おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

オンラインライブ

 

5月は、3件のオンラインライブを視聴した:

 ① 2台ピアノ デュオ

 ② ピアノトリオ + 歌手(ゲスト)

 ③ サックス & ピアノ デュオ

 

①2台ピアノ デュオ

 いや~スゴかった! じゅうぶん過ぎるキャリアを持つ超一流ケンバニスト2人の真剣勝負 ⇒ 超ハイレベルな化学反応 ⇒ 壮絶なシナジー効果。 主に各自のオリジナル曲を、だいたい交互に演奏していった。 各々のトリオや数人編成のライブで既に素晴らしいお二人の曲が、超ハイレベルなケンバニスト同士のツイン即興ピアノにかかって、なんかもうスザマジイ音楽に変化した! 第二部なんて、途中から呪力が増して、もはやこの世のものではないマジカルな音楽世界が繰り広げられた。遠方の地からも鑑賞できるライブ配信がこれほど有難いと思ったことは無いし、はっきり言って現場鑑賞チケット代も配信チケット代も安過ぎ! お二人のあの演奏なら、もっとチケット代を高くするべき(って2枚購入すれば良かったか!)。

 

②ピアノトリオ+歌手(ゲスト)

 上記①の片方のケンバニストさん企画のライブ。 トリオによるインスト曲は安定感のある演奏。 ギタリストさんは押しも押されぬ名プレーヤーだし、パーカッションの人も良かった。 パーカッショニストになる人たちの気持ちがわかるような気がした。 ドラムとはまた違う魅力がある。 個人的には、歌い手さんのゲスト出演は要らなかったかも...。 純粋なインストライブを聴きたかったなぁ。 ①の物凄いライブの配信チケットが安過ぎる!と思ったので、その分も含めて②の配信チケットを買ったということもあります。

 

③サックス&ピアノ デュオ

 このライブもスゴかった! お題はプレーヤーさんたちの頭の中。お客さんは次は何の曲が来るか?とワクワクドキドキしながらステージ上の二人のガップリ四つの即興コラボレーションの行方をじっと見守る。 ソロ演奏やデュオ演奏は、演奏家がフルポテンシャルを出してくるから、聴く人もお腹いっぱいの大満足! トリオもそうだね、たった3人しかいないのにどうしてこんなに音が出ているんだ!?みたいな圧倒的な演奏になる(ただし全員が名人の場合)。 カルテットもそうだね。 カルテットは、ドラムとベースのリズムセクションに、ケンバンまたはギターのコード楽器がバッキングに専念できて、ホーンなどの単音楽器がメロディー担当のフロントパーソンを張るから、超一流たちのカルテット演奏は圧巻だ。 これが、ドラム&ベース+ケンバン&ギター+ホーンの5人編成になると、全員が名人の場合は、たった5人でオーケストラレベルの大規模な音楽を実現してしまう。 

 

以上、今月もオンラインライブを楽しみました。

 

実は、もう1件、あるケンバニストさんのピアノトリオのライブを視聴しようと思っていたのだが、歌い手さんのゲストがあると知って、躊躇してやめてしまった。 歌手という存在は強力で、他の楽器奏者をバックバンドに格下げしてしまう存在感を放つからね...。 このケンバニストさんのソロピアノライブを最近視聴したので、今回はいいかな、と。 とはいえ、ステキなオリジナル楽曲のトリオ演奏を聴きたかったなぁ。 次回のライブは配信があったら視聴したい。

 

*「ケンバニスト」という言葉によって、私は以下を意味しています:

 ケンバニスト = 複数の種類の鍵盤楽器を自在に操り、作曲・編曲・即興演奏を自在にこなし、時には演奏現場での音楽監督や、レコーディングのエンジニアやプロデューサーまでもこなす、B-to-Bのプロ音楽業界で活躍する本当の意味でのプロの音楽家のこと。 「ピアニスト/キーボーディスト/オルガニスト/作曲家/編曲家/音楽プロデューサー....」って書くのが長ったらしいので、僭越ながらすべてひっくるめて「ケンバニスト」と書いています。

 

tokyotoad

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。