ピアノ方丈記

音楽の彼岸にて【指の健康寿命を気遣いながら!】シニアのピアノ道楽の日々

ベートーベンはメタルか?(アップデート版)

noteに書いた記事のコピペです👇

 

========

 

2017年9月16日にはてなブログにアップした記事:
https://tokyotoad1.hatenablog.com/entry/2017/09/16/000000

をアップデートしました👇 

上記の記事をアップしてから、クラシック音楽とメタルの親和性が普通に受け入れられるようになっていきました。

NHKクラシック音楽とメタルの関係について番組をつくって放送したのも、この記事がアップされてから2年ぐらい経ったころだったでしょうかね?

懐かしい記事です。 

そして、最近、ベートーベンのピアノ曲に低音レンジがよく使われている理由について、興味深い動画を見つけました。
聴力を失っていくベートーベンに音楽がどのように聞こえなくなっていったかのシミュレーションが、興味深いです。
そして、低音レンジしか聞こえていなかったであろうベートーベンと、彼が作曲したピアノ曲に低音レンジの使用が多いこととの関連まで思いを馳せています👇 


👆2010年代に、一瞬だけ作曲の先生に習った時に、先生が「ピアノの低音域で4和音(ドミソドなど)を弾くとベートーベンになる」と言っていたことを、思い出しました。

それでは以下が、2017年9月16日にはてなブログにアップした記事のコピペです👇

========

ピアノ会で、ベートーベンの曲(とくにマイナーキーの曲)を弾く方の演奏を聴いていたとき、

「あれ~、なんかメタルっぽいな~」と思ったことがあって、それがどうしてかハッキリしなかったのですが、

Rick Beato氏の Everything Musicの動画のひとつで、Beato氏が、「ハーモニックマイナースケールは、メタルのギタリストがソロでよく使う」と話すのを聞いて、ピンときました!

ハーモニックマイナースケールは、たとえばキーが C では:
ラ シ ド レ ミ ファ ソ♯ ラ (= A B C D E F G# A)
で、
この、ファとソ#の間に、半音3個分のインターバル(オグメンテッドセカンド)ができます。

この半音3個分のインターバルを持つマイナースケールは、ハーモニックマイナースケールだけです。

だから、メタルのギタリストは、
ナチュラルマイナー(ラ シ ド レ ミ ファ ソ ラ)でもなく、
ロディックマイナー(ラ シ ド レ ミ ファ#  ソ# ラ ソ♮ ファ♮ ミ。。)でもなく、
ハーモニックマイナー(ラ シ ド レ ミ ファ ソ♯ ラ)
を好んで使うのではないか、
つまり、

半音3個分のインターバルっていうのが、メタルポイントではないか!?
と直感しました。


かたや、ベートーベンのマイナーキーの曲には、ディミニッシュコードがたくさん使われている気がします。たとえば『運命』では、最初の

「ンジャジャジャジャーーーン!」
からはじまるフレーズが
「。。。ンジャジャジャジャーージャ、ッジャジャジャジャーージャ、ッジャジャジャジャンッッッ、ジャンッッッ、ジャーーーーーーー。。。」
と引っ張っておいてからもう一発、
「ンジャ、ジャ、ジャ、ジャーーーン!」
ときて、
「ンジャジャジャジャ、ジャジャジャジャ、ジャジャジャジャ、ジャジャジャジャ、。。。」
と進んでいくくだり(↑上記赤字部分)に、バラけたディミニッシュコードがつかわれています(vii°のセブンス、または Vb9 の一部)。
具体例:Beethoven's 5th (Movement 1) Meets Metal


このくだりはキーボードで

シ レ ファ ラb
を逆に弾けばそうなりますが、ぜんぶのインターバルが半音3個分になっています。
半音3個分のインターバルがメタルポイントであると仮定したばあい、
ディミニッシュコードはメタルポイントの宝庫、つまり、
ディミニッシュコードがよくでてくるベートーベンの曲は、メタルなのではないか!?

半音3個分のインターバルは、マイナーサードでもあります。マイナーサードは、マイナーキーをマイナーにしている張本人なので、それらを重ねたディミニッシュコードは、重ねた分だけマイナーが増幅されて暗さが増し、ベートーベンやメタルに通じる激しいシリアス感が醸成されるんだと思います。

でも、単にそれだけでメタルに聞こえるのではなさそうです。

なぜなら、中村吉右衛門版『鬼平犯科帳』の劇中のBGM(by津島利章)は、ディミニッシュが多く使われているにもかかわらず、メタルっぽくもベートーベンっぽくもありません。

これは、スローテンポでリズムもゆったりしているからだと思います。また、フルオーケストラよりも楽器の種類がずっと少ない編成の音楽なので、音があっさりしていてクドくありません。江戸の情緒や人の世のひきこもごもが展開するストーリーを、粋に、あっさりと、かつ、しみじみとひきたてるために、津島先生はそのような、おしょうゆ味のアレンジをされたのだと思います(ちなみに、オープニングテーマには、ディミニッシュコードは2種類ぐらいしか使われていない)。

ところが、もうひとつのディミニッシュ多用曲、『火曜サスペンス劇場』のオープニングテーマになると、ベートーベンに近くなります。だいたい出だしからかなり『運命』です:
「ジャーージャーージャーーーーーーーンッ!、 ジャーージャーージャーーーーーーーーンッ!」
と、しょっぱなからティンパニーのドラムロールとともにディミニッシュコード(vii°、または、V7の一部)が鳴って(↑上記赤字部分)、一瞬で視聴者を深刻なドラマ性と息もつかせぬ緊迫感の世界に引きこみ、これから始まる連続殺人事件のサスペンスへ気持ちを高めます。低音ブラスが不穏に拍子を刻むなか、ストリングスのディミニッシュ7thコードのアルペジオが切り裂くように警鐘を鳴らし、今夜は京都か湯けむりか?とドキドキワクワクせずにはいられません。

つまり、半音3個分のインターバルに加えて、リズム感と、音の分厚さに、ベートーベンとメタルに合い通じるものがありそうです。

リズム感といえば、ベートーベンのピアノソナタには細かいリズム刻みの高速アルペジオ演奏が見受けられ、まるで生き急ぐ青春の激情を表現するかのように、聴いているこっちまで夕陽に向かってバカヤロー!と砂浜をわけもなく走りたくなるような青い三角定規の気分になっていきます。ピアノソナタ『月光』のさいごの曲の右手の高速アルペジオは、大映赤いシリーズ」の激しく人生を翻弄される主人公になった気分にさせてくれますし、実際にメタルのギターソロそのものです。
具体例: Ludwig van Beethoven - Moonlight Sonata ( 3rd Movement ) Tina S Cover


音の分厚さで忘れてはならないのは、ベートーベンのくり出す重低音コードです。
鍵盤の低音域で「ドミソ&(上の)ド」を同時にバーン!と鳴らせばもうベートーベンです。低音域の和音は、中音域から高音域のピアノの弦が共鳴して
倍音がたくさん鳴るそうです。そのために、「え?なんか重大なことあったの?」と一瞬びっくり畏れかしこまるような、マグニフィセントでノイズ感あふれる低音のラウドサウンドになるのかもしれません。

メタルでは、サウンドにノイズと重厚感を与えるのがバスドラムではないかと思います。ドラマーが足でバスドラを連打することで、低音ノイズがふんだんに発生し、サウンド全体の重心が下がり、低音域が分厚くなって、荘厳で絢爛なメタルサウンドになるのかなぁと勘ぐります。
(2019年1月の時点で、ドラムもそうですが、ギターのディストーションの効果に相当するものが、ベートーベンの低音コード&倍音サウンドに存在するのかもしれません。 ベートーベンのサウンドには、メタルと似たノイズ感があるのではないでしょうか。)

このように、ベートーベンとメタルには次の3つの共通点があると思いました:
①半音3個分のインターバルが醸し出す、激しいシリアス感
②高速アルペジオ演奏による、生き急ぐ青春の激情感
③低音域コードによってくり出される、ノイズ感あふれる重厚なサウンド

洋の東西をとわず、人は若いときは、大人が作り上げたエスタブリッシュメントへの反抗心を、若さゆえのあり余る身体パワーや情熱でターボチャージして、ダンスや音楽やポエムなどの表現媒体を通して発散しながら、青春時代を駆けぬけていくものです。

若者は、その時代ごとに、大人が顔をしかめるようなヤバいサウンドを創り演奏することによって、若者であることを表現してきたんだと思います。ジャズも、フォークも、かつては警察から目を付けられる音楽ムーブメントでした。メタルもそのような若者の青春の反抗精神から生まれてきたと思います。

そして、若者から反抗の矛先を向けられる大人たちも、かつては、その前の時代の大人たちに反抗する若者でした。ヘッドバンギングをしていた長髪の若者も年をとるにつれてエッジがとれて、いつしかメタルも西洋音楽エスタブリッシュメントに取りこまれてゆくのでしょう。

バッハ、モーツァルトとともにカウンターポイントの模範とされる楽聖ベートーベンの曲も、当時のエスタブリッシュメントからすれば、反抗精神に溢れたヤバいサウンドだったみたいです。
「音楽の進化を推し進めた偉大な作曲家の当時の評判はひどかったと相場がきまっている。パーセルはいろいろ試して結果はいつも大失敗、バッハはフーガの書き方がわかっちゃいない、ベートーベンのコード進行の汚さは犯罪レベル、ワーグナーはインチキ野郎で、リヒャルト・シュトラウスは当時もヤバいが今もヤバい、ドビュッシーにいたってはもうナイトメア!という具合に」
みたいなことを、下記の方が書いていらっしゃいました:
It was common knowledge in his time that Purcell was a blundering experimenter, Bach did not write correct fugue, Beethoven perpetrated ugly progressions, Wagner was a charlatan, Richard Strauss was and remains to many a danger-signal, and Claude Debussy a nightmare. (Arthur G. Potter, The Tonal Scale in Harmony, 1910年)

親の世代やエスタブリッシュメントへの反抗心が、ベートーベンの作曲パワーの源だったとすれば、本質的には今の時代のメタルと同じなのかもしれません。

ベートーベンは今の西洋の若者にも強いアピールをもっているようです。ベートーベンの時代にメタルという言葉があったら、メタルと言われていたと、私は思います:
Beethoven, the Heavy Metal of the Early 19th Century! | Nicolas Ellis | TEDxYouth@Montreal


~ピアノ方丈記