おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

遠回りの道が、いちばんの近道

 

以下は、20220307にアメブロに書いた記事:

 

私にとっての「音楽のいろは」の「は」を強化し始めて

5か月目に突入した。

月日の経つのは早いが、

昨年11月から比べたら、進歩している。 

進歩のしかたが、

身体操作の探求における進歩のしかたと同じ性質なのが、

とても興味深い。

つまり、なんでも同じなんだね。

そして、なんでも、

進歩した具体的な内容を

言葉で表現することは不可能なんだ。

自分の肚(はら)で実感することができるだけだ。

言葉ほど、不正確なものはない。

言葉には、ウソが入り込むからね。

 

「いろは」の「は」を強化する途上で、

ある超一流のケンバニストさんの文章に出会えたお陰で、

音楽のとらえ方に関してコペルニクス的大転換を遂げることができ、

子どもの頃のピアノのお稽古によって脳に染みついた「常識」を

捨て去る行為に踏み切ることができた。

これが大きかった。 コロンブスの卵のようだね。

クラシックピアノの先生や愛好家が

ジャズでも軽くやってみようかな~と思って

結局ロクにできない理由のひとつが、これだろう。

クラシックピアノの「常識」は、

ジャズピアノを無駄に難しくしてしまう。 だから、かえって、

この「常識」に毒されていない、ピアノ初心者のほうが、

ジャズピアノに馴れるスピードが速いだろう。

 

上記は、逆もまた真なりだ。

ジャズピアノの「常識」は、

クラシックピアノを無駄に難しくしてしまう。 加えて、

クラシックピアノを、探求する対象としては味気のないものにしてしまうだろう。

創作芸術(ジャズの演奏)と、再現行為(クラシック音楽の演奏)は、

まったく異質の、別物なのだ。

  ↑クラシック音楽における創作芸術は作曲家の独占分野だ。

 

またもや、記事の題名とは別の方向に話が行ってしまった!

 

本題にもどって:

 

遠回りの道が、実は近道だ。

今までの人生の折々で、

そう実感している。

 

遠回りの道が、実は近道で、

なおかつ、

最も足元が盤石になる道だ。

 

 

詳しくは次回に続く(かな?)

 

 

*上述の「ケンバニスト」という言葉によって、私は以下を意味しています:

 ケンバニスト = 複数の種類の鍵盤楽器を自在に操り、作曲・編曲・即興演奏を自在にこなし、時には演奏現場での音楽監督や、レコーディングのエンジニアやプロデューサーまでもこなす、B-to-Bのプロ音楽業界で活躍する本当の意味でのプロの音楽家のこと。 「ピアニスト/キーボーディスト/オルガニスト/作曲家/編曲家/音楽プロデューサー....」って書くのが長ったらしいので、僭越ながらすべてひっくるめて「ケンバニスト」と書いています。

 

 

tokyotoad=おんがくを楽しむ風流への道を歩くピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。