おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

本物の先達さんたちの言うことは本物だった

以下は、20211208にアメブロに書いた記事:

 

ネット上には、

様々な種類の人たちが音楽に関する情報を上げている:

 ① 超一流&一流のプロミュージシャン&作編曲家

 ② それほどでもない音楽のプロ

 ③ 専業教師

 ④ 筋金入りのアマチュア愛好家

 ⑤ 一般のアマチュアの愛好家

 

このなかで、私にとって参考になるのは:

 ① 超一流&一流のプロミュージシャン&作編曲家

 ④ 筋金入りのアマチュア愛好家

の皆さんによるコンテンツである。

 

この「④筋金入りのアマチュア愛好家」の方々のなかで、とりわけ学びと勇気をいただいているサイトが2つある。

ひとつは、日本人の独学ジャズピアノ愛好家の方のサイトで、

もうひとつは、おそらくオーストラリア人の独学ジャズピアノ愛好家だ。

 

日本人の愛好家の方のサイトは、

ユーモアのあるおっとりした文章の行間に、鋭い洞察が冷やかに光っていて、

「まったくもって、おっしゃるとおりです!」と敬服しきりである。

レッスンに通う意義について、私もレッスンに通って感じたことを行間で述べておられるような気がして、共感した。

ジャズピアノはもちろん、クラシックピアノや他の楽器をはじめ、

「独学 vs お稽古事」の本質を、真綿で首を絞めるようにえぐり出しさらけ出すサイトである。

 

オーストラリア人の愛好家の方のサイトには、

ジャズ理論をご自分の脳内で整理した内容を上げていて、動画も付いている。

包括的な内容が整然と体系化されていて、

「これだけ知っていれば、プロとしてまずは安泰」と思える内容だ。

繰り返すが、 

この人は、素人のジャズ愛好家である。

音楽理論を自家薬籠中の物にしてピアノで自由に即興演奏するのに、

プロも素人もピアノの先生も、関係ないのである。

   ただし、

   演奏で稼げているプロは、

   長年の演奏の仕事を通して、

   どんな曲でもどんな場所でもどんなケンバンでもいかようにも対応できて、

   お客様が「すごいすごい!」と喜び舌を巻く、

   プロの演奏仕事ができる人たちである。

話を戻すが、

このジャズ愛好家さんは、

「ジャズを始めたクラシックピアノ経験者が陥りがちな罠(わな)」についても語っていて、

その洞察は極めて的を得ている。

 

もうひとつ、

日本人のジャズベーシストの方のサイトが、これまた参考になる。 

特に、

「ジャズピアノを習いに来るクラシックピアノ教師が陥りがちな罠(わな)」についての記事は、

「もう絶望的にそう思います えーん!」と、悲しい気持ちになるよ(私はピアノ教師じゃないけどね)。

 

クラシックピアノの呪いのようなタコツボ的思考から抜け出すことが絶望的に難しいことを、

私も身をもって体感しているが、

これらの先達さんたちにインスパイアされ勇気づけられながら

独学で続けているうちに、

ようやくタコツボの中から、無限に広がる音楽の大海原に出られる素地が整ったように感じている。

 

 

tokyotoad = おんがくを楽しむピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

本物の先達さんたちの言うことは本物だった | おんがくの細道

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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