おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

老化と絶対音感の喪失(の可能性)

 

還暦が近づくにつれて、

今までに経験したことのない、思いもよらないことが起きてくる。

その最たるものが、

今までに無かった性質の弾き間違えだ。

今まで何年も弾き親しんだ、弾きなれた曲を弾いても、

毎回、いろいろな場所で考えられないような弾き間違えをするようになってきた。

弾き間違えの性質を観察すると、

頭の中の音と、鍵盤の音のリンクが、無くなりつつあるのではないか?

と思えてしまう。

たとえば、Abを出そうと思ってBbを叩いてしまうのだ。鍵盤を見て弾いているにもかかわらず(トホホ...)。

このブログでも何度も書いているが、

私は、50歳になるかならないかでピアノを再開した時に、

子どもの頃に持っていた

お子さまピアノお稽古レベルの粗い絶対音感が、

半音~全音ズレてしまっていることに気がついた。

さらに、当時参加していたピアノ会で、

私と同じように、

中年になってからピアノを再開したら

「子どもの頃に持っていた絶対音感が半音~全音ズレてしまった」と言う人がいた。

また、世界的な音楽教育系ユーチューバーさんが、

絶対音感は50歳前後からズレはじめて60歳前後で完全に失われる、という説がある」と言っていた。

もちろん、「~という説がある」だ。

ところが、個人的には、この「~という説」は、私には当てはまってしまっているようなのだ!

これは困った!

せっかく、子どもの頃10年以上通わせてもらったピアノのお稽古による音楽力では全く取り付く島もなかった、

ポップスやフュージョンやジャズのトランスクライビング(耳コピ)が半世紀生きてからピアノを独学してどうにかこうにかできるようになって、

中高時代は茫然と聞いているしかなかった曲を

稚拙ながらもアドリブを入れて弾けるようになってきたというのに!

 

ここで、私は、還暦前後になって「ピアノを始めたい」とピアノレッスンに通い始めたシニアの人たちが直面する大いなる障害について、考えるようになった。

お子さまの生徒と同じように、先生に

「聴音の練習をしましょうね」なんて言われてやってみて、

ぜんぜんできない!

ということが起こり得るのではないか?

必死に聴音の練習をしても一向に全然できないシニア生徒を見て、

ピアノ教師はどう思うだろう?

おそらく、単純に、

「この人は音感が無い!」と

音楽オンチの烙印を押すのではないか?

ちょっとまってよ!

そんな単純なものではないかもしれないよ!

そのシニア生徒さんは、老化によって、若い頃には有った音感が失われてしまっただけなのかもしれないよ!

ところが、若いピアノの先生は、シニア生徒が直面する様々な老化の側面を、実感のしようがない!

「いえ、私はシニアの生徒さんの老化の事情を分かっていますよ」

嘘だ! だって、私は若い頃、お年寄りを見て、

 耳が遠いから喋り声がうるさいんだよ少しは黙れ!

 なにメガネ外してずーっと書類見てんの?こっちは急いでるんだはやくしろよ(怒)!

 なにノロノロしてんだよ、はやく歩けよ!

て思っていたもん。 ところが、いざ自分が老眼や白内障予備軍になったり、近所の買い物の帰りにつまづいてスッ転んだりするようになって、ようやっと、お年寄りたちが日々直面している困難が、身につまされるようにわかってきたよ!

シニアの皆さん、いままで本当にごめんなさい! でもね、

必死こいて日々少しでも稼ぐためにスピード労働生活にまい進する必要のある怒涛の働き盛りの若い頃は、年金もらって悠長に生きている(ように見える)シニアを見て、そう思いたくなるものだし、なんといっても、

自分自身が年老いて老化の影響を切実に実感しないと、絶対に心から共感できないんだ、だって、経験したことがないからわかりようがないもん! 

だから、

「このシニア生徒さんは、いつまでたっても楽譜が読めないのね!」 ←老眼、飛蚊症状、白内障による視界の白化(霧がかかったようになる)、そして「矯正視力」の低下。

「どうして毎回毎回違うところでミスタッチをするのかしら!」 ←老化による音感の喪失の可能性や、反射神経の鈍化、記憶力の低下

「何度注意しても、きれいな音で弾けないのね!」 ←筋力の低下によるフレイル、老眼や白内障や矯正視力の低下によって譜面を見るために猫背になることによる演奏姿勢の悪さが原因の身体操作効率の悪化

 

はっきし言って、シニア生徒にとっては、無駄に踏んだり蹴ったりなレッスンになりかねない!

 

幸いにも私は、数年前のピアノ再開後に一時期習ったピアノのレッスンをやめて、以降は独学でやっているので、自分に向き合いながら自分のペースでピアノを楽しんでいるが、

自分自身わからないのは、冒頭に書いた弾き間違えの原因の一部は老化であることは間違いないとは思うが、

同時に、子どもの頃のピアノレッスンで習ったことが無い、私にとっては取り付く島がなかった、高度に洗練された20世紀のハーモニーや、苦手だったキーに、私自身がまだ慣れていないから、このような弾き間違えをするだろうか?ということが、自分自身で検証できないことである。

もし中学時代に、複雑で洗練されたコードや各種モードを自在に駆使してポップスやジャズやフュージョン心のままにアドリブ演奏できていたら、今現在やらかしはじめた弾き間違いが単純に老化によるものと判断できるのだが、なにせ、50の手習いで独学でピアノを再開して以降、自分の音楽の総合力が飛躍的に向上したので、お粗末な音楽力しかなかった中学時代との単純比較ができないところが、私にとっては痛しかゆしなのだ。

 

だが、少しでも弾き間違いが少なくなるように、自分でいろいろ工夫している。 冒頭の、

「たとえば、Abを出そうと思ってBbを叩いてしまうのだ。鍵盤を見て弾いているにもかかわらず(トホホ...)。」

についても、やり方を見直すことで改善できると思えるようになった。

人間は考える葦だ。 歳をとっても、考える葦をやめなければ、年相応の解決方法が有るはずだ!

と思って、いろいろと工夫している。 自分なりの工夫によって、少しずつ弾き間違いが少なくなってきたように感じる今日この頃だ。

 

音楽は、人によっては、業(ごう)だ。 宿命ともいえる。

老化は残酷だが、歳をとったからピアノを楽しめる余裕が生まれたことも、また事実だ。 老化を前向きに受け入れながら、これからも、死ぬまで、音楽を楽しんでいくよ。

 

tokyotoad1.hatenablog.com

 

tokyotoad

 

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた(←諦めて命拾いした!と、今じぶんの人生をしみじみ振り返って背筋がゾッとしている)「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。