻じれる⇒身体の重心が偏(かたよ)る⇒骨格がひしゃげる(ゆがむ)⇒左腕から左の指先までの骨のアラインメントがゆがむ】ことが、本質的で最大の原因だと思います。 だから、右手のように左手を動かすことが、難しくなる。 この本質的な原因を直さないで左手の練習をしても、効果は限られると思います。

しかしながら、この原因に言及しているピアノ関係のサイトは、現在の時点で皆無です。 だから、ピアノのレッスンで左手が動かない問題が何十年も(いや、お稽古事の素人ピアニズムが始まってから、かれこれ150年以上)ずっと続いているんだと思います。 ピアノの演奏は身体を使って行う身体運動で、とくに、作曲/編曲や即興演奏が含まれない、楽譜どおりに弾く練習は、スポーツと言っても良いはずなのに、ピアノ演奏のスポーツ的な側面がほとんど対処されてこなかったのは、どうしてなのか?

今この瞬間も、「左手が動かない!」と悲壮にハノンを練習する人たちが後を絶たない。 多くのピアノのサイトの内容が「左手が動かない⇒左手の練習をもっとしましょう」で以上終了!なのは、これらは、理想的な身体と運動能力を持っている人を想定して書いているからです(書いた人がそれを意識している/いないに関わらず)。 よく、「これさえやれば肩こり解消!一日3分間だけのストレッチ!」みたいなのがありますが、それでも肩こりの人が一向に減らないのと、まったく同じことです。 理想的な身体と運動能力を持っている人は一流のプロぐらいで、ほとんどの一般人は、長年の生活によって身体が捻じれて骨格が歪み、加えて、ピアノを弾くために身体を整え鍛えることもしない。 大元の問題に対処していない限り、いつになっても「左手が動かない」問題は無くならないでしょう。

 

私も、ピアノで「指が回らない」子どもでした。

とくに、左手の指が回りませんでした。 前述したように、これは、右利きの人間は、ふつうに生活しているだけで、左半身が固まっていくためだと実感しています。 実生活で右腕ばかり動かすうちに、左半身が支軸になって固まってしまうと同時に、左腕は右腕を補助する「裏方の」動きに特化していってしまう。 こうして身体の左右差が大きくなっていくと、身体がねじれ、よじれ、曲がって歪んでしまう。 これが、身体を動かすスポーツやダンスや楽器演奏の動作にネガティブに働く。 身体の左右差を少なくしようと、いろいろ試行錯誤をしていますが、左右差を無くすのは至難の業だと感じます。 「右利き」に有利に出来ているこの世で生きている限り、とくに右利きの人にとっては、身体の左右差はなくならないと思います(つまり、右利きに有利に出来ている世の中は、実は、左利きの人に有利なのです)。

(何年か前に、右投げのダルビッシュ投手が「左で投げてもかなりの球速でストライク球を投げられる」という内容を語っていたのを、何かの記事で読んだ時、身体の左右差を最小化する取り組みなのかもしれない、と思いました。  前田健太投手のマエケン体操も、左右差を認識して修正する意味合いもあるのではないか、と勘ぐっています)  

 

だから、右利きの人に「左手の指練習をもっと!」だけでは、その効果は限定的なものにとどまるでしょう。 身体の動きの左右差や、身体の捻じれや歪みという、大元(おおもと)の問題に対処していないからです。 これは、この記事を書いている時点で巷(ちまた)のほとんどのピアノ教師が認識していない問題で、武道や身体操作のプロが探求している領域です(だって、この問題についてピアノ教師のサイトやブログに書かれていることが皆無だから)。 だから、「ピアノ上級者」とか「プロ」のためのなんとかテクニークといった身体操作のレッスンが売れるわけです。 このようなレッスン商品がビジネスになる理由は、「ピアノ上級者」や「プロ」たち自身が「自分は演奏のための身体操作ができていない」と悩んでいるからです(音大まで出た人たちが身体操作のレッスンを受けている)。 あるいは、グールドのような演奏姿勢で弾くと良いかもしれません。グールドの演奏がそれを証明してますから。 

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