おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

クラシックピアノvsジャズピアノは、日本語vs外国語と同じ

以下は、20211125にアメブロに書いた記事:

 

ちゃんとした本物の、ジャズピアノの先生方のサイトや動画を見ると、

 

「どうしてクラシックピアノの先生方はジャズピアノが弾けないのか?」や、

「『ジャズピアノ教えますよ』と謳うクラシックピアノの先生からは、ジャズピアノを習わない方が良い」

という内容がアップされていることがある。

 

これらが、

しごくもっともな理由であり、

子どもの頃にクラシックピアノを10年以上習った私としては、

いちいち納得する内容ばかりである。

 

要は、

文化的、いやもっと突き詰めれば宗教的な問題に帰結するのである。

 

宗教的な問題とは、自分は

キリスト教か、ユダヤ教か? あるいは

キリスト教か、イスラム教か?

という、ものすごくシビアな選択を強いられる、ということである。

 

クラシック音楽も、ジャズも、

西洋音楽である。

そして、

ユダヤ教も、キリスト教も、イスラム教も、

同一の唯一神を信仰している。

そして、

ユダヤ教徒キリスト教徒、イスラム教徒は、

お互いを否定するかのごとく、

対立や戦争を繰り広げてきた/いるではないか?

さらに、

キリスト教は、ざっくりと

カトリックロシア正教プロテスタントの3つに分けられ、

  (加えて、イギリス国教会もあるね)

さらにさらに、

プロテスタントの中には、

なんとか派やらかんとか派やらたくさんあって、

事情を知らない門外漢にとっては理解不能なめくるめく細分化が起こっているではないか!?

 (カトリックもなんとか派やらかんとか派がたくさんあるよね、ということは、ロシア正教もそうなのかな?)

 

で、これらの西側の宗教のなかで、

あなたは、どの宗教を、信奉しますか?

さらに、

その宗教の中の、

どの宗派を、信奉しますか?

 

と問いただされれば、

もう脳内がコズミックである。

 

おそらくは、

南無阿弥陀仏」と「南無妙法蓮華経」のどっちの念仏を唱えますか?

的な、いやむしろ

もっとシビアな選択を強いられるものではなかろうか?

しかも、ここには、まだ

神道というチョイスが加わっていないよ!

 

ここまで書いて、

この記事の表題:

「クラシックピアノvsジャズピアノは、日本語vs外国語と同じ」

まで行き着く前に疲れたので続きは次回(があるのかな?)

 

tokyotoad = おんがくを楽しむピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

クラシックピアノvsジャズピアノは、日本語vs外国語と同じ | おんがくの細道

 

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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