音楽の彼岸のピアノ遊び

大人のピアノ道楽を満喫するピアノ一人遊びの日々

ショパンの曲の耳コピというか「思い出しコピー」とリハモ (その②)

 

先日の記事で、ショパンのある曲の耳コピというか「思い出しコピー」とリハモをした内容を書いた(「ノクターンの何番」っていう曲。何番か知らない)。 

そして、またショパンの別の曲を耳コピというか「思い出しコピー」してみようと思い立った。 

というのは、昨日、あるケンバニストさんのオリジナル曲の耳コピを、低速再生で何度も何度も何度も何度も聴き直しながら悲愴にやっていたところ、なぜかショパンのあの曲を「思い出しコピー」をして気を紛らわそうと思ったからである。

 

「思い出しコピー」なので脳内のあやふやな記憶ベースだけど、ざっくりとだいたいこんな感じかな。 子どもの頃、この曲をやらされる前にピアノのレッスンから逃亡したから弾いたことないけど、いろんなところでよく聞くメジャーな曲だからね。  

曲全体の構成は、イントロ⇒Aパート⇒Bパート⇒Aパート⇒アウトロ(コーダ)という一般的な構成。 Aパート、Bパートそれぞれが、さらに細かいパートにわかれているがめんどうなのでベタ書き。 

マイナーキーの曲だがBパートはいわゆるトニックが同じメイジャーキー(同主調)に転調する。

ほとんどのコードにいちいちシャープ記号「♯」を付けて入力するのが面倒なので、モト曲から半音下げたキーで書く。でもモト曲のキーってこれでよかったっけ?わすれちゃった、まあいいや。 

今回は、「m7(b5)」に「ø」の記号を使ったよ。「°」はdim7。「Gm/D」はベースがDのGm(分数コード、スラッシュコード)。

ジャズ好きの人だったら、左手でコード押さえながら右手でいろんなスケールを試してアドリブして楽しめるね。 「クラシックは苦手、しかもショパンなんて...」ってしり込みしていること自体が無駄な行為すぎる!ということを、下記のコード進行をなぞって実感することだろう。 「あれ?ショパンの曲ってわかりやすいね~!このスケールが使えそうだな~しかも、いろんなスケールのアドリブ練習に使えるんじゃない?さっそくアドリブしてみようっと!」って思うはず。 ショパンだから時代的にガチにコーダルな曲だから、コルトレーンの「ジャイアントステップス」みたいな曲に比べたら、はるかにコード進行が単純でわかりやすい。 

思い出して書いてみた以下のコード進行を、モト曲のキー(たぶんC#マイナー)で再現したいときは、全部のコードに#をつけたり♭記号「b」を取るなどして、全部を半音上げるとモトのキーにもどるはず...だよ...:

 

【イントロ】 G の単音ユニゾンから  Cm 

【Aパート】 Cm    Cm     Dø    G7   

                        Cm    Aø/C(=Cm6)   Gm/D  D7    Gm

                         Abmaj7  Bb7  Ebmaj     Abmaj7  Bb7  Ebmaj

                         Abmaj7    Bb7  Ebmaj      Abmaj7   Dø/Ab(=Fm6)  Gsus  G7

                         Ab°     G7     Ab°     G7 

       Cm     Cm    Dø       G7   

                         Cm   Dø   Cm/Eb   Cmaj/E     Fm  Cmaj/E  Fm  F#°  

        とだんだん盛り上がっていって、

                        Cm/G   F#°   Cm/G  F#° Cm/G   F#°(A°かも?でも実質同じ。)  

       と最高潮に盛り上がってから、

                       Cm/G この曲のクライマックスのキメコード から、

         Cm/G   Fm6/Ab    F#°   Cm/G ... 

        みたいなかんじで徐々にクールダウンしていって、

      【 Aパート】の終盤になって、ようやっと  G(G7かな?)  にたどり着いてから、それからは以下のように進んでいく:

       1回目は G(G7かな?)⇒Cmajに一件落着してから【Bパート】に行く

       2回目は、G(G7かな?)⇒アウトロ(コーダ)に飛ぶ   

 

【Bパート】 G7(9)  Cmaj  Cmaj/E  G7  Cmaj/G  G7 Cmaj/G  G7

        Fmaj   A7(b9)  Dm  Cmaj/E(またはEm?)  Fmaj6  G7(13)

                        Cmaj  D7(9)  G7  ときてからの展開は以下:

                         ⇒ 1回目は Bパートのあたまに戻る

       ⇒2回目は ⇒ Cmajに一件落着してから  Gmaj   Cm6/G  Gmaj  Cm6  Gmaj/D  D7  Gmaj ⇒Bパートのあたまに戻る    

       ⇒3回目は【Aパート】に戻る             

 

【アウトロ】 あんまり覚えてないけどこんな感じだった?↓

       Cm  Dø/C を何度か繰り返して最後は Cm/G  Cm/Eb ⇒ Cm 。

=============

【追記】:Aパートの、盛り上がるくだりの最後のコードのベース音が「/A」だったかもね、とあとで思ったよ。つまり、こうだったかも:

Cm/G   F#°   Cm/G  F#° Cm/G   F#°じゃなくてA°かも... 

つまり、最後のF#°は、 だったかも。 でも、

ジャズ好きなら「たいして変わんないでしょ」って思うだろう。 F#°とA°は、コードを構成する音が同じ、コンディミだ。 そしてぶっちゃけ、F#°とA°は、両方とも、D7(b9)のルートレスのコードともいえる。 

============

【追記②】Aパートの:

     Cm    Cm     Dø    G7   

     Cm    Aø/C(=Cm6  Gm/D  D7    Gm

     Abmaj7  Bb7  Ebmaj     Abmaj7  Bb7  Ebmaj

     Abmaj7    Bb7  Ebmaj      Abmaj7   Dø/Ab(=Fm6 Gsus  G7...

    のところの

Aø/C(=Cm6) 」と「Dø/Ab(=Fm6)」は、さいしょはそれぞれ「Cm6」「Fm6」にしてたんだけど、あとで、ツーファイブ進行ベースの「Aø/C(=Cm6) 」「Dø/Ab(=Fm6)」に書き替えた。 フォーファイブ進行ベースの「Cm6」「Fm6」でもよいんだけど、この曲のシリアスでドラマチックな感じからツーファイブを意識したコードのほうがよりシリアス感があるかな? 音的にはどっちでも同じなので、もうこれいじょう考えるのやめにしよ。

==========

ここまで書いてきて、これから

「この曲でショパンが狙ったインパクトはこれだよね!」や

「この曲が当時スゴイ!っと思われた理由はこれかな~?」

みたいなことを書こうと思っていたんだけど、とりあえずここまでの内容でアップする。 

 

tokyotoad

 

★ピアノの先生/ブロガー/ユーチューバー/出版社/放送局などの方へ: このブログに記載されている内容を、レッスンや出版などの営利目的/非営利目的(レッスン等で使用・販売する教材、レッスンで教える内容、宣伝等のためのブログ記事での使用等を含む、営利目的につながる可能性のある使用)や非営利目的その他の目的のために、このブログの作者(原作者)であるtokyotoadへの事前の承諾なく無断で使用(複製・コピー・利用・転用・流用・編集・加工・出版・頒布・送信・アップロード・放送・発表等)することは、原作者の権利や人格を保護する著作権法に対する違反行為です。くれぐれもご注意ください。

↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

=========

このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた(←諦めて命拾いした!と、今しみじみ振り返って背筋がゾッとしている)、「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。