音楽の彼岸のピアノ遊び

大人のピアノ道楽を満喫するピアノ一人遊びの日々

プロのスポーツ選手たちを参考にしている

 

以下は、20220202にアメブロに書いた記事:

 

1月末で、

私にとっての音楽の「いろは」の「は」を強化し始めてから

3か月が経過した。

 

還暦まで秒読みの脳と身体であっても、

細々とでも3か月続けると、

やはり、少しは進歩するものだ。

 

足腰もほんの少しだが

しっかりしてきた実感がある。

 

というわけで、

今年1年間は続けていこうと思う。

 

私が音楽の趣味の求道において

大いに参考にしている人たちは、

プロ野球の選手と女子プロレスラーだ。

「ミュージシャンではないの?」

であるが、

ミュージシャンは、

「芸術」という「夢」を売る商売の傾向が強いのか、

バックステージでの

泥だらけの醜いもがき苦しみを

あまり表に出さないような、気がするからだ。

 (↑これについては、独学ジャズピアノの大先達さんが、

   氏のブログに書いていらっしゃる。)

これに対して、

プロスポーツの戦士たちは、

「虎の穴」的な地獄の訓練が、

スポーツ人としての彼らに信ぴょう性とストーリー性を与えるせいなのか、

けっこう包み隠さずに公開してくれる傾向が強い、と感じるからだ。

 

結局のところ、

音楽でも楽器演奏でも武道でも書道でも絵画でも

究極的には、その人の生活費用の大半を得ている本業において、

 (↑本業が主婦/母親業である「自称プロ」が多かろうが、

       彼女らにとっての本業の主婦/母親業においても、然りである)

 

それぞれの本業の分野において、

成功する人には、

ジャンル横断的に共通する

成功する要因があり、

成功を目指す人たちが、

共通する成功要因を各自の分野に取り入れることができる、

ということだ。

成功者となった当人たちの

実際の訓練の行為や、

彼らが絞り出すように語る言葉は、

100%彼らそのものなので、

最もパワフルな金言だ。

彼らが表現する、

動作や言葉の金言を

直接浴びることが重要だ。

 ↑ 彼らの金言を、

   彼らと何の面識も無い、

       どこぞの媒介者が偉そうに伝えようとすると、

   金言のバリューが著しく希薄化するばかりか、

   媒介者の色メガネを通されるので、

   不純物が混ざってバリューが棄損してしまう。

   通常、媒介者という存在は、

   成功者が自ら課したような

   地獄レベルの特訓をするに至らなかったので

   そのジャンルで成功しなかった

   二流以下の(バイト程度の)存在であることが多く、 

   だいたいが、「虎の威を借るキツネ」である場合が多いので、

   媒介者を相手にすること自体が、

   こちらの人生の時間の無駄である。

 

 

tokyotoad=おんがくを楽しむピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

 

 

 

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。