おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

60,000アクセス超えました

 

昨日(20220728)、このブログのアクセス数が60,000を超えました。

 

外れた粗忽者のこのブログを偶然にも読まれた「大人のピアノ」愛好家の方々の、独学の参考なり反面教師なり暇つぶしなりになったのであれば幸いです。

 

最近、数日前に偶然テレビで観てしまった、現在の伊藤咲子さんが、肩ストラップ&背中出しの膝出しという攻めのステージ衣装で歌う、自らの往年のヒット曲「君かわいいね」の歌が頭の中でグルグル回ってとまりません。豊胸手術をしたように見うけられる伊藤さんの、年恰好にしてはハリのある胸元に、「いくつになっても芸能人!」の心意気を感じました。不特定多数の人の前でスポットライトを浴びて芸を披露してお金をもらう人は、こうでなくてはいけませんね。抜群の声量と歌唱力の衰えを全く感じさせないステージでした。(←追記:後日、録画をもう一度みたら、豊胸手術ではなくて胸パッド(ブラの詰め物)ではないかと思いました。ステージに立ってスポットライトを浴びるプロのエンターテイナーは美容整形手術に二の足を踏むようではいけないと思いますが、ナチュラルに歳を重ねた美しさもひとつの魅力でしょう。エンターテイナーは人を惹きつけるオーラを持っているかどうかに尽きます。) 

彼女の次に登場した、現在の大場久美子さんの「スプリングサンバ」も衝撃的でした。「サンバ」なのに日本の村祭り風の楽曲の何とも言えないバランス感の見事さもさることながら、真っ赤なステージ衣装を着て、サンバホイッスルを吹きながら、ガニ股気味の足をもたつかせて踊り、息切れしながら歌う大場さんの姿は、デビュー当時の「男性が守ってあげたくなるアイドル」の立ち位置が、何十年を経ても微塵もブレていませんでした。大場さんのあっぱれな「アイドル人生」に感動しました。

次に登場したトリの、現在のあいざき進也さんの「恋のリクエスト」も名曲だった!メイジャーキーの軽快な曲調の明るいメロディーラインのキメフレーズ「〽つ~たえ~て~よ~」の「b6 - b6 - b7 - b6 - P5」に多用される「b6(フラット6)」が、ラジオ番組のDJに読んでもらって思いを伝えようとハガキを書く若者の甘く切ない恋心を表現している。しかも、「よ~」の和声が  I コードに解決して曲が終わるという、王道の展開。昭和のヒット曲はどれも楽曲構成が正統派の名曲揃いで、ハズシが無い。あいざきさんの、今も変わらない歌声にもビックリした。あいざきさんと一緒に年齢を重ねた追っかけファンのマダムたちに、今も夢を与え続けているんだろうなぁ、と思いました。  

これらの歌を、今までどうして聞いたことがなかったんだろう? 小学校高学年のころで塾通いで歌番組が見られなかったのかもしれないね。 

かつて一世を風靡したアイドル歌手たちは、何歳になっても、それまでの人生にどんな波乱万丈の浮き沈みがあっても、スポットライトが当たらないところでどんなに泥水を飲んできたとしても、ステージに立った途端にパッと花が咲いたように、観る人をクギづけにしてひと時の夢を見させてくれる、プロだなぁ!と思いました。 若いころと同じようにステージに立ち続けて見る人を楽しませてお金をもらう、「生涯、芸能人生!」のプロ意識を感じました。 

 

tokyotoad

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた(←諦めて命拾いした!と、今しみじみ振り返って背筋がゾッとしている)、「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。