おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

ハーモニアム(ハルモニウム)の可能性について

 

以下は、20220122にアメブロに書いた記事:

 

 

コロナ禍の嵐おさまらぬ中、

ホーンや尺八やフルート系の

吹き物系楽器が受ける受難は、

ケンバンやギターなどの

弾き物系楽器の比ではないのではあるまいか。

  いや、最も受難を受けているのは、

  人間の根源的な楽器である、

  ヴォーカルであろうが。

   (ヴォーカルは、人間に内蔵された楽器だからこそ、

    最も崇高な楽器なのだ)

 

吹き物の動力源を

人間の肺ではなくて

ふいごにすれば、

かなりの解決策になるのではあるまいか?

 

有望な楽器が、

ハーモニアム(ハルモニウム)

ではなかろうか。

私は、数年前から、

この楽器に着目していて、

いつか手に入れたいと思っている。

 

ハーモニアム(ハルモニウム)は、

「片手のオルガン」といった楽器だ。

片手でふいごを動かして空気を送り込むことで、

もう片方の手(利き手)で鍵盤を演奏して音を出せる。

 

ふいごによる風力稼働なので、

パイプオルガンやホーンや笛と同じように、

音をプーーーーーーーーーっと

サステインできるところが、

ピアノやチェンバロなどの打楽器系ケンバン楽器と異なる点だ。

 

この、

ふいごで風を送り込んでいる限り、音を

プーーーーーーーーーっと

サステインできる特性によって、

ハーモニアム(ハルモニウム)は、

ケンバン楽器でありながら、

ホーンや笛などの管楽器や

バイオリンなどのサステイン可能な弦楽器の

向こうを張れる、

強力な音の存在感を打ち出すことができる。

つまり、

ピアノのように音が「減衰」しないのだ。

 

ハーモニアム(ハルモニウム)は、

アコーディオンよりも小さくて

ポータビリティに優れているため、

奏者が好きなところに気軽に持っていけて

どこでも音楽的存在感を打ち出せる、

という大きな利点が有る。

 

その代償が、

「片手でしか弾くことができない」

ということになる。

ふいごで空気を送り込む作業に

片手が取られてしまうからだ。

もちろん、

演奏する利き手の範囲内で

ポリフォニックなサウンドを奏でられるが、

なんせ、

音の配置がケンバンならではの

一直線なので、

ギターのような

六直線の音列配置の絶大な恩恵による

幽玄微妙な巨大レンジのコードを弾くことが、

残念ながら

ハーモニアム(ハルモニウム)では不可能だ。

 

とはいえ、当節の状況をかんがみれば

ハーモニアム(ハルモニウム)は、

ホーンや笛の愛好家の方々にとって、

魅力的な代用楽器なのではなかろうか。

 

「ケンバンは弾けません」

としり込みする向きもあるかもしれないが、

世の一流のホーン奏者や笛奏者や、ぶっちゃけ、

あらゆる楽器のプロたちのほとんどは、

ケンバン楽器はデフォルトで弾ける(はず、な)ので、

ケンバン楽器が弾けて損することはないだろう。

手ごろな値段のキーボードをポチって

あとは、動画なりなんなりで見よう見まねで弾いていれば

ホーンや笛やギターやバイオリンに比べたら

卒倒するくらいに簡単なはずだ。

音の配列が単純に一直線なので、

知育的にほとんど未発達な

2歳児あたりからでも習わせられちゃうぐらい

音を出すのが簡単すぎる楽器が、

ケンバン楽器なのだ。

 

ハーモニアム(ハルモニウム)の奏法の

最も難しいところは、

ピアノのお稽古で厳しく言われるような

腕の形やキーのタッチや

親指くぐりや高速指運動ではなく

ふいごで送り込む空気の量や勢いの調節や

空気を送り込むタイミングによって、

いかに音をサステインして

聴く人の心に染み入る

「泣きのサウンドを実現することではなかろうか。

 

聴く人の心に染み入って

聴く人の心を揺さぶり泣かせるサウンドの実現が、

すべての楽器の奏者の目指すところであろう。

高速で正確に指を動かしてミス無く楽譜を再現できること自体は、

21世紀以後はAIに下しおかれるべきスキルであろう。

 

もっとも、

  ハーモニアム(ハルモニウム)の奏法の

  最も難しいところは、

  ピアノのお稽古で厳しく言われるような

  腕の形やキーのタッチや

  親指くぐりや高速指運動ではなく

というのは、

当たり前のことだ。

どんなにケンバンを高速弾きしても、

ふいごで空気を送り込まない限りは、

全く音が出ないからである。

どんなに高名なパイプオルガニスト

どんなに由緒正しい教会のパイプオルガンの演奏台に座って

どんな大作曲家が作曲したどんな名曲を弾き始めても、

バックステージで空気を送り込む裏方さんたちがいなければ、

ぷぅとも音が出ないのである。

 

  ハーモニアム(ハルモニウム)は、

  イギリスの植民地におかれていた頃のインドで

  イギリスからもたらされたオルガンをベースに発展した、

  インド音楽で使われる小型の片手弾きオルガンだそうだ。

  インド英語では「ハルモニウム」と、

  おそらく「r」をイタリア語や江戸っ子のべらんめえ調に発音するから、

  そのように呼ばれるのであろう。

  北米などの英語スピーカーの動画を視ると

  「ハーモニアム」と発音されているようだ。

 

 

tokyotoad = おんがくを楽しむピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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