おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

あらゆることが相乗効果で良くなっていく

 

以下は、20211007にアメブロに書いた記事:

 

ここ2か月ほど、ようやく、

身体操作の追求の効果が、ピアノを弾く姿勢にはっきりと現れはじめ、

ピアノの音が格段に良くなってきた。

バットの芯でボールを打てた時のような感覚。

ピアノを再開したころはボテボテの当たりだったのに。

子どもの頃を含めて、

今までの人生の中で、ピアノのメカニカルな演奏がいちばん上手い。

 

しかしこれが災いして、 

あまりにも良い音で弾けるようになったのが嬉しいもんだから、

調子に乗って弾きすぎたら右手の小指までおかしくなりそうになったので、

昨日はあんまり弾かなかった。

すでに左手の小指は、調子に乗って無理してからずっと変な痛みがある。

もう若くないから、ほどほどに楽しもうと思う。

 

身体操作の追求で効果が出てきたのは、

メンタル面が良くなってきている表れだと思う。

メンタル面が良くなってきているのは、

嫌なことはなるべく避けるようにして、

生活の満足度が上がっているからなんだろう。

半世紀、何かに追われるように、焦燥感のなかで生きてきた。

ずっと負け戦をしているような気持ちだった。

いくつかのことを明らめて、ようやくほっとしてきた。

だから、いろいろなことが全体的に良い方向に回り始めたのだろう。

もちろん、いままで苦闘してきた年月がなければ、満ち足りた今の自分は居ない。

 

一事が万事だと思う。

そして、

一事が万事とは、

昔の人はよく言ったものだ。

 

昔からある諺(ことわざ)や金言は、

人の世の真実を語る。

 

 

tokyotoad=音楽を楽しむピアニスト

 

ameblo.jp

 

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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