音楽の彼岸のピアノ遊び

大人のピアノ道楽を満喫するピアノ一人遊びの日々

音楽の「足腰」を鍛える際の参考

以下は、20211121にアメブロに書いた記事:

最近の記事:

何をするにも基本は足腰

何をするにも基本は足腰(続き)

 

に関連して、

 

私が、音楽&ピアノ/ケンバンのために参考にしている情報の中に、

残念ながら、

クラシックピアノや電子オルガンの先生方による情報は

ほとんど無い。

とおり一辺の一般的な内容や、どこにでもある教条的な精神論や、生徒の進捗報告という体(てい)の実際は「私は良い先生なのよ!」な宣伝内容が多過ぎて、読んだり視聴したりするだけこちらの時間のムダになると感じたからだ。

 

むしろ、

① ピアノ/ケンバンの素人の方たち、

② 他の楽器(ギター、ベースなど)のプロ、

③ 他の分野(ビジネス、他の芸術)のプロ、 そして

④ ありとあらゆる情報

などから、ヒントを得ている。

 

① ピアノ/ケンバンの素人の方たち:

 玉石混交で、なかにはアフィリエイト的な薄っぺらいものもあるが、

 素人のジャズピアノ求道者の方々のサイトやブログに、

 とても参考になるものが何個かある。

 素人ならではの、業界ズレしていない鋭い視点を知ることができる。

 

② 他の楽器(ギター、ベースなど)のプロ:

 20年ほど前に、テレビで、チャーとよっちゃんのギタートークみたいな番組を見たことがあり、そのときのシーンを思い出しながら、日々の試行錯誤を続けている。

 ギタリストとピアニストの、それぞれの楽器に対するアティチュードの違いに、ヒントを得たのだ。

 ベーシストもギタリストと同様だ。 また、私の音楽理論の追求は、コントラバス&ジャズギター出身の音楽プロデューサーによる動画チャンネルをベースにしている。 理由は、これほど深く幅広いコンテンツを見たことが無いからである。

 サックスなどの単音楽器の一流プレーヤーの動画も参考になる。 一流プレーヤーは、話の内容が実戦的&実用的だからだ。 

 上記のようなプロたちが教えてくれるのは、表面的でライフハック的な技術ノウハウでは、無い。 彼らがプロの演奏家になることができた、根本的な理由を、練習や技術を超えた次元で教えてくれるのだ。 

 

③ 他の分野(ビジネス、他の芸能芸術)のプロ:

 結局のところ、ビジネスでも、他の芸能芸術でも、スポーツでも、

 なにかをマスターするためのマインドセットやアティチュードは、

 すべて同じ

 ということだ。

 英文会計の講座を受講している時の講師の方が

 勉強のし方や、世の中の摂理について、実践的かつ深淵な内容を話してくれた。

 ピアノ/ケンバンや音楽も、まったくもって同じだ。

 ピアノを再開する前に、子どもの頃から一度習ってみたかった書道教室に通った時の練習方法も、まったくもって真実の方法だった。師範は、書道の或る分野の一流の方だが、ご自身に厳しい求道者で、生徒たちに圧倒的にリスペクトされている上に、長い目で見て生徒が上達できるような教え方をしていた。そんな有難い教えを、街なかのカルチャーセンターでお手頃値段で得ることができて、とても幸運であった。

 スポーツの上達も同じである。 各ジャンルのスポーツの頂点の人たちは、だいたい同じようなことを言う。 

 様々な分野の一流人が、彼らがプロになることができた、根本的な、ただ一つの理由を、教えてくれるのだ。

 

④ ありとあらゆる情報:

 とどのつまり、

 人間がやることは、どんなことでも、

 おおもとの基本となる考え方や取り組み方は、

 同じなのである。

 だから、

 別にピアノやケンバンのプロに限らず、

 いろいろな道の一流のプロたちや、

 深く求道する素人の先達さんたちの言動から

 大いに教えられるわけである。

 

最後に、

ジャズピアノの先生方のブログや動画のなかに、

「どうしてクラシックピアノ出身者はジャズピアノが弾けないのか」

に関する考察があって、

たいへん興味深い。

その通りだ! と思うことばかりである。

それらを自分に照らし合わせてしみじみ感じるのは、

ジャズピアノとクラシックピアノは、

まったくの別物だ!

ということである。

 

 

tokyotoad = おんがくを楽しむピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

音楽の「足腰」を鍛える際の参考 | おんがくの細道

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

tokyotoad