おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

一流しか視聴しない

 

以下は、20210807にアメブロに書いた記事:

 

こんな記事をみつけたけど、まさにその通りだ:

 

ソフトボールに続く金メダルへ 上野由岐子の言葉から、まだ育成選手だった千賀滉大は変わった

 

上野由岐子選手の言葉:「超一流の人と一緒に過ごして、いろんなことを肌で感じればいい。二流は二流、三流は三流のことしかしていない。超一流はそれに見合ったことをしている」(上記記事から引用)

 

その通りです。 

林真理子氏も『野心のすすめ』の中で同じことを言っている。 

一流の人たちは、一流の人たち同士で集まり、一流の仕事をする。 

だから、一流の人たちが集まる環境に自分も入って学び経験することが、自分が一流になる道だ。 

二流三流が集まる環境に居続けたら、自分も永遠に二流三流だ。 という内容だ。

 

振り返れば私もそうだ。 

中学の時から、自分のやりたいことや夢よりも、自分が居るところよりももっと優れた環境を選択してきた。 

そのために、必死に追いつくばかりの半生だった。 

何をするにも負け戦のような焦燥感にいつも追われていた。 

だけど、私にとってはそれでよかったと、今しみじみ思う。

 「僕の前に道は無い、僕の後ろに道はできる」と高村光太郎は詠んだが、私の場合はいつも「私の前に道はなく、私の後ろは崖っぷち」だったし、今も引き続きそうだ。 

そう思えるのは、自分が登り続けているからなんだろう。

 

だから私は音楽においても、プロの音楽業界から上質の仕事を切れ目なく請け負いながら自己のライブでクリエイティビティを研ぎ澄ましている一流のプロのミュージシャンしか信用しないし、視聴しない。 

一流の人たちは、「○○練習をちゃんとしていますか?」とか「これを一日3分すれば弾けるようになる!」みたいなお節介で嘘くさい薄っぺらなことを素人相手に決して言わないからだ。 

なぜならば、一流の人たちは、こちらに背中を向けて音楽の彼岸を目指して孤高の旅を歩くのに専心しているからだ。

 

tokyotoad=おんがくを楽しむピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

一流しか視聴しない | おんがくの細道

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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