ピアノ方丈記

音楽の彼岸にて【指の健康寿命を気遣いながら!】シニアのピアノ道楽の日々

ピアノで「きれいな音」を出すために考慮すべきこと(その②でも、まだ本題に入れない!)

 

〇〇すべきこと!

 

な~んていう、「釣り」的なタイトルをつけましたけど、

インターネットが本格的に普及してからは、このテの「クリックを誘う釣りタイトル」がネット記事をはじめ一般的な常套手段ですからね。 

 

世の中はどんどん便利になっていく、それと引き換えに、

人間の心はどんどん貧しくなっていくみたいですね。 

明治や大正生まれの人たちが、戦後昭和の世代を見ながら、そう思っていただろうなぁ。

って、平成令和生まれの人たちを見る昭和世代になって、ようやくわかりました。

 

まあものは順番ですからね。

今、昭和世代をオイボレ老害と蔑んでいる平成令和たちは、かならず、自分たちの後にやって来る世代からオイボレ老害扱いされることが確定しています。

明治の代になってから、幕末の天保年間に生まれた人たちのことを「天保の老人」なんて蔑んでいましたからね。

でも、「天保の老人たち」は明治っ子たちをみて、「ああ日本人もずいぶん貧しくなって、情けないたものだ」と半分嘆きながら死んでいったと思います。  

 

インターネットが無かった頃の日本はとても豊かでした。

製造業の輸出で海外から稼いだお金によって、生活がどんどん豊かになって、それの後を追って、経済隆盛のあだ花である文化芸術が開花しました。

 

今の日本は、

インターネットなどのグローバルなネットインフラにいいように吸い取られることを問題とも思わない、観光(物乞い)からの投げ銭を拾う、物乞いの国になってしまいましたね。「おもてなし」稼業には、宇宙物理学の博士号も、医師国家試験の免許も、金融工学の知識も、なんにも要りませんからね。笑顔と気遣いができれば誰にでもできるから。バスやタクシーの運転手さんは安全運転のために第二種自動車免許が居るけれど、おもてなし人材を育成する期間は、物理学者や医者や医療関係者を育成する期間よりぜんぜん短くて済むから、マッチポンプになりやすく、ひとたびなってしまったら、実(じつ)のない空洞化したお金稼ぎのサイクルが始まってしまう。

 

どうして令和の日本が昭和の日本に比べて落ちぶれてしまったか?って?

国力の基盤となる基幹産業が空洞化してしまったからです。

国の力は、第一次産業による食糧安保と、第二次産業(製造業)による航空宇宙や国防の基盤や、道路や交通網のインフラがしっかりしていることが、死活的に重要だからです。 加えて今は情報産業インフラ基盤を内製化できているかどうかでしょ? 音楽など文化芸術がいくらできたって、ロケットも武器も、いざとなれば情報インフラの蛇口を止めることができる情報プラットフォームが他人様からの借り物だったら、胴元にいたずらに吸い取られるばかりの植民地ですからね。働いても働いても吸い取られるばかりの貧しい後進国ですよ。 

 

だから、今の日本人には、音楽や文化を追求する余裕は無いと、思います。

バブルの頃は、その余裕があったよ。だから、質の高いポップスが当時の日本で栄えたわけで。

製造業で世界中から稼いだお金の余分のお金のそのまた余分のお金が、芸能芸術に降ってくるんだけど、そんな余分の余分の金額だってたいそうな額だったろうからね。 

ところが、令和の今は、若い人たちは芸能芸術にうつつを抜かしている贅沢は、もはや無いんですね。

たとえば、東大に入ったら、理科系学部だったら宇宙工学やエネルギーや情報産業で国をけん引する職業や、文系だったら国家の中枢で国家を良い方向に動かす職業に就いてもらわないと。 そのために授業料が安くて国からの補助も出る国立大学なんだから。 そして、国立大学への国家予算の大半が東大へ行くから。 おそらくその大半が東大の理Iの、原子・量子物理学や宇宙工学の研究施設や機器のために使われているのではないかな? その次は理III(医学部)と理II(バイオ)にいくんじゃないかな? 何年か前に一時期日本画を習った時に、藝大出身の日本画の先生(=画業で食えないから先生稼業をしている、よくいる人)が「国家予算は藝大にはほどんどつかない」なんてオメデタイことをボヤくもんだから、「そりゃそうでしょう!東海村の東大の研究原子炉なんかの建設やなにかのほうが日本にとって大切だもの!」って思わず言っちゃったよ! 実業界で働く無数のサラリーマンや国土を耕して農作物を作る農民や、人の命を守る警察や消防隊や医療従事者など国民が、楽ではない日々の生活の中から払った血税がですよ、大道芸人を育成するために使われたとしたら、たまらないでしょう? だから、東大に入った頭脳的な曲芸人材は、宇宙航空やエネルギーやロケット物理工学や製造や情報インフラで知能的曲芸をしてもらわないと。 大道芸人になりたかったら、大道芸人育成専門の国立教育機関か、自費で私立に行ってもらわないと、道理が立ちませんよ。 ただ頭がいいからというだけで東大や同等レベルの大学に入れちゃった大道芸人志望のために、真っ当な実業で身を立てる志で一生懸命勉強してトップの国立大学を目指す人たちの座席が奪われることは、世の中の道理にかなっていないよ。 そりゃ、どの大学に入るのも、その人の自由だよ。でも、国立大学の学費が安いのは、国から補助がでていて、それはもともと国民が働いて納めた税金だということを、忘れないでほしい。 まあそんなこと私風情がとやかくいわなくたって、人が汗水たらして働いたお金を無駄にすれば、その因果は必ずその人のところに戻ってくるだけのことだ。 

 

バブルの頃、大企業各社が優秀な若手社員をアメリカのMBAスクールに社費で留学させたら、留学を終えて日本に戻って来てもとの会社で働き始めると、やれ日本の商慣習の旧弊がどうだとか、こんな旧態依然とした日本企業では自分は働けない!なんていって、すぐに会社を辞めちゃった人たちが相次いだことがありました。 この人たち、結果的に、会社のお金でMBAをとって、その分の貢献を会社にお返しすることもなく、いうなれば、会社のお金を踏み倒して辞めていった。 そういう人たちは、その後日本国内で成功して今どのような生活を送っているのだろうか? 一般的には、人さまのお金を踏み倒すような不義理な人間が、その土地のお天道様の下で信用されるはずが無いから、たぶん彼らが憧れた夢の国アメリカで大成功しているんでしょう。  

 

 

あれれ?今回も、

ピアノ演奏における「キレイな音」って、いったいどういう音なんでしょうか?

にかんすることを書こうと思っていたのに、

ずいぶん横道にそれてしまいましたね。

いったいいつになったら、このトピックについて書くことができるようになるのか?

とりあえず次回からですね。

 

 

tokyotoad(とうきょうガマガエル)