おんがくの彼岸(ひがん)

大人の独学ピアニストtokyotoadのブログ

マジンガーZの作曲家 渡辺宙明先生(日経記事)

 

 

本日付け(2019年12月22日(日))の日経記事に、

作曲家渡辺宙明先生の記事が載っていて、

前から書きたい書きたいと思っていたことを書かずにはいられなくなったので、乱文ですがとり急ぎ書きます:

 

記事を読んで、様々なことが頭をよぎりました:

 

★ 90歳前後の人が演奏するハーモニカは最強。

  現在90歳前後でいらっしゃる方々が、子ども~青春時代に自己表現で使ったメジャーな楽器は、ハーモニカだった、ということを再認識しました。

  ある素人参加イベントで、80代後半とおぼしきご婦人が、ハーモニカで、魂の底から沸き起こるようなソウルフルな演奏をなさったのを、覚えています。

  「アラウンド90」の人が吹くハーモニカは、本物です。要チェックです。

 

★ 移動ドと相対音感が、音楽のプロにはマスト!

 渡辺宙明先生のハーモニカ独習の記譜方法は、音楽のプロ必須のランゲージだということを、改めて思い知った。 この方法によって、移動ドと相対音感が育つ。 Rick Beato氏も動画でこの方法を使っている。 本物のプロは、音を数字で把握する。

 ところで、「五線紙を使わずに大学ノートを使って作曲する」人がプロアマ問わずいるが、それを「音楽を知らない人ザマスね」と鼻で笑う音楽愛好家は、五線のドグマでガンジガラメになっている哀れな人であろう。 こんなドシロウトの私でも、音楽を聴いていて「あれ!いまのところカッコイーどうなってるの?」と思うと、ABCと#bと数字を組み合わせて、紙に書き留める。 残念ながら、この方法では相対音感は育たないが、キーボード上の音であれば、個々の音の絶対位置をピンポイントで記録できる。 それに、五線がページに列をなして並んでいる紙よりも、大学ノートを使うと、いろいろなことをいっしょに書き込めるので便利な場合もある。 

だが本物のプロは、ABCを使わずに、数字と#やbで音階を把握するのだということが、この記事を読んでよくわかった。 

  

★ 音大で学ぶことが、芸術の目を曇らせることもある。

  渡辺宙明先生は、もっともな理由で音大に行かなかった。 そのことが、渡辺先生の音楽に、時代に訴えるカッコヨサがある所以ではないのか。 つまり、世の中の進化とタンデムでリンクした音楽、といえよう。 大学の作曲科で勉強すると、たとえば「メンデルスゾーン風」や「ベルリオーズ風」の音楽を作る技巧に秀でるだろう。 だが、ともすれば、いざ自分のオリジナルの音楽を作ろうとすると、個々の作曲家の手クセを寄せ集めた「~風」のゴタマセみたいなものが出来上がることはないのか? これが、作曲科出身者が背負う十字架になることはないのか? 各種の方法論を寄せ集めて作っただけの作品は、その核心部分にその人のキャラ(世界観)が不在なので、聴く人、とくに、音楽のド素人や子どもたちに、それを嗅ぎつかれてしまうものです(素人は、メソドロジーを知らないぶん、直(ちょく)に本質に目が向かうため)。 むしろ、そういったコラージュによって芸術を作るのは、最も難しいかもしれない。 それに成功している人はほとんどいないのではないか。

 

 ★アニメの宙明サウンドは、子どもに対する上から目線が全くない、正真正銘のガチな音楽、つまり、本物の音楽だった。

 作曲法のなかに、ある主題を繰り返して使う手法がある。たとえば、

 春のうららの隅田川上り下りの舟人が

の、春のうららの隅田川、と 上り下りの舟人が は、

リズムが同じで、メロディーがちょっとちがうフレーズを繰り返している。

これによって、曲の出だしから、聴く人をツカミにかかろうとするのだ。

 ところが、 

マジンガーZ」の歌には、それがない!

 そーらにー、そびえるー、くぅろがねのしーろー スーパーロボットー、マジンガーゼットー

 の、前半部分後半部分は、全く別物である。

 これについて、もう10年以上も前の深夜のアニソン番組で取り上げられていた。 

 その番組で、以下は、私が覚えているくだりです:

 番組で、二人の対談者が、「マジンガーZ」の主題歌について語っていた。 彼らによると、

 「マジンガーZ」の主題歌は、歌詞が先に作られた歌だった。しかも、その歌詞は、原作者の永井豪先生によるものなので、おいそれと作り変えることができない。

 このため、常套手段の反復セオリーを使えない。 だから、

 もし、このセオリーを使うことができれば: 

 〽そーらにー、そびえるー、くぅろがねのしーろー 

  (↓ オリジナルキーはCマイナー。レラティブメイジャーキー(Ebメイジャー)のEbをド(移動ド)と見立てて:)

  ラードミー、ララドミー、レーレレレシソーラー

  C=移動ラ(1): 1 b3 5  /  1 1 b3 5  /   4 4 4 4 2 b7 1 

 ときたら、すぐあとに

 〽ターララー、タラララー、タァラララララーラー

    (レラティブメイジャーキー(Ebメイジャー)のEbをド(移動ド)と見立てて:)

  ドーミソー、ドドミソー、ファーファファミレレーミー

  Eb=移動ド(1):1 3 5  /  1 1 3 5  /  4 4 4 3 2 2 3←ホームキーの移動ソ(5)と同音

  みたいな感じでつなげたいところだが、

 歌詞が先に決まっていたために、それが、できなかった。

 そこで、歌詞に合わせて:

 〽そーらにー、そびえるー、くぅろがねのしーろー スーパーロボットー、マジンガーゼットー

 ラードミー、ララドミー、レーレレレシソーラー、 ラーラーラミッドー、レレッレーファッミー

 C=移動ラ(1) 1 b3 5  /  1 1 b3 5  /   4 4 4 4 2 b7 1 1 1  /  1 5 b3  /  4 4 4 b6 /  5 

 というメロディーが、歌詞にあてられた。

 だが、どうだろう?

 もし、常套手段(セオリー)通りの「ツカミのフレーズをちょっと変えて反復」の展開になっていたら、

 この曲は、最終的に仕上がった曲と同じようなインパクトを持っただろうか?

 否である。

 セオリーどおりの展開に作られなかったからこそ、

 「マジンガーZ」の主題歌は、子どもたちの心をつかんだのだ!

 と、話していたのを、強烈に覚えています。

 つまり、「ツカミのフレーズをちょっと変えて反復」という、よくありがちなパターンを、裏切った、予想のつかない展開が、子どもたちの心に刺さったのです。

 さらに、アニキ(水木一郎氏)が、

 〽スーパーロボットー、マジンガーゼットー

 の「スー」を、フライング気味(喰い気味)に歌っているところに、

 特有の「前のめり感」が出ている。

 この、「前のめり感」が、子ども心にカッコよかったのだ。

 なぜか?

「前のめり」は、若さの象徴だからだ。

 ラルク・アン・シエルのメジャーデビュー2曲目のシングルに「Flower」という曲があったと思うが、

 ドラムとベースが、喰い気味に突っ走るドライブ感が、

 「メジャーデビューして、今まさにどんどん勢いに乗っている」バンドの「前のめりな疾走感」が表れているようです。

 若者は、「前のめり」に生きている。

 そんな、お兄さんやお姉さんたちに、弟や妹たち(子どもたち)は憧れるのです。

 「マジンガーZ」の主題歌も、イントロからして、ホーンセクションが「前のめり」です。

 そして、正義のロボットの偉大さを表すかのように、ティンパニが重厚にリズムを刻んだ後、

 アニキによる、「前のめり感」いっぱいの歌がはじまる。

 そして、「マジンガーーーゼェェエエット!」が炸裂してフィニッシュ!

 私を含めて当時の子どもたちが夢中にならないはずはありません。

「ドソミソドソミソ」より、ぜったいにカッコイイんですよ!

 ところで、

マジンガーZ」で覚えている音楽が、もうひとつある。

科学研究所の透明シールドが、悪者の攻撃を受けて破壊されそうなシーン、

かたずを呑んでブラウン管テレビを見つめる、子どもの私の耳には、

 〽ラーラードーーラ ドレーbミーーーー

  ( オリジナルキー不明。↑は、CメイジャーキーをベースにそのレラティブマイナーであるAマイナー(A=移動ラ)の場合)

  A=1:1 1 b3 1  /  b3 4 b5)

の音楽が聞こえていた。

 このブルースなメロディーが、トライトーン(b5)に上がって「どうなるどうなるハラハラドキドキ!」感を煽ったところに、高音部でアウトサイドなフレーズが応えるという、ストラヴィンスキーなバイトーナルの掛け合い!

 20世紀の本物の音楽が炸裂していたんだね!

 ガキ仕様ではない、ガチな本物の音楽だったから、オジサンオバサンになっても、

 あのシーンを、音楽といっしょに、鮮明に覚えている。

 だから、マジンガーZ」は、不朽の名作になったんだね。

 

しかも、

渡辺宙明先生が作ったアニメ&特撮音楽には、

当時最先端の音楽理論や機材が使われていただけでなく、

そのメロディーのなかに、

日本の子どもたちになじみ深い要素が入っていた。

マジンガーZ」も「人造人間キカイダー」も「ゴレンジャー」も、

ディズニーアニメの主題歌とは、ぜんぜん違う趣きだ。

西洋音楽とは異質なところが、日本オリジナルの音楽の価値だ。

 

明治維新以後、日本は専門教育機関を作って

必死になって、「進んだ」西洋音楽を学んで、学んで、

「だれ風」「かれ風」の音楽をマネして作る技巧を学びつづけた。

その一方で、

大衆音楽や、子ども向けの音楽を、

「音楽ではない」と蔑視してきた。

 

ところが、アカデミズムをしらない子どもたちのほうが、

アカデミズムによって目が曇らされていないので

本物をかぎわける嗅覚が鋭いのです。

 

そして、

子どもと同じような嗅覚を持っているのが、

外国人です。

日本のアカデミアの機構や、大学の序列や、それに内在する複雑なポリティックスやコンテクストを、

外国人は知る由もありませんから、

アカデミアの重鎮たちに忖度をすることもなく、空気を読むこともなく、

子どもと同じように、

「日本のアニソンって、カッコイー!」

と、飛びついたわけです。

そして彼らは、

日本人による「メンデルスゾーン風」や「ドビュッシー風」には、

目もくれません。

だって、本家の本物をもっているのに、

「おしょうゆの匂いがするコピー」をありがたがるわけがないから。

 

今、

漫画の原画やアニメのセル画が、国外へ流出して、

海外のオークションで高値で売買されているそうです。

外国人の旅行者が、都内の中古レコード屋におしかけて、

日本のシティ・ポップのLPを、

「日本のシティ・ポップって、カッコイー!」と

買いあさっているそうです。

 

日本のオリジナル(本物)のコンテンツが、安価な値段で、どんどん流出している。

これと同じようなことが、かつてありましたね。

 

今回も、前回と同様に、

文化的・経済的価値の高い日本の貴重な本物のコンテンツが、

ダダ漏れしていくのだろうか。

 

tokyotoad1.hatenablog.com

tokyotoad