おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

自分の身体スペックをリスペクトする

 

以下は、20210805にアメブロに書いた記事:

 

子どもの頃クラシックピアノのレッスンを受けていた時、先生に「小指が短いわね」と言われました。 

何十年後にピアノを再開してレッスンを受けていたときも、同じ先生に「小指が短いわね」と言われました。

 

それで私はすっかり委縮してしまいました。

「小指が短いわね」と言われたのは、実質的に「あなたの手はピアノを弾くのに向いていない」と言われたことだからです。

 

確かに、私がこの人はスゴイ!と思っている2人のピアニスト/キーボーディストさんは、二人とも小指が長い。 

うち一人は、小指がとても長くて、人差し指~小指の長さがあまり違わない! 

もう一人は、小指がふつうの長さに見えるが、ぶっちゃけすべての指が長くて、少なくとも10度以上は届くそうで、その人の小指は私の人差し指よりも長いと思われる(いやもしかすると私の中指よりも長いかもしれない)。

もっとも、この二人ほどは恵まれた手をしていなくても、キレッキレの演奏をする、第一線で活躍している売れっ子のピアニスト/キーボーディストが少なからずいます。

 

自分の手に全く自信がなかった私ですが、この間自分の演奏を動画に撮って見てみたら、薬指がやたら長く見えた。

そうなのだ、私は薬指が長いのだ。 右手の薬指なんか、中指の長さに迫る勢いの長さだ。 

私の薬指は、とても立派なのだ。 

だから、あまり長くない小指が余計に短く見えてしまうのだ。 

 

であれば、この長くて立派な薬指を生かせばよいではないか! 

小指が短いことはクラシックピアノでは絶望的なハンデだろうが、

私がやりたいのは、音楽文法にのっとって自分の心のままに即興演奏して表現することだ。 

私の中から沸き起こる自己表現の創作には、私の身体的なハンデなんて無いのだ! 

 

もうひとつ恵まれている点は、腕が長いこと。 これも良いではないか! 

上背もある。 これも良いではないか! 

4年前から身体の歪みをとる運動を細々ながらも続けてきて、姿勢がだいぶ良くなったことも、プラスのポイントだ。

 

まずは、今の自分の身体スペックを長所と思うことが、この世の天国への道のスタート地点だ。 

自分を空に輝くお日さまのような最高の存在と胸を張ることが、ポジティブで幸せな音楽ライフの一丁目一番地だ!

 

もう一点。 身体スペックがクラシックピアノにふさわしくないからといって、だいたいクラシック音楽は私の国の文化の伝統音楽でも何でもないから、はなっから別にヘとも何とも関係ないのだ。 

 

追記: ちなみに、冒頭に書いた、私の手を見るなり「小指が短いわね」と言ったピアノの先生の手は、オクターブにようやく届くか届かないかの、モミジのように小さい手だ。 私は9度まで届くよ。 先生にどこかでもう一度遭遇して同じことを言われたら、私は「先生の手、ちっちゃーい!そんなチッコイ手でまともにクラシックピアノが弾けて人に教えられるんですかー?」って言い返すよ。

 

tokyotoad=おんがくを楽しむピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

自分の身体スペックをリスペクトする | おんがくの細道

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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