ピアノ方丈記

音楽の彼岸にて【指の健康寿命を気遣いながら!】シニアのピアノ道楽の日々

ピアノで「きれいな音」を出すために考慮すべきこと(その⑤ 既に本題に入っています)

 

〇〇すべきこと!

 

な~んていう、ネット情報社会になってから当然のように使用されまくっている

「釣り」的なタイトルをつけましたけど、

人類の文明の歴史とは、利便性の向上と引き換えに、品性が失われていくプロセスですね。

 

前回の記事④から、ついに本題に突入しています。

 

前々回の記事③の前フリも、そのままつけておきますね:

 

=====③の記事=========

よく、「きれいな音で弾くピアノ」みたいな文言がネット上でよく見られますね。

「きれいな音で弾くピアノ」と書いている人のほぼすべてが、クラシックピアノ出身者だと思います。

 

というのは、彼らは、「きれいな音で弾くピアノ」と表現することによって、「きたない音で弾くピアノ」と彼らが思い込んでいる分野と人々を、彼ら自身が強烈に意識しており、その対抗軸として「我々はきれいな音でピアノを弾く分野の人間である!」といいたい彼らの気持ちがスケスケに見え見えだからです。

 

じつは、

この言い方には、「きれいな音でピアノを弾く人たち」の、ある種のコンプレックスがあぶり出されているのです。

 

それは、

彼らにとって理解不明の複雑な和声を軽々と即興演奏で弾く分野の人たちに対する、彼らの和声的敗北の裏返しだからです。

 

キレイな音で弾く人たちは、じつは分かっているんです、彼らの「ドソミソドソミソ和声」が、21世紀では幼稚な響きであることを。

 

ところが、2歳3歳のときから10年以上もピアノを習ってきて、「上級の楽譜」をバラバラと弾けるのに、複雑な和声を魔法使いのように使って涼しい顔で即興演奏する人たちに、自分たちの音楽ボキャブラリーが遠く及ばない理由が、わからない。 ちょっとかじってみても、何かが胸につかえているようにうまくいかなくて、挫折してしまう。

 

だから、複雑な和声を操る魔法使いたちの弾き方を、「複雑な和声を弾けるけど、きれいな音では弾けない人たち」と、彼らは思いたいのでしょう。

 

「自分たちは、単純な和音しか弾けないが、それらをきれいな音で弾けるのだ!」と虚勢を張りたいのでしょう。

 

つまり、

 ①「単純な和音を楽譜どおりに、音に気を遣って弾く人たち」と、

 ②「複雑な和声やヴォイシングを、即興演奏で弾く人たち」という、

パラレルワールドが存在するわけです。

 

ところが、この、「きれいな音」っていうのは、どういう定義で彼らは言っているんでしょうか?

 

そこが、私がとても疑問に思う点なのです。

 

つまり、

「きれいな音」を実現するために、どのような要素が必要なのか?

について、この「きれいな音」推進派の人たちは、どこまで意識しているのか?

 

ということです。

 

===記事③以上=======

 

 

前回の記事④も、ついでに付けておきますよ:

 

===記事④===

 

「きれいな音」を実現するために、どのような要素が必要なのか?

について、この「きれいな音」推進派の人たちは、どこまで意識しているのか?

 

ということなのですが、

 

私が今瞬間的に思いつく、「きれいな音」を実現するための要素は:

 

楽器本体

楽器を演奏する場所

楽器を演奏する時の温度・湿度

楽器の音を集音・増幅させる機材

①~④に従事する人材

 

ってところでしょうか。 

他にもあるかもしれないけれど、とりあえずこの①~⑤で描き始めますね。 

 

 

楽器本体

ピアノだったら、ピアノですが、全ての種類の楽器にも当然当てはまります。

ピアノの場合はアコピに限定していません。 

電子ピアノや、往年の電気ピアノの名器も入ってくると思います。

理由は、後述の④が楽器全てに影響してくるからです。

ピアノだったら、そのピアノの、

 ★製造会社(ブランド)と値段(一般的に、良質品ほど値段が高い)、

 ★製造年、製造場所も関係する場合もあるかも(スタインウェイハンブルク製かNY製か?など)。 

 ★長期にわたる管理状態(響板割れの有無、弦やアクション部分の総交換など)

 ★調律作業の有無(適時の調律の有無)

 ★演奏時の楽器の設営状態(以下参照↓)

 

ざっとこんな要素が頭に浮かびますが、最後の「演奏時の楽器の設営状態」について、特にアコピの場合、

 屋根を開けて演奏するか?

 屋根を半分開けて演奏するか? 

グランドピアノのみならず、アップライトピアノも屋根やハープ部分を覆う板を外して弾くかどうかで、

音量と音質が大幅に違ってくるのは、当然ですね。

 

それから、

アコピの場合、よもや、ピアノの上にピアノカバーや置物やぬいぐるみや造化の花や楽譜を置いたまま弾いてませんよね! 「きれいな音」でアコピを弾きたいなら論外ですよ。 「あんたバカ?」「じぶんアホちゃうか?」ですよ。

 

ってエラソーに書いている私も、アップライトピアノの上部は、耳コピした五線譜ノートやコピー用紙が積まれていますから、アップライトピアノの屋根を開けずに弾いているわけでして、アップライトピアノさんのポテンシャルを引き出してあげていませんね! 

というわけで、私はバカ&アホ!ですーっ\(^o^)/(明日から改めようね!でも改めないでバカアホでい続けるのも、自分次第です!)

 

それから、アップライトピアノの場合は、壁からどれだけ離して設置しているかどうかで、音量や音質が大きく違うことを、私は体験しています。

アップライトピアノは、壁から離して設置して、ピアノの左右と上にじゅうぶんな開放空間があると、弾いていて嬉しくなるほど、ものすごくよく鳴ります(もちろん、ピアノ上部を物置き状態にしているかどうかや、②以下の要素にも影響されてきます)。

 

 えーこの時点でですね、グランドピアノの屋根を締め切ったうえにピアノカバーまでかけて、その上に造化の花やリヤドロなんかを置いて弾いている場合は、そのグランドピアノからは「きれいな音」が鳴りようがないということです。 だって、屋根を締め切ったうえに「吸音材」をかぶせて弾いているんだよ、そのグランドピアノが本来持っている「きれいな音」が鳴りようがないじゃない?

そして、これを読んだ直後に、レッスン室のグランドピアノの上を飾り立てている無用な置物やピアノカバーを急いでとりはらいに駆け出したピアノの先生たちは、「きれいな音で弾きましょう」と生徒に指導する資格が無いことは明らかです。 だってさ、自宅で練習してピアノのレッスンに交通費払ってお金を払いに来てくださるお客様のために、金を生む商売道具であるピアノ本体を「きれいな音」で弾けるように設営していないんだもん! 職業人としてのモラル低すぎでしょ! 

 

 

楽器を演奏する場所

②ですぐに思いつくのは、

 ★ピアノが置いてある部屋の空間の大きさ(容積)

 ★その部屋の材質

 ★その部屋に置いてあるその他の物体(部屋の意匠や家具調度品など) 

 ★その部屋の中に存在する生物(人間やペットの動物)

 

 グランドピアノの場合、よく「何畳の部屋にピアノを置くか?」が話題になるかと思いますが、部屋の畳数だけでなく、天井の高さを含めた部屋の空間の大きさ、つまり

[タテ]x[ヨコ]x[高さ]=立方体 の空間の容積が、大きく影響してくるのではないかと思います。

これは、アップライトピアノの場合も同じだと思います。 

 

 自宅に贅沢なオーディオルームを作った人たちや施工業者のサイトを見ていて気がついたのですが、業者が施工するオーディオルームって、天井高が3.5メートルとかで、天井が高いんですねぇ。

プロの業者が施工したオーディオルームですから、音響について当然追求して施工されているわけで、ということは、天井が高いと、音響が良いのではなかろうか?と私は思ったわけです。  

 

「音が良い」といわれるライブハウスは、天井高が相当有るという印象を、私は持っています。 

 

ピアノはヨーロッパで開発されたけど、ピアノ以前の鍵盤楽器は、教会(オルガン)か、王侯貴族のお城や屋敷の広間に置いた鍵盤楽器を演奏者が弾いて王侯貴族がそれを聴くという図式だよね。

ヨーロッパは基本的に石の文化(地殻活動がほぼ終わっていて地震が少ないから石を積み上げるだけでOK)だから、石で作られたガラーンとした、しかも天井高が相当有る大空間で、鳴り響くわけですよ、鍵盤楽器が。

イノーガニック(無機物の)な石造りの大空間における音響を体感しながら、鍵盤楽器の製作者たちは、鍵盤楽器を改良していったことが、想像されるわけです。

 

これに対して、日本の琴や三味線は、木材と和紙で作られた伝統的な日本の屋内の音響を体感しながら、楽器の製作者たちは楽器を改良していったと想像できます。

だから、「琴や三味線は音が尖っている」と感じたら、それは、純和風空間ではない場所での演奏を聴いたからかもしれない。

日本の伝統建築は、木材と、空間を仕切る障子紙や襖(ふすま)紙という、オーガニック(有機物の)な空間だから、音の吸収率が良い。

その吸収率に負けないような音が出るように楽器を改良していったのではないか? 

 

実際に、三味線の音は、場所が良いと、とても柔らかくて暖かい音がすることを、私は池袋演芸場で体感したのでした。

寄席の噺家の合間に、ある津軽三味線奏者の男性芸人さんが、三味線漫談で登壇したときのことです。

自分の高座の最後にその芸人さんが演奏した津軽三味線の曲の音が、とても暖かくて柔らかかったんだよね。

その時に、私はあっ!と気がついたんだよね。

それは、池袋演芸場は都内で最も小さい演芸場だから、空間は小さいけれど、その小さな空間に、ふかふかの座席と満席のお客さん。

そう、ふかふかの座席と、満席のお客さん!

つまり、音を吸収する繊維材料が豊富で、しかも、服を着た有機物(人間)の量が多い!

そのような、音の吸収力の高い有機物がいっぱいの空間でこそ、和楽器はきれいな音で鳴るんだ!と、私は直感したのでした。 

 

ということで、これは、なにも和楽器に限ったことではないことが、もうおわかりですよね?

 

とあるピアニストさんが「リハーサルの時のほうが音が良かった」とポロっと書いていたのを目にしたことがありますが、そうなんだと思いますよ。

 

つまり、もともと石造りの大空間で良い音が鳴るように改良されてきたはずのアコースティックピアノは、お客さんを入れていない時のほうが、鳴りが良いんだと思いますよ、誰も表立っては言わないけれど!  

 

どうしてか?というと、お客さんたちが「吸音材」になってしまうから。

だって、お客さんは必ず洋服を着てるでしょ? 繊維素材が吸音する。 

女性の長い髪も吸音材になるはずだし。人間の肉や水分だって吸音材になるよ! 

さらに、お客さんたちが吐く息! これが曲者なんだと思いますよ。 

だから、リハーサルの時に鳴りが良かったのに、お客さんを入れたとたんに会場の湿度が急上昇することも、音が悪くなる大きな要因になっているはず。 

誰も表立っては言わないけれど。 だって、そんなこと言ったら、興行にならなくなっちゃうから! 

この「お客さんが吐く息による湿度上昇」については、後述③にはいりますね。

 

現代のコンサートホールは、座席がふかふかのビロードみたいな布で、クッションも良くできているでしょ?

既にそれだけで、人を入れていない状態でも、そうとうに座席が音を吸収しているはずですね。 

 

ところが、そこに更にお客さんつまり着衣の生きた有機物をですね、たくさん詰め込むのが、コンサート興行でしょ?

お客さんつまり着衣の生きた有機物をたくさん詰め込むと、楽器演奏の音響効率が格段に落ちてしまうんだと思いますよ、誰も表立っては言わないんですよね。

もちろん、興行ですから、お客さんを詰め込めば詰め込むほど、興行主は儲かりますから、ひどい場合はクラシック音楽なのに音楽ホールじゃない大規模会場で行う興行もありますから。 当時、東京ドームでオペラ「トゥーランドット」を観に行った大バカ者の私は、そう言い切れますよ! スポーツ競技場で音質もヘッタクレもないでしょ! 若気の至りでしたが、日本はバブル期でしたから、そんな無駄遣いも通った時代でしたね。 それに、オペラはイベント的な要素も多いし...と言っても、これを教訓に、一体全体何を言っているかチンプンカンプンだから終始字幕を黙読するばかりになってしまう外国語の音楽コンテンツを大規模会場で見るのはアホらしいと私は思うようになりました(歌舞伎はイヤホン無しでもよくわかる。日本人だし落語をよく聴いていたからね)。

 

そのあたりを設計段階で十分に加味して、現代のコンサートホールは作られているとは思いますよ。

つまり、座席の布の量や収容人数の多さに勝てる音響設計がなされているとは思いますよ。

 

ただ、そのような、音楽鑑賞の大衆化が、ピアノなどの楽器の音の「改良(なのか?)」に大きく影響してきたことが、おおいに想像されるわけです。

Piano Forumだったと思いますが、英語のピアノ情報交換掲示板があって、それを見た時に、気になる書き込みを目にしました。(興味のある向きは、Piano Forum や Piano Street の書き込みを読んでみると、とっても面白いよ。いまや自動翻訳も精度が上がってきているだろうし。)

その書き込みとは、

スコットランドの〇〇ホールでは、まるで毛布の中でピアノを聴いているようだ」

という一文でした。

あーそうか!と私は思いましたよ。

スコットランドでしょ?

キルトスカートに代表される、タータンチェックの羊毛の織物生地ですよ。

どうしてスコットランドは羊毛(ウール)の織物が有名か?って、

観光で行った人ならわかると思いますが、スコットランドの主要農業は、ヒツジや牛の放牧による畜産業と林業なんです。

植林地と牧場ばかりで、農作物を作っている畑を目にすることがなかったでしょ?

どうして畑がないか?って?

あまりにも緯度が北すぎて、農作物がよく育たないんですよ(温暖化で今後は変わるかもしれないけれど)。

だから、

スコットランド人は伝統的に、

ヒツジを育てる→ヒツジの肉も食べるけど主に羊毛を収穫して、それで暖かいウールの織物をつくって売るだって寒いから良く売れるもん!

でやってきた人たちなんですよ。 

 

さてここで、「それが何?」と思うのは、現代人だから。

昔は、日本だってスコットランドだって、世界中どこだって、人の身体を包んで寒さから保護する織物は、超貴重品だったんですよ!

どうして?って、世界中どこでも人が機織り機でパッタンパッタン織ってたでしょ?

一人の人間が一日に織り上げる布地の量なんて、長さ1メートルにも全然ならなかったでしょうよ!

民話「鶴の恩返し」の鶴は、自分の羽で、しかも、作るのがそんなに大変なものを夜な夜な織っていたんだよ! もう涙するしかないでしょ! そこが泣き所よ、この民話の!

 

中村吉右衛門版『鬼平犯科帳』の、レギュラー女性キャラクター二人の服装にも、機織り機でパッタンパッタン布地を織っていた江戸時代に、いかに着物(布地)が貴重品だったかが、如実に表れていますね。

一人は、梶芽衣子さん演じる、盗人から鬼平こと長谷川平蔵密偵になった、おまさの服装。

おまさが着ている着物の衿に注目だ!

襟が、本体の着物の柄と違って、黒い無地布でしょ?

どうしてだと思う?

そう、襟を後から黒い無地布で、つけかえているんだよね。

どうして?って?

おまさが着ている着物は、古着だからだよ!

人間の肌が触れる襟元は、人間の皮脂で劣化しやすい。

だから、別の布で、付け替えて長く着るんだよね。

でも、これって、貧しいでしょ?庶民ぽいでしょ?

それもそのはず。 おまさは、もとは盗賊の引き込み女。

父親からして、元盗賊だ。

だから、おまさは、生まれながらにして全然恵まれていない女性なんだよね。

江戸時代には、庶民は古着屋で着物を買って、劣化しやすい襟元を黒い布地で縫い替えて、長く着られるように工夫していたんだ。

それだけ、布地は貴重品だったんだよ。

盗賊上がりの密偵おまさが、日本橋越後屋(今の三越本店)で、新品の反物を買えると思う?

越後屋で新品の反物を買えるのは、武家なら旗本以上の奥方や御令嬢か、町民だったら大店(おおだな)のお奥様か嬢様だ。

その他のワーキングウーマンは、新品の反物で着物をオーダーメイドするなんて、夢のまた夢!

だいたい、女が働くこと自体がダメダメだったんだよ。

働かなければならないような女性は、実家や夫がダメダメだから、働かなければならなかったの。

働く女性の仕事の一部に、「女を売る」ことが入っていたから。

実際、戦後昭和の、大企業に「OL」が大量採用される時代より前は、そんな風潮だったと思うよ。

もちろん、大企業で働く「OL」たちは水商売じゃないよ! でも、大企業で働く若い男性社員たちの「お嫁さん候補」という意味合いが大いにあったよ。 だから、OLも、究極的には「若い女性であること」が売り物だったんだよね。 それで、「トウの立った」OLさんに対する「肩たたき」なるものがあったんだよ。

だから、社会で働く必要がない未婚の女性を「箱入り娘」って言ってたの!

だいたいね、女性の「お勤め」って、江戸時代は遊郭などで「男性客をとる仕事」を意味していたんだよ。

平成より以前は、仕事が終わって夜に飲み屋で一人飲んでいるような女性は、「ちゃんとした家庭のお嬢さん」とは思われなかったよ。

盗人上がりの密偵おまさは、盗人時代はもちろん、密偵の仕事に就いてからも、最悪の場合は女を売ったり貪(むさぼ)られなければならないことも入っていたんだ。 おまさが最初に登場した回が、まさにそうなってしまったでしょ?

だから、おまさの襟元の黒い布に、当時の江戸庶民の女性の苦しい生活が想像されるわけ。

一方、多岐川裕美さん演じる、鬼平こと長谷川平蔵の奥さんの久枝の服装はどう?

襟元も、本体の反物と同じ布地でできているでしょう?

これが、旗本の奥様の服装。

鬼平さんは、史実でも台所事情は苦しかったようだし、ドラマの中でも、奥方の久枝が自分のかんざしや着物を業者に売ってお金を工面するシーンがあったけど、自分の奥さんに襟が黒い布の古着を着せるなんてことは、旗本という社会的な身分として、絶対にできないんですよ。 

このような、旗本の奥様やお嬢様や大店の婦女子が着古した着物が、古着やさんに流れていって、おまさのような江戸の庶民の女性の手に入るようになる。

もちろん、古着だから、襟元は劣化しているわけで、それを黒い布で縫い替えて、庶民の女性は着ていたんだ! 

それくらい、工業化で大量生産できる前の時代は、布地はとても貴重だったんだよ。

 

だからこそ、日本の平安貴族の女性は十二単(じゅうにひとえ)で身を包んだ。

それは、寒さ対策だけではなくて、「わらわは、こんなにたくさんの布を重ねて着ることができるほど裕福で高貴な女性なのよオラオラどーだ!」っていう、視覚的な記号の意味もあったはずだよ。

 

本物のペルシャじゅうたん(もちろん手織り!)がお金持ちの記号なのもそうでしょ。 

たまにデパートなんかで「ペルシャじゅうたんフェア」みたいなものやってませんか? 

天井から壁づたいに吊り下がっているのが3,000万円とか平気でするからね! 庶民(私)はもうビックリ!

 

まあ、令和の世で、伝統的な日本建築の大工さん(施工会社)に発注して純和風建築の御屋敷を建てるほうが、ずーーーーーーーーーーーっと金持ちアピールできるとおもいますが(私だって、できることなら令和の時代に純和風建築の自宅に道楽でこしらえた茶室の中で練り切りを頬張りながら抹茶をガブ飲みしていたいもんですよ!←品が無いねぇ育ちがわかるね!)、それにはスケールは及ばないものの、大判のペルシャじゅうたんを天井から壁づたいに吊り下げるのも金持ちアピールにはなりますよ。

 

マリーアントワネットたちのドレスに布がふんだんに使われていたのも、「身にまとう布地の量が多い」イコール「大金持ちで身分が高い」ってことだったんでしょう。

 

だから、世界中どこでも、貴族や成金金持ちたちは、自らや家を布布布また布で飾り立てたに違いない! 

そして、石造りのヴェルサイユ宮殿の鏡の間だっけ?石造りに加えて音を反射しまくる鏡を貼り付けまくった広々としたホールで、自らを布布布また布で飾り立てて、自らの長髪をスットンキョウなヘアスタイルで盛りに盛ったマリーアントワネットとその仲間たちが、数十人いたところで、彼女や彼女の夫や旦那ぁ~や彼氏や若いツバメたちの吸音量は、当時の鍵盤楽器にとっては大したことはないというか、そのくらい吸音物があったほうがちょうどよかったのかもしれない。

 

これを劇的に変えたのが、イギリスはイングランドで起きた産業革命だった。

産業革命は、蒸気機関によって、人間の移動距離が飛躍的に伸びた(蒸気機関車)だけでなく、工業生産性も飛躍的に向上させました。

そのひとつが、織物生産の機械化です。それまでは人間が機織り機でパッタンパッタンやっていた布地の生産スピードが指数関数的に上がった! 

それによって、それまでは、布の切れ端みたいなものを着るのがやっとだった一般庶民も、自分だけではなく、家の中を布地で飾りたてることができるようになった。

つまり、

それまでは宮殿やお屋敷に住む超富裕層たちしか楽しめなかった「upholstery(アップホルスタリー)」という贅沢を、大量生産できるようになった布地によって一般庶民も楽しめるようになった。

「upholstery(アップホルスタリー)」とは、それまで木がむき出しの椅子しか持っていなかった庶民階級が、布地の大量生産が可能になったおかげで、木の椅子の座面や背もたれに綿のクッションをつけて、その上から布地をかぶせて貼り付けてクッション性を付けてふかふかにしたり、それまでのそっけない窓にカーテンをつけたり、それまでの板張りの床にじゅうたんを敷いてみたりして、家の中を布地で飾り立てて「ほら、ウチはこんなに家の中に布が豊富だから、金持ちだろー!」のイバリ度高し!

みたいなことが、庶民の間で流行したのではないか!

 

スコットランドは伝統的に羊毛の一大生産地で、大英帝国時代には植民地から供給される麻や綿や絹の糸を布地に仕上げる機織り産業の集積地だったから、布地の生産が機械化されるやいなや、当時の新興国アメリカにスコットランドで大量生産される布地が大量に供給されていき、アメリカの成金たち(貧しい移民やその二世)が、その成り上がりの象徴に、家の中や大衆化したコンサートホールを「upholstery(アップホルスタリー)」の布で覆いつくそうとしたのは想像にかたくない。

 

そして、彼らのもうひとつの、成り上がりの象徴が、そう、ピアノだ! 

かつてヨーロッパでもそうだった。

フランス革命後に成り上がったブルジョア平民たちの憧れ!それが、ピアノ!ルノワールのピアノを弾く少女たちの絵に象徴されている。

彼女たちは王侯貴族ではない、一般ピープルだ。

富の記号としてのピアノ! 富の記号としてのクルーズ船旅行。 日本人には関係ないとおもうんだけどね。 まぁそれは置いといて、だから、後進国アメリカや日本は、いまだにヨーロッパの貴族の記号である「upholstery(アップホルスタリー)」とピアノの呪縛の下(もと)にあるのだろう。

 

このアメリカの成り上がりたちの「upholstery(アップホルスタリー)」熱が、スタインウェイピアノの音に大きく影響しているのではないか!と私は勘ぐるのであります。

つまり、スタインウェイピアノの音は、吸音素材である布地プラスクッションが効いたおびただしい座席と、それに座る大衆音楽鑑賞家が着る衣服と有機物(人間の肉や水分)による音の吸収に勝つことを目的に、音が開発されていったのではないか? 

ここに、ベーゼンドルファーとの音の違いの根源的な理由があるのではなかろうか!と。

 

スタインウェイとベーゼンの後塵を拝してしまったのが、ベヒシュタインなのだろう。

というのは、ベヒシュタインの生産国ドイツは、第二次大戦後、アメリカによって東西分割されて、国力が大きくそがれる仕打ちをうけたからだ。

このようなドイツの悲劇を免れた同じ敗戦国日本では、ヤマハが大躍進していく。

だから、ベヒシュタイン(ドイツ)から、ヤマハ(日本)に対して、苦虫を嚙み潰したような思いが透けて見えはしないか?

まぁいいや。そんなことは単なる想像だけどね。そして、VWの生産を本国でやらなくなるなど、ドイツ(とその工業生産品)の行く末はどうなるのか? まあドイツがドイツなら、GDPがドイツに抜かれた日本(とその工業生産品)の行く末は? まあ日本が日本なら、中国市場にロックオンの米スタインウェイの行く末は? 

 

まぁいいや。

自分が持っているピアノがアコピであってもデジピであっても電子キーボードであっても、いわゆる「きれいな音」というものが、いかに相対的であやふやなものか!がわかってきたでしょ? 

 

ここまでパソコンのキーボードを乱れ打ちして書いてきて燃料切れしたから、続きは次回以降になりますけどね、もうわかったでしょ?  

 

それから、いままで書いてきてふと思ったんだけど、ということは、スタインウェイのピアノは、伝統的な日本の和室で良い音がするかもね?

もちろん、豪農や大商人の屋敷みたいに、天井が高くて畳を何十枚も敷いた、古き良き日本の大空間だよ。そこに案外スタインウェイは合っているかも? 

なんせ、伝統的な日本建築は、木材と和紙に畳敷きという、吸音性能バッチリだもんね! 

もっとも、21世紀にはいってから、おそらくベーゼンドルファー以外のピアノブランドは、音をスタインウェイに寄せてきているみたいな情報をネットでちらほら見聞きしたので、どのブランドも、すでに石造りの伽藍堂(がらんどう)での演奏を全く想定しなくなっているのだろう。

それが、19世紀後半から20世紀を通して人類に起こった布地生産量の激増が、ピアノの音に影響を与えた査証なのかもしれない。

 

===記事④のメイン部分は以上!===

 

ここから、今回の記事⑤として、前回の記事④に補筆していきますよ(補筆部分は紫色にしますね)

 

 

楽器を演奏する時の温度・湿度

 温度もそうだけど、湿度だよ!

 湿度が高いと、音がこもっちゃうんですね。

 そして、密閉されたコンサートホールにおける最大の湿度発生源って、人間の吐く息だと思わない!? これについては、②で書いちゃったね。 

 だから「リハーサル時の音の方が良かった」ってポロっと言っちゃう正直なピアニストさんがいるわけ。 お客さんは、ピアノ本来のポテンシャルをそぐほどの、重大な吸音材であり湿度発生源なんだよ。

 ところで、アコピを家に持っている人がいたら、あなたのアコピを調律に来てくれる調律師さんは、ピアノの湿度管理を意識してピアノを調律してくれているかな? 

 もしそうだったら、あなたのピアノ調律師さんは、いい人だろうね。 

 そうじゃなかったら、あなたのピアノ調律師さんは、一般的に普通のピアノ調律師さんだと、私は思います。 

 以前、湿度管理の記事シリーズに書きましたが、ピアノ調律師にとって、ピアノの湿度管理をお客さんに啓発することは、ピアノ調律師の稼業にとってリスクがあるからだと、私は思います。 

 つまり、お客さんがピアノの湿度管理の知恵がつきすぎると、ピアノ調律の頻度が減る可能性が有る。つまり、ピアノ調律師の収入が減るリスクがあるからです。 

 だから、あなたが、心からアコピが好きであれば、湿度管理をしながらも、ちゃんと定期的にピアノ調律師さんにお金を払うのがスジだと思います。

 アコピは、ピアノ調律師さんたちがいなければ、狂った音が鳴る木製の箱に過ぎません。だから、ピアノ調律師さんたちが経済的にやっていけるように、アコピの所有者たちが、半年に1回ぐらいは、ピアノ調律師さんにお金を払うのが、ピアノ愛好家の道ではないかと、私は思います。そして、私はそうしています。

 もし、あなたが、ピアノ調律コストを支払うのをシブるようだったら、あなたには、アコピよりもデジピのほうが合っていると思ったほうがいいかも。ピアノに限らず、各種楽器の道楽や、書道だって絵画だって何だって、文化的な道楽とは、カネの浪費です。それに抵抗がある場合は、カネの浪費を極力抑えるようなやり方を追求したほうが幸せです。

ですが、「道楽=カネの浪費」は、定期的な調律が必要無いデジピだって、MIDI音源を買ったりDTMに接続し始めると、ものすごい金食い虫のお道楽になるのでは?と思います。

それでは、趣味の予算が限られている人の音楽の趣味は、あるのでしょうか?

あります!それについては、私は、近日、新規に立ち上げるブログに綴っていこうと思います。

 

 

楽器の音を集音・増幅させる機材

 そんな、ただでさえクッションふかふかで布張りの座席に大勢の着衣の人間が座って怒涛の吸音する上に、人間の吐く息で湿度が高まって更に音が響かなくなったホールでですよ!

 しかもアコピだと、ライン直じゃなくてマイクで集音するわけでしょ? 

 これはもう、マイクの集音と、それをホール内に響かせるためのアンプ機材が「きれいな音」実現のキモだとは思いませんか? 

 ここに、大ホール興行におけるデジピの強さが出てくるのではないでしょうかね? つまり、ライン直の安定した音供給がPAがデフォルトにならざるをえない大ホールでの演奏に非常に向いているという。 

 これについては、私は、そのように感じた経験が2度あります。

 一つ目は、実際に日本の著名音楽ホールでピアノ協奏曲を聴いた時です。私でも知っているジャズ系の超著名なピアニストさんが、オケをバックに、ガーシュインのピアノ協奏曲の第一楽章のピアノパートを弾き始めたら、なんと、ピアノの音が小さすぎて聞こえなかったのですよ。「あれ~?聞こえないよ~」と思ったのですが、それから1分ぐらい経ってから、いきなりピアノの音がはっきり聞こえ始めたのです。そのとき私は、裏の音響スタッフさんがミキサーのレベルを上げたのかな?と勘繰りました。 いや、もしかしたら、ピアノ協奏曲の直前まではオケだけの他の曲の演奏が続いていたので、ひょっとして、ピアノ協奏曲が始まってもピアノの集音のミキシングのレベルを上げなかったのか? いやいやそんなことはプロのミキサーさんはしないだろうから、単に、客入れ前のリハーサルの時と、客入れ後の実際の演奏時の間に、湿度や音響的な違いが大きく出たのかな? と、私は今でも思っています。 

 二つ目は、動画で、某音大の卒業公演を視た時です。その音大で教えるジャズピアニストさんと、音大の学生さんたちのビッグバンドの共演でしたが、ジャズピアニストさんのピアノの音が見事に聞こえない! とくに、ビッグバンドのコンサートマスターになるのかな?の、サックスのリーダー君と、そのピアニストさんのアドリブソロの掛け合いの時に、悲惨なほどピアノの音が聞こえないのよ! ピアニストさんもそう感じたんでしょうね、もうフルコンを激しくぶったたき弾きしてるんだけど、それでも聞こえないのよ! サックス君の音は聞こえるのに! これって、ピアノの集音に問題あるでしょ!っと、その動画を視ていた私は思ったよ。

 

 

①~④に従事する人材

 ここでようやく、従事する働く人々がマターしてくるわけです。 

 調律師、ミキサー(音響スタッフ)、ピアノと音響がそれぞれ異なるコンサート場所を決定して確保する興行主、そして、演奏者です。 

 いままで追加で書いてきたように、ピアノ演奏者以前に、ピアノの音を決定する要素がいろいろあるわけです。

つまり、

どんなに演奏者が、自分のピアノで「きれいな音」を出せても、

それ以前に、

ピアノがどんなピアノでどんな状態なのか?や、

ピアノがその音的なフルポテンシャルを出せるように設営されているか(屋根開けか?など)?や、

そのピアノが置かれた部屋の音響性能は?や、

そのピアノが置かれた部屋の特に湿度は?

などで、

個人宅でも、せっかくのピアノの音が台無しになっている場合が多すぎやしませんか?

 

それなのに、いちばん頭が悪そうで性悪なケースは、

ロココ調みたいなものが三回回って豆腐の角にアタマをぶっつけたような、西洋への憧れいっぱいの布地やじゅうたんや物品で覆い尽くされた低い天上のレッスン室で、しかもカバーをかけたうえにこれまたロココ調がズッコけたようなグッズを盛りだくさん置いた「屋根閉じ」グランドピアノを、自宅でエレピを懸命に弾いて決死の思いでレッスンにやってくる生徒に弾かせて、「きれいな音はこう弾く!」みたいに言ってるピアノ教師ってアンポンタンじゃないんですか?ってことです。

最新型のピアノは、部屋の中にかなり布製品があっても、かえって吸音してもらえてちょうど良いのかもしれないけれど、グランドピアノの屋根を締め切った上にピアノカバーをかけてその上にぬいぐるみや何やらかにやら置いたグランドピアノを、どんなに指の動きに気を遣って弾いても、グランドピアノそのものから出る音が、こもりまくっているわけです。

 

いいんです、この世にはいろんな人がいますよ。 我が子の「ピアニストごっこ」なのか「お姫様ごっこ」なのかわからないようなものに数千万円をつぎ込むのは究極の道楽ですし、社会の経済の恩恵になりますからね。 日本のピアノメーカーの業績アップのために、大いにやってもらいたいものです。

 

ただ、お金は道には落ちていませんから。 あなたがアンポンタンに支払う「お金」というものは、アンポンタンでいては稼げませんからね。

あなた自身や、あなたの保護者や扶養者が彼らの有限の人生時間を切り売りして稼いだ、人間の血と汗の結晶の大切な大切なお金をですね、意を決して誰かに支払う際には、「きれいな音」という幻想や迷信や呪術や黒魔術ともいえるものにね、幻惑されるがままにダラダラ支払っていたら、それは幻惑される方も幻惑される方ですよ!ということだと思います。 

 

「きれいな音」のために、どんなに指の形をこうしたり、弾き方をああしたり、感情を込めて弾いたりしても、それ以前の問題として、いろいろな要素がたくさん有るわけで、だから私にとっては、「きれいな音」というのは、「ピアノのタッチ」と同様に、ピアノの世界の迷信のひとつだと思われてならないのです。

「ピアノのタッチ」に関する迷信は→ピアノの世界の迷信 - ピアノ方丈記

 

 

以上をもって、この記事シリーズは多分終わりだと思います。

そして、次回以降の記事は、新規に立ち上げる他のサイトで続けていこうと思っています。

 

 

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