おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

R2-D2の8月

 

以下は、20210815にアメブロに書いた記事:

 

この国で誰かの愚のせいで無駄に命を落とされた方々のご冥福を心からお祈りいたします。この国は変わっていません。未来永劫変わらないんでしょう。今もなお、無駄に踏みつけられ苦しんだり命を落とす人たちが、今この瞬間にもたくさんいます。そんな中でも、私は今ここで、生きています。皆様のご加護のおかげです。有難うございます。皆様のご無念の渦は神となって、この国の空気の中に幾久しく渦巻いています。

 

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旧ブログ(@はてなブログ)で書いた次の記事からの引用:クラシック音楽はメタルか? - おんがくの彼岸(ひがん)

 

ところで、「スター・ウォーズ」(1977年)は、当時から今に続く、アメリカの国の在り方を象徴する映画だと思います。 

アメリカの忠実な同盟国を象徴するC-3PO(イギリス)とR2-D2(日本)*(いずれも人間のご主人様に仕えるロボット)や、アメリカ社会の民族的な構成(主役の男性(人間)たちと、女性(二級扱いの人間)と猿人)が、たいへんに興味深いことです。 

そりゃぁ、次の作品からメインキャストにアフリカ系の人間役を追加したはずですよ、まったく、ひどいもんです。 

そういった国の在り様(よう)だから、疫病が流行ったりすると、鬱屈したものが噴き出して暴動が起きるんだと思います。  

 

*C-3PO(イギリス)は、大英帝国のキンピカ時代を今となっては悲しく象徴するような、安っぽい金色の丸裸の(もはや全てを失って今は何にも持っていない)姿で、行儀作法(だけ)に秀でていて、育ちの良いイギリス英語を話す(イギリス人の俳優が演じている)。 

R2-D2(日本)に至っては、小型で(背が低い)、しかも、ピーキューピーキューしか言わない(英語を話さない)、そして、Xファイターでは(あたかもご主人様(ルーク=アメリカ)の盾のように)過酷な機外に据えられて、戦闘中に敵機の銃撃を受けて戦死。 

R2-D2の戦死は、カミカゼを表していると思いますよ。 というのは、アメリカ映画では日本人は空中戦で戦死することになっている、と思うからです。 

千葉真一氏が出演したアメリカ映画(たぶん「エイセス/大空の誓い」だと思う)でも、悪者たちをやっつける最後の空中決戦で、ゼロ戦に乗った千葉氏扮する日本人パイロットが敵機の銃撃を受けて瀕死の負傷の後、 覚悟を決めてそのまま敵の親玉めがけてゼロ戦ごと体当たり&自爆で刺し違え爆死、というストーリーだった。 

R2-D2はロボットだから、修理されて生き返ったけれど、私にはどうしても、R2-D2アメリカから見た日本と日本人に見えてしまうのです。

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今回もそうだった。でもね、勲章ゼロ円。お褒めの言葉ゼロ円。感謝の言葉ゼロ円。そんなものよりも時間とコストできっと払えよ!

 

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もとの記事@アメブロ

R2-D2の夏 | おんがくの細道

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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