おんがくの彼岸(ひがん)

大人の独学ピアニストtokyotoadのブログ

古い国産ピアノ

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音楽業界で活躍するピアニスト/キーボーディストには、電子オルガン出身者が目につきます。 

 

電子オルガン出身者が音楽業界で強いのは、何といっても、子どもの頃から20世紀以降のハーモニーとリズムに慣れ親しんでいるからでしょう。 20世紀以降の音楽は、各演奏家の主体的な音楽性の重要度が高く、自由度が高い。 だから、楽譜どおりにしか弾けないとか、コードがわからないとか、わかってもクラシック和声の範囲内しかできないとか、各種音楽ジャンルのリズムに弱いとか、アドリブや編曲ができないとか、アコースティックピアノしか弾けないとか、そういったスキル的な制約ばかりでは、演奏家の本分である演奏行為でお金を稼いで生活することはまず不可能だと、容易に想像できます。

 

私も、子どもの頃に電子オルガンをやっていれば、どんなによかったか、と思います。外国語と同じで、子どもの頃にクラシック音楽しかやっていないと、大人になってから20世紀のハーモニーとリズムを自分のものにするのは至難の業だと実感します。

 

従姉が子どもの頃にピアノと電子オルガンの両方を習っていました。 電子オルガンは、音色をいろいろ変えられるのがいい。 それに、ベースラインを足で弾けるから、左手の可能性が広がる。 そして、ジャズやロックやボサノヴァなど各種リズムパターンを鳴らせるので、パーカッションまで使える。 これは正真正銘の一人オーケストラ、いや最低でも、一人バンドができます(「ピアノは一人でオーケストラができる!」といわれますが、大げさすぎます。だいいち、一種類しか音色が出ないよ、どんなに「チェロのように」とか「ピッコロのように」とか言ってもね(音を伸ばせないもん)。「フルサイズの音楽をreduce(減らして小さく)して必要最少限の骨だけをどうにか再現できる」という言い方の方が実際を表していると思う )。

 

家の経済的な事情で、私は、チーチーパッパレベルのピアノだけでもう御の字でした。 そして、私が買ってもらったピアノは、当時の中小の国産メーカーが作ったアップライトピアノでした。 戦後、日本にも、たくさんピアノメーカーがありました。 ピアノは、戦後「一億総中流階級」となった庶民層が「子どもに買って習わせたい」と思う商品でした。 国が安定して中流階級が台頭しだすと、ピアノのメーカーが雨後の竹の子のように増えます。 かつてのヨーロッパ、イギリス、アメリカも、そうだったと思います。

 

その、今は大手に吸収されてしまった中小ピアノメーカーのピアノの音色が、私はとても好きでした。 澄んでいるのに深い音。 はなやかなのに落ち着いた音。 高音部はキラキラときらめくような音、低音部は、深くて、にじむような、海の底にいるような音がします。 その大手メーカーから受注を受けて特注品のピアノを作っていた、小さなピアノメーカーだったようです。

 

ところが、都合の悪いこともありました:

子どもの頃にピアノの先生の家にレッスンで行くと、先生の家のピアノは、別の大手メーカー製のグランドピアノで、ぜんぜん違う音がしました。 そして、私は、レッスンの間じゅう、「どうして先生の家のピアノは薄っぺらい音がするんだろう?」と、困惑しながらピアノを弾いていました。 私は、ピアノ先生の家のグランドピアノの音が好きではありませんでした。

 

さらに、大手教室チェーンのグレードの受験は、私にとって恐怖でした。 というのは、実技の演奏では、試し弾きが許されないからです。 試験場で、試し弾きもなく、いきなり本番で弾かなければならない。 音色も鍵盤の押し加減も違う大手メーカーのグランドピアノで、ぶっつけ本番で弾かなければならないことに、子どもの私の心臓はドキドキしました。

 

そして、ある試験の際に、私は、音色の違いに当惑して間違えるかもしれないと、あまりにも恐ろしくなって、試験場でピアノの前に座ると、演奏を始める前に1音だけ鍵盤をポンと叩いて、感触を確かめてから、演奏を始めました。 鍵盤を1つだけポンと叩くだけで感触が確かめられるのか?と思う向きもあるでしょうが、せめてそのポンだけでも、という、必死な思いだったのを、今も覚えています。 弾き終わった後、試験官の先生から「ピアノを弾く前に、あわてて弾き始めた後に弾き直さないように」と、注意をされました。 私は黙っていました。 「いいえ、私の家のピアノと、このピアノの音色や鍵盤の感触が違い過ぎるので、試し弾きのつもりだったのです」とは言いませんでした。 ええ、言わなくて正解です。 もしそんなことを言えば、試験官への心象が悪くなって、ただでさえ下手な演奏の点数がもっと悪くなって不合格になったかもしれません(子どもは子どもなりに、いろいろ考えて、大人たちの思考を迂回しながら生きています。大人の不興を買うことは、子どもにとって死活的な問題になるからです)。 それに、「あの子の家には当社のピアノがない」ということが、私の先生にも伝わって、そのメーカーのピアノを買うように勧められたかもしれないからです。 私は、そのメーカーのピアノの音があまり好きではありませんでした、そして、今もあまり好きではありません。

 

もちろん、一流のホールで使われるメーカー各社の最高級のコンサートグランドピアノや、知名度が高い超売れっ子のプロ演奏家(=メーカーの広告塔)に供与される特別モデルの製品はいい音がするのかもしれませんが、音大生やピアノ教師を含む一般消費者向けに大量生産されるピアノは、たとえグランドピアノであっても、私の古い国産アップライトピアノの音のほうが、私にとっては良い音がする、と思うのです。

 

というのは、先ほど書いたように、その大手メーカーのグランドピアノは、子どもの頃に習ったピアノの先生の家にあったのですが、子どもの私は、そのグランドピアノの音よりも、私の家にある中小メーカーの国産アップライトピアノの音の方がはるかに良い、と感じていたからです。

 

さらに、もう中高年と呼ばれる年になってから、数年前に、あるライブハウスで、ジャズピアニストさんのライブを聴いたとき、狭いステージに、やはりその大手メーカーのグランドピアノがありましたが、ピアニストさんが弾き始めた瞬間、ピヒャーン!という、薄っぺらな音がしたのです。「うわー、このひどい音のピアノで3セットもライブを聴くのか、トホホ...」と、私は思ったのですが、さすが、そのピアニストさん、弾き始めて3秒もたたないうちに、その圧倒的な音楽の世界観で、ピアノの薄っぺらな音なんて関係なくなってしまいました。 

 

また、やはり何年か前に、作曲を習っていたとき、作曲家の先生の家に、やはり、その大手メーカーのグランドピアノがあって、先生が作曲の見本にと弾き始めたら、やっぱり、ピヒャーン!と、あの薄っぺらな音がして、ちょっとガッカリしました。

(あるライブハウスでそのメーカーのグランドピアノを弾いた時は、思いのほか良い音がしました。 音響スタッフさんの腕前や、マイクやスピーカーなどの機材や、ライブハウスの広さや構造が良かったのではないかと思います。 ピアノに限らず、ギターや歌声も、とびきりすばらしく聞こえましたから。)

 

やはり数年前、ピアノ会でスタインウェイを弾いた時に、私は、とくに感動しませんでした。 ピヒャーン!な音はしないけど、「すごいっ!」と思うような音には感じませんでした。 ベーゼンドルファーのコンサートグランドピアノも弾きましたが、弱い力で弾くと、モコモコした音がしました。 たぶん、今のとても良いピアノは、力が弱いとモコモコした音になるのかな?強く弾かないとクリアーでよく通る音がしないのかな?コンサートグランドのような巨大なアコースティックピアノで音を出すためにはある程度の体格と筋力が必要ということなのかな、と感じました(モコモコした音は、フェルトの音なのかな?)。

 

私は、今でも、その古い国産のアップライトピアノを持っています。 私にとっては、そのクリアーで、はなやかで、かつ、にじむような深みのある音が、最高の音です。 それとは別に、電子ピアノと、電子キーボードと、ミニ鍵盤の小さな電子キーボードも持っています。 耳コピしたり動画を見ながらコードを押さえたりパソコンに取り込んだ曲に合わせて弾くのに配置的に都合がよい電子キーボードをよく使っています。 電子ピアノは、夜間に重宝するうえに、バッハを弾くのに理想的なハープシコードやオルガンや合唱の音源が入っているし、エレクトリックピアノの音源は、ローズを弾いているような気分にさせてくれて、たった一台でいろいろな鍵盤楽器の音を出せて大変に優れた楽器だと思います。 ミニ鍵盤の電子キーボードは、「ピアノ様」に人間の方から出張って参る必要がなくて、自分の好きな所に音楽を持っていけるし、ミニ鍵盤だと10度が届くのでとても幸せな気持ちになれます。 鍵盤楽器の世界は広い。 電子オルガンにもいろいろな種類があるし、ローズの音も魅力的。 古い電気楽器の音は、もはや古楽器の魅力。 私の中高時代は、まだポリフォニックシンセサイザーが一般に出回る前だったので、シンセで育った若い人たちがうらやましい。 今は、時代がもっと進んでDTMが当たり前になって、今の人たちは、自由自在に音楽を作って楽しめて、良い時代になったなぁと思います。 私は、音楽語がもうすこし流暢になってから、日本の伝統楽器のほかに、いつか、電子オルガンとシンセとDTMソフトは欲しいなぁ、と思っています(今使っている電子キーボードの代わりにステージピアノも欲しい。でも楽器はお金がかかるね)。

 

昨今は、第一線のプロのピアニスト/キーボーディストたちが、自宅で演奏する動画をどんどんアップしていますが、自宅でステージピアノやアップライトピアノで練習する一流のプロがけっこういるんだなぁと思いました。 ステージピアノやシンセを組み合わせて弾く仕事が多いピアニストさんもいると思いますし、どんな種類の楽器を自宅に持っているかよりも、まずは、音楽という言語を知り尽くしていて、作曲や編曲やアドリブ演奏や録音技術を含めて縦横無尽に音楽語で自己表現できる能力や、クライアントの要求に合わせた音楽づくりと演奏ができる能力が第一なので、鍵盤楽器の種類は二次的な要素になるんでしょう。

 

昭和の高度成長期からバブル期までに日本の国内で作られた国産ピアノは、中古ピアノ市場でとても安い値段で売られています。 つまり、「中古品はほとんど価値が無い」とされているわけです。 メーカーが新製品を売り出す一次市場での価格は高額だけど、所有者が二次市場(中古市場)でそれを売ろうとすると、いきなり二束三文になってしまう、ダイヤモンドと同じです(この点が、同じ高価な天然資源でありながら、所有することが財産になる金やプラチナ(「商品市場」という二次市場があって、そこで高値で売り買いできる)と、ダイヤモンドとの、決定的な違いです)。  

 

しかしながら、古い国産ピアノには、現在製造されているピアノには無い良さがたくさんあると思います。 私の古い国産アップライトピアノは、低音弦のワイヤーが手巻きで製作されています。 現在市販されている新製品のピアノで低音弦が手巻きなのは、国産では最高級のピアノだけだと思います(サイトでそのことを謳う国産の最高級グランドピアノもあります)。 古い国産のアップライトピアノは、どっしりとしていて、重々しい風格があります。 国産の材木も日本の人件費も、とても安かった時代につくられたので、材料を惜しまずふんだんに使えて、また人の手も込んで作られたと言えます。 当時の国産の材木は、明治や大正の時代に植林されて、戦争を生き抜いた、生粋の日本の木です(日本が木材を輸入する必要がなかった、そうでなくても、今と比較すると大変な円安(固定相場制)で、輸入すると極めて高くついた時代です。山岳国の日本は古くから林業が盛んで、国産の木材は質が高く、しかも安かったのです)。 良い材料をふんだんに使って、昔ながらの職人さんたちが作ったから、良い音がするのかもしれません。 日本の風土の音がするのです。 今売られている新品の「国産」ピアノは、グランドピアノであっても、響板を含めていたるところに輸入材を使っているピアノが大変多いのではないかと思います。 低音弦も機械巻きになるなど、オートメーション化も進んだことでしょう。 これに対して、戦後の昭和の高度成長期に作られた国産ピアノには、日本の古き良き時代の確かな材料と、質の高い職人の手仕事が詰まっていると思います。 ひとたび手放したら、もう、二度と同じものは手に入らない。 だから私は、半世紀以上前に作られたこのアップライトピアノを手ばなす気持ちには到底ならないのです。 それはまるで、昭和の高度成長期を象徴する「ケンメリ」のスカイラインを今も大切に乗っているようなものかもしれません。 バブル時代の日本車(セリカやシルヴィアなど)を好んで所有する人たちがアメリカにいます。 当時の日本車には、日本のバブル時代ならではの魅力があるのでしょう。 バブル時代らしく純正アクセサリーが良い意味で不必要に豊富なことも、カーマニアにとってはとても魅力的なようです。 無駄は、繁栄の象徴です。 

(バブル時代の中古車は日本でも人気があるんですね、この記事をアップした数日後に、日経にそんな記事が載っていました。)

 

その国で作られる製品は、その国の盛衰の鏡です。 近い将来、昭和の戦後~バブル時代と同じように、純国産のすばらしい製品がどんどん世に出るのを、待ち望みますし、必ずそうなります。 天然資源に乏しい日本がサバイバルに必要な唯一の資源は、今も昔も、信用を重んじる人的資源です。 当時の国産品を作った人たちがまだまだ元気ですし、若い世代も時代の流れの中でしっかりと現実を見ていて、若い人たちの多くは、耳ざわりの良い言葉にふわふわ乗せられることなく、また、どこの誰だかわからないような輩たちの計略的な煽り文句に浅はかに一喜一憂することなく、地道に着実に仕事をしていくことでしょう。 これが、日本の風土です。

 

ピアノ会で、「有名なピアノ職人の工房で作られた国産ピアノを、子どもの頃から何十年も弾いている」と誇らしげに語る人がいました。 そうでしょうとも。 その人も、その古い国産ピアノを終生大切に弾いていくでしょう。 昭和の時代に存在した中小ピアノメーカーが作った古い国産ピアノは、中古ピアノ市場でも出回る数がとても少ないようです。 今も、ある所にはあるんでしょうが、そのプライスレスな音に魅せられた所有者たちが手放さずに、親から子へ、子から孫へと、代々受け継いでいるのだと思います。  値が付かないものに価値を置くのが、文化です。

 

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