おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

身体感覚はその人にしかわからない

 

以下は、20210803にアメブロに書いた記事:

 

今月の下旬で、自然な姿勢のための身体ほぐしを続けて丸4年になる。

 

野口三千三氏、橋本敬三氏、伊藤昇氏などの、往年のヴィジョナリーたちの言葉が、少しずつハラワタに落ちてきているような気がしているが、これは、現在の各種ボディーワークの提唱者たちの運動を日々続けてきた結果である。

とはいえ、まだまだわかっていないと思う。 

 

究極的には、身体感覚はその人にしかわからないんだと思う。 

良いボディーワークの提唱者は「自分の身体の状態を観察しながら動こう」と言う。 

つまり、指導された動きを正確にやろうとするのではなく、自分の身体と対話しながら自分で試行錯誤して、自分で気づいていくしかないのだ。

 

いちばんタチが悪いのは、ピアノを弾く際に「お腹をひっこめて」「背筋を伸ばして」「腕の力を抜いて」「手首を柔らかく」「手のナックル部分が一番高くなるように手を丸めて」みたいな、バラバラの言語的指導をバラバラと受けて、脳の前頭葉がそれらをいっぺんに解析しようとしてフリーズしてしまうことだ。 

最悪である。 

ふだんの生活ですでに身体が固まっている人が、さらに固まってしまう、最悪の黒魔術だ。

 

そうなってしまった私は、それから抜け出すために、独学に切り替えて、自分を自由にしてあげて、なんとな~く、ゆる~い、いい加減な感じで続けている。 

いい加減=良い加減だ。 自分にとって良い加減が最高なのだ。

 

私は、キツい運動やトレーニングは一切していない。 

ただ、ブラブラゆらりゆらりしているだけである ←もちろん、自分の身体の内部を観察しながら、いろいろ思いをめぐらしながらである。 

そして、4年間続けていたら、ピアノを弾く姿勢が格段に良くなって、今は子どもの頃よりも良い姿勢で良い音で弾けるようになったし、左手がはるかに動くようになった。 

だが、最近このブログを始めたため、書く時間が多くなり、身体ほぐしの時間が減ったら、せっかくの身体ほぐし効果が薄れ始めたので、身体ほぐしも日々つづけていく。

 

クラシックピアノをやる場合は、演奏姿勢の良し悪しが演奏の出来/不出来のほぼすべてを決めると、私は思っている。 

ジャズピアノの場合は、ジャズ語のボキャブラリーの豊富さがほぼすべてを決めると思う、というのは、どんなに指がコロコロと回っても、頭の中がカラッポなら指の動かしようがないからである。 

だが、演奏時に脳をじゅうぶんに稼働させるためには、脳に血液がスムーズに行くような姿勢で弾くことが良いのではないか、と思っている。 

したがって、ジャズピアノをやる場合も、ある程度は演奏姿勢に気を配ると良いと、私は思う。

 

tokyotoad=おんがくを楽しむピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

身体感覚はその人にしかわからない | おんがくの細道

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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