おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

ニューヨークの音楽を象徴する2人(続きの続きではない)

 

以下は、20211018にアメブロに書いた記事:

 

先日書いたこれらの記事:

ニューヨークの音楽を象徴する2人

ニューヨークの音楽を象徴する2人(続き)

 

の続きではない。

 

 

私はニューヨークの文化を深堀りできるほどは、かの地にいた期間は長くはないが、それでも感じたことは、

 

「ニューヨーク=アメリカ」と思ったり、 

アメリカ=西洋」 と思うことには、大きなリスクが伴うだろう、

ということである。

 

よく言われるところの

アメリカ人だから」と

年末年始の挨拶に「クリスマスカード」を送ることのリスクをはじめ、

日本に生まれ育つと当然疎い事情が、日本以外の国のどこにでもある。

よその国の事情に疎いことは、どこの国に生まれ育っても当たり前なので、

日本人はそれをことさら別に恥じ入る必要は毛頭ないのだが、

興味深い点も多々ある。

「日本は異質だ」と言われると日本人は己を恥じるが、

地上で最も異質な国は、

歴史と伝統が浅い、移民の国アメリカであろう。

  (カナダやオーストラリアも移民の国ではあるが、コモンウェルスの一員で、宗主国イギリスの王室の「重し」がまだ効いているので、宗主国イギリスと戦争をして独立を勝ち取ったアメリカは、最も異質な国であろう。)

 

 

年末にマンハッタンを歩くと、

NYの多彩な宗教の側面を垣間見ることができる。

ある世界的に有名な会社のNYオフィスの1Fの年末年始の飾りつけを見て、

「この会社は、○○系なんだ」と、わかったりする。

NY証券取引所の前には巨大なクリスマスツリーが飾られるが、

飾られているのは、キリスト教のお飾りだけではない。

キリスト教以外のお飾りを飾っているワインショップもある。

 

こういうことに気がついたのは、

アニメのFUTURAMAを見ていたからである。

FUTURAMAを見て、

キリスト教のクリスマスと同じタイミングで行われる

他の宗教・文化の行事が、NYには少なくとも2つ存在することを知った。

音楽を含めてアメリカの文化芸術エンタメを象徴&牽引する2大民族グループが、それぞれにお祭りする、年末の行事である。

 

 

アニメFUTURAMAは、

いまから1000年後の、西暦3000年のニューヨークを舞台にしたアニメである。

がしかし、

「時代設定を未来にしているが、実のところは現在(西暦2000年頃)のニューヨークやアメリカの世相を描いている」と、原作者が語っていた。

 

西暦3000年のニュー・ニューヨークが舞台のFUTURAMAのメインのキャラクターの一人は、

一つ目の女性である。

彼女は、ニュー・ニューヨークの真下の地下に存在する、地底都市に生まれた。 この地底都市には、地底の住人のための大学など、すべてのインフラが何不足なく揃っているが、地底の住人たちは、地上のニュー・ニューヨークに住むことも、ましてや地上を出歩くことすらも禁止されている。 幸いにも、彼女は、目が1つしかないことを除いては、地上の住人と何ら変わらない姿形で生まれた。 地上人と同じ施設や設備を使うことを禁じられた隔離政策の中で娘が成長するのを不憫に思った彼女の両親は、「この子は宇宙人の赤ん坊です」というメモ書きをつけた赤ん坊の彼女を、地上世界の孤児院の戸口に「棄てた」のだ。 両親は、彼女が地上の世界でたくましく成長していく姿を、ドブの排水溝から、いつも見守っている。

 

メインキャラのもう一人に、

宇宙から来訪して地球に定住している、タコと甲殻類が合体したような宇宙人のヤブ医者がいて、

他のキャラクターたちから嫌われている。

この宇宙人の同胞たちは、マンハッタンのガーメントディストリクトや、ハリウッドに多く住んでいる。

かつて私は、

アメリカに長く滞在していたことのある日本人2人に、このアニメについて話したら、

彼女たちは、この甲殻宇宙人のキャラ設定に、あからさまに顔をしかめた。

この宇宙人のキャラクター設定がシャレにならないらしいのだ。

アニメにおけるこのキャラクターの設定が、アメリカ社会の事情を知る人たちにとっては辛辣すぎるようであるが、日々様々な差別に直面する様々な人種で構成されているアメリカ人は、あからさまな揶揄やブラックユーモアへの耐性が高いのかもしれない。

このアニメの原作者は、ザ・シンプソンズの原作者でもあるが、何系のアメリカ人なのか、またアメリカのどこの出身なのか、私は知らない。

今から20年前のニューヨーク社会や世界情勢を、風刺も交えて描いていて、とても興味深いアニメであった。

メインキャラ以外にも、さまざまな人たちへの揶揄や、人種差別や社会差別や、他国や他文化への嘲笑とみてとれるような内容を含んでいるアニメだが、見ている分には、あまり気にならない。 アメリカのドライな文化がなせるわざなのだろうか。 また、アメリカ建国当時のイギリスからの入植者を先祖に持つサエない主人公が、アメリカの建国当時の理念を象徴する言動をすることがあり、それがこのアニメの救いになっているというか、現実でも、アメリカの建国理念が「移民による超大国アメリカの社会を下支えし束ねる精神的基盤になっているんだろうなぁ、ということが、うかがえる。 このアニメが日本の、いわんや2011年以降の、日本の地上波で放送されることは、まずないだろう。

 

 

 

 

 

tokyotoad = おんがくを楽しむピアニスト

 

 

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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