音楽の彼岸のピアノ遊び

大人のピアノ道楽を満喫するピアノ一人遊びの日々

ユーミンは1000年ぶりの日本文化の象徴。

 

以下は、20210805にアメブロに書いた記事:

 

去年あたりから、ピアノの探求がようやく動き始めてきた感じがある。 

4年ほど前から「いろは」の「い」を覚えようとしたことの効果が徐々に出始めたかな。

 

最近は、とうとうユーミン荒井由実時代の名曲の数々をつかって練習できるようになってきた。 

ようやく、やっとだよ...。 

弾きたいな~弾きたいな~だけど今の自分には無理だなぁ...と何年も思ってきた、憧れの曲を、めくるめくコードチェンジにビビることなく弾いて音楽を探求できるようになった。 

 

荒井由実時代の曲にはビックリするものが多い。 

中学時代に大好きで聴きまくって、聞きよう聞きマネで弾いていたけど、私の耳がようやくユーミンにどうにかこうにか追いついてきて、今改めて聴くとものすごい曲ばかりだ! 

 

松任谷由実になってからは、東芝EMIの稼ぎ頭として、売れるアルバムを出し続ける至上命題に見事に応え続けた。

正隆さんのアレンジとプロデュースの賜物だ。 

ドラマのタイアップなどでシングルカットされた曲は、シンプル&キャッチーに作られた感のあるものが多いが、アルバムに収められた地味目の曲のなかに、隠れた名作がたくさんありすぎる。

 

ユーミンは、紫式部清少納言以来の日本人の恋愛観と美意識を決定づけた存在だと、私は思うが、音楽的にもそうだ。 

ユーミンは、日本の音楽の第2章の幕を花々しく開けた象徴的な存在だと、私は思う。 

戦後、日本人の心がアマの岩戸に閉ざされて真っ暗闇になっていた時に、東京近郊のお嬢様の勝ち気で物怖じしない前向きな全能感から次から次へと生み出された名曲たちが、日本人の心を明るくし、自信をみなぎらせ、繁栄への道先を照らす松明(たいまつ)となった。 

 

そういう意味で、ユーミンは、約2000年ぶりの日(ヒ)の巫女(ミコ)と言える。 巫女とは、神様のご神託の媒介者だ。 

神様とは、人々が何千年も何万年もその土地に生きてきた間に代々受け継がれ蓄積された集団的無意識のことだ。 

ユーミンの歌は、当時の日本人の思いを媒介したので、次々とヒットしたのだ。 

正隆さんによる盤石の編曲&プロデュースという磐座(いわくら)のステージで歌うユーミンは、まことにもって日(ヒ)巫女(ミコ)の再来のようだ。 

「かつて[日本の]女性は太陽だった」と言ったのは平塚らいてうだったと思うが、ユーミンの歌に出てくる女性たちは、お日さまのように自分に正直に胸を張って生きる女性ばかりだ。 

 

ユーミンは、2000年前に日本に君臨した日巫女(ヒミコ)と、1000年前の紫式部清少納言の、現代におけるリインカーネーションなのだ。

 

tokyotoad=おんがくを楽しむピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

ユーミンは1000年ぶりの日本文化の象徴。 | おんがくの細道

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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