おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

ピアノ演奏と手の大きさ

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私がピアノ/キーボードで身体操作に着目する理由は、個人的な理由からです。

それは、私が身体がさほど大きくなく、手も大きくないからです。

もし私が、身長180cmで体重80kgで10度に余裕で届く手を持っていれば、こんなに身体操作に興味を持たないと思います。

 

コードを弾くときに、やはり強いのがオープンポジションのコードや、ナインスのコード、そしてセブンスなどの4和音コードです。 これらのコードは、音に幅と奥行きを出します。 ところが、手が小さいと、たとえば10度のコードは、3度で弾くオプションになり、一気にレンジが縮んだ、ちんまりした音になってしまいます。 7thで代用すると、要らぬテンションがかかってしまい、10度のスカッと深い感じが出なくなってしまいます。 

 

クラシックピアノ愛好者のなかには、ジャズではビル・エヴァンズが好きです、と言う人が多い気がします。が、ビル・エヴァンズの実演のトランスクリプション譜は左手が10度がデフォルトで、右手のアドリブメロディーも、小さな手だと、猿飛佐助にならざるを得ないレンジで動きます。 右手はどうにかなっても、左手のコードをバラしまくるか、あるいは、3度に縮めてちんまり弾けば、本家とは似ても似つかぬものになります(もっとも、本家とまったく同じに弾ける人なんてどこにもいません)。 バド・パウエルに至っては、左手のオープンポジションのコードがデフォルトに加えて、右手がフェラーリのように高速です。 ある日本のジャズピアニストのトランスクリプション譜も買いましたが、オープンポジションのコードは出てこないものの、「この人手が大きいんだなぁ」とわかる譜面でした。 付属のCDを聞くと、こともなげな感じに聞こえるのだが、私が弾くと、左手が猿飛佐助状態。しかも私の右手ではキツいセブンスやオクターブの4和音が出てくる。 

20世紀の作曲家のピアノソナタなどは、キメのところで10度がカーン!と鳴る。それも両手それぞれに10度のコードが同時にということもある。 こうなると、ごまかしがきかないので、手も足も出ない。 キメのところをバラして弾いたり3度に縮めてちんまり弾けば世界観が台無し。 音を抜かせば、キメポイントなのに音がスカスカになる。 誰かにその時だけ、そこのキーを叩いてもらいたいくらいだよ。 グリーグのホルベアの時代なんとかの「サラバンド」は、いかにも日本人が好きそうな曲なのに、ピアノ曲を弾く人が大変少ない理由は、やっぱり、キメポイントに、どうやってもごまかしのきかないデカいオープンポジションコードがでてくるからだろう。 曲のいちばんいいところで、キメコードをバラして弾いたり、音抜かしのスカスカな音になったら、「届きませんでしたorz....」というトホホ感&残念感がフォローできないほど大きいからだろう。 届かないとバラしにかかるわけですが、バラして弾くと、たいへんにマズいので、弾かない方がマシな曲がある。

 

オクターブ越えのアルペジオがデフォルトの曲もたくさんありますが、手が小さいと、演奏する動きが、常時あくせくして落ち着かないものになってしまう。 アレンジで音の幅を広げようとすると、いきおいコードをバラしまくるので、バラバラバラバラとハエが飛び回るような音楽になってしまう。 

 

バラして弾く場合、小さな手は、鳥類にならなければなりません。 飛行機のパイロットが一番緊張するのは、離着陸の操縦だと聞いたことがあります。 鍵盤楽器に関して言えば、オクターブ超えでアルペジエイトする際に、指が長ければ、指を空中に離陸する必要が少なくなり、着陸時の事故の確率が下がります。 陸上生物は鳥類ではないので、陸地がホームグラウンドですから、陸地にへばりついていられる時が一番安心できる。 墜落の事故が無いからです。 地上での衝突事故はあるかもしれませんが、墜落事故が減れば、それだけ、脳の神経を別のところに振り分けることができます。 これに対して、両手が常に空中を飛び回る猿飛佐助状態だと、脳のかなりの神経を墜落事故の防止に振り向けざるをえず、ミスタッチなく弾くことでいっぱいいっぱいになってしまう。

 

最近、曲を耳コピしていた時に、手元のポータブルキーボードをなんとなく左手で押さえたら、10度が届いた! 「あれ?10度が届くようになった~!」と思った瞬間、私の脳内に、きれいな青空とお花畑の光景がふわ~っと広がったのでした。 その感覚は、まるで天国にいるような感じ! そして、つぎの瞬間、そのキーボードがミニ鍵盤だったことを思い出しました。 すると、脳内のお花畑がスーッと消えていって、脳内は普通のモードに戻りました。 10度に手が届くと思った瞬間に脳内に出現した青空とお花畑、あれが、天国という場所なんでしょう。 人は死ぬ時に、あのような心の境地になるのかもしれない、と思いました。

 

手が大きい人、10度以上が届く人は、楽器の経験の有無に関わらず、生きている間にピアノなどの鍵盤楽器をやることをお勧めしたい。 弾きたい曲を弾きたくても、物理的に満足に弾けない人たちが、この世にたくさんいます。 手の大きい人、届く人は、その人たちの無念を晴らすことができる。 世界には、10度以上に届かないと物理的に弾けないピアノ曲がたくさんあります(日本国内で知られていないだけです)。 それらの曲を弾けば、みんなの耳を楽しませることができるし、もうこの世にいない作曲家のみなさんも、草葉の陰で喜ぶと思います。 タッチとかスピードとか、テクニックはもはや二次的な要素です。 届くことが、絶対的な価値です。

 

手が小さい人は、どうすればいいのか? 10度越えがでてくる曲(文化財)を、作曲家の大先生の記譜どおりに忠実に再現することを要求されるシチュエーション(文化財を記録に残すための録音など)では、物理的に届かなければ、完璧に再現する仕事は不可能です。 ミニ鍵盤の楽器で演奏するオプションがなければ、これは動かせません。 

でも、表現の世界では、自分の心の中の美意識や世界観を表現することが絶対的な価値です。 それが目的ですから、自分流に編集したり別の方法で表現できればよいわけです。 それができるジャンルはたくさんあります。 実際に、手が小さくてもプロとして芸能活動を続けている著名なピアニストがいます(女性の人ですが、まず人間のキャラが濃い。ステージでお客さんを楽しませる話芸を持っている。そして演奏する音楽&歌が唯一無二のキャラを持っている。つまり、その人の存在の濃さが、その人の演奏に表れていて、お客さんを魅了している。こうなると、手の大きさは、もはや、さしたる問題ではなくなる)。

 

以前参加したピアノ会で、小柄で手の小さい女性とご一緒したことがあります。 その人の話ですが、オクターブに届かないけれど、クラシック曲を弾きたくて、自分の小さい手でも弾けるように、楽譜を修正して弾いていたところ、ある人から「クラシック曲の音を変更するのはいかがなものか?」と言われたことがあるそうです。 私はこれを聞いて、「なんてひどいことを言うんだ!?」と思いました。 いったい、何の権威で、そんなことを言うんでしょうかね? 自分たちがオクターブに届くから、届かない人をバッサリ斬って捨てる。 では、その人たちは10度以上が、11度が、12度が届くんでしょうかね? 11度が届く人から、「10度も届かないのに、よくこの曲を弾きますね。10度のコード部分を自己流に変えてアルペジエイトして弾くのはいかがなものでしょうか?」ってバッサリ斬られたら、どんな気持ちですか? 

私がクラシック音楽があまり好きではないのは、こういうマインドセットの先生や愛好家が多い印象があるからです。 人の脳内に腐ったゴミを放り込むようなことを言って、こちらの心を地獄にするような人が多い印象があるからです。 私の手を見て即座に「小指が短いわね」と言ったピアノの先生。 身長が160cmもない、モミジのような手でオクターブまでしか届かないあなたから、私はそんなことを言われる筋合いはない! ピアノ演奏に関してそういう尺度で判断するなら、9度が届く私は、あなたより本質的に優れている。 自分の心の地獄は、自分の中で解決すればいい。 人に投げつけるな! 人に伝染させるな!

 

それに、たとえリストと同じように12度が届いても、リストが作った曲を寸分たがわず弾くことは、得意になるほど偉いことなんでしょうか? 誰かがやったことに合わせてばかりよりも、外部の事象を自分の条件に合うように自分に合わせるところに、真の人間性の尊厳が有ります。

 

ちなみに、その手の小さい小柄な女性は、ピアノ会の参加者の誰よりも、力強い、良い音でピアノを弾きました。 両足を床に踏ん張るようにして、小さな身体全身に動力をフルに伝えて、クラシックを自分流にアレンジした曲を弾きました。 彼女の自己表現は、誰よりも、パワフルで、大きく、堂々としていました。

 

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