以下の記事:
クラシックピアノは天動説、ジャズピアノは地動説。 - ピアノ方丈記
クラシックピアノは天動説、ジャズピアノは地動説 (その②) - ピアノ方丈記
クラシックピアノは天動説、ジャズピアノは地動説 (その②の続き) - ピアノ方丈記
クラシックピアノは天動説、ジャズピアノは地動説 (その③) - ピアノ方丈記
の続き。
これまでの一連の記事で、
ピアノに限らず「クラシック音楽は天動説」「ジャズなど20世紀以降の音楽は地動説」と私が思う理由は:
①「クラシックは固定ド(=絶対音感)の宇宙」vs「ジャズなど20世紀以降の音楽は移動ド(=相対音感)の宇宙」
②「クラシックは I→IV→V→I の宇宙」vs「ジャズなど20世紀以降の音楽は II→V の宇宙」だから。
③「クラシックピアノは、楽譜絶対主義」vs「ジャズは、即興演奏絶対主義」だから。
について書いた。
今回は:
「そんなことはありません! 私たちがクラシックピアノのお稽古でならってきた「ドレミファソラシド」は、永久不変じゃありませんか!」
という声が聞こえてきそうですが、
もうすでにジャズピアノ人は「まだ出てこないのかよ~」とイライラと、シビレを切らしているかとおもう、それを、とうとう書き始めますよ。
それは:
④「クラシックは、ド-レ-ミ-ファ-ソ-ラ-シ-ド(1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8) の宇宙」vs「ジャズなど20世紀以降の音楽は、1, b9, 2, #9, 3, 4, #11, 5, b13, 6, b7, 7, 8 の宇宙」
言い換えると:
クラシックピアノ=ハ長調のダイアトニックスケール=白鍵の世界
ジャズ=クロマチックスケール=白鍵+黒鍵の世界
といえる!
と、私は実感したのでした。
クラシックピアノの宇宙は、ハ長調の「ドレミファソラシド」つまり、ハ長調のダイアトニックスケールの宇宙だ!と私は実感したのですが、
「何を言うか!クラシック音楽には、ハ長調のほかにも、ト長調やヘ長調や....」
はいはい、そうだけどさ、このシリーズ①に書いたとおり、
クラシックピアノの「ドレミファソラシド」って「ツェーデーエーエフゲーアーハー」=「CDEFGAB」でしょ?
だから、ト長調の音階(G A B C D E F# G)は:
「ソ ラ シ ド レ ミ フィス ソ」みたいに読むでしょ? 決して、
「ドレミファソラシド」とは読まないでしょ?
その生きた証拠が、今、これを書いている、私ですよ。
子どもの頃、10年間ピアノのお稽古に通った結果、
ト長調を移動ドで読むことができなかったんだからさ。
「ハ長調のドレミファソラシド」の絶対音感スケールを動かさずに読んじゃって平気なところが、
記事①で書いた、「クラシックピアノは、C=ドの天動説」の意味なんです。
これがね、ジャズなどの20世紀以降の音楽では、うまくはまらなくなるんだよね。
どうして?
それは、ジャズでは、
「どんなリックでもコード進行でも、12調ぜんぶで弾けるように。」
という、金科玉条(きんかぎょくじょう)が存在するからです。
それは、どうして?
それは、たぶん、ジャズでは、一曲の中で、目まぐるしく転調するからだと、私は思います。
そして、その転調のしかたが、それまでのクラシックのセオリーをことごとく裏切るような調に跳んだり、ズレたり、スベったりするからです。
「クラシック音楽のセオリーを裏切る?それどころか、ズレる?スベるだって!なんと不謹慎な! だからジャズなどの20世紀の音楽は、下世話なのだ!」
でもさ、
人間って、古いものは、すぐに飽きるでしょ?
でん六豆がどんなに美味しくっても、
後発のベビースターラーメンや、
かっぱえびせんや、♪それにつけてもおやつやカ~ル!や、
サッポロポテトや、じゃがりこや、カラムーチョや...。
後発のスナック菓子を、夢中で食べたものでしょ?
音楽だって同じ。
西洋クラシック音楽の和声進行は、
20世紀以降、急速に飽きられてしまったわけですよ。
だから、西洋クラシック音楽の作曲家たち自身が、
それまでに無い、奇抜な和声や和声進行をどんどん取り入れていったわけでしょ。
ドビュッシーなんか、パリ万博で聴いたインドネシアのガムランの音楽隊の音楽にインスパイアされて「塔」っていう曲を作ったし、
黎明期のジャズにインスパイアされた「ミンストレル」や、なんとかのケークウォークって曲を作ったわけでしょ。
そんなことは、クラシックピアノ人にとっては周知のことだと思うけど。
話をもどして、
でもね、
クラシック的にみてどんなに奇怪な転調をポンポンしても、
楽譜があって、楽譜どおりに弾ければ、
なにも考えなくても覚えなくても弾けるんだけれどさ、
ジャズの場合は、即興演奏するでしょう?
この、即興演奏のために必要なのが、
なんでもかんでも12キーの個別ベースで認識しておくことなんだと、私は思います。
つまり、
別にジャズに限ったことではなく、
西洋音楽や、西洋音楽をベースにした、日本の歌謡曲をアドリブ演奏したり、西洋音楽をベースに自分で作曲して即興演奏したい場合には、
西洋音楽で使われる、
すべてのキーの音階と和音を、
和声進行や調性の変化に合わせて瞬時に音楽的に展開し続けていくことが、
必要なのです。
プロのミュージシャンは、それを、人さまからおカネをもらえる超人的なレベルでやっているだけなのです。
ところが、
それを体得するのは、まるで赤ん坊が母国語を覚えて、一人前の大人の言葉で話せるようになっていくのと同じぐらいの、膨大な経験値の累積が必要なのです。
たとえばさ、私が成人した日本人として、一人前の「社会人の日本語」を、自信をもって何不自由なく話せるようになっのは、大卒で一般企業に就職してから3年経った、25歳ぐらいの時ですよ。
生まれてから25年、かかったわけですよ。
日本語に限らず、英語でも下町英語でもヨークシャー英語でも米語でもブロンクス米語でも西海岸米語でもタガログ語でもビサヤ語でも、大阪弁でも東北弁でも九州弁でも首都圏弁でも何でもね、
ひとつの言語を一人前にマスターするのに必要な年月って、そんなもんだとおもいますよ。
音楽も、
クラシックや現代音楽の作曲家が唱えるように「musical language(音楽言語)」 なわけです。
そうなんだけどさぁ、そして、
実は、これが、音楽という人文科学(だったかな?)の神髄なんだけどさぁ、
クラシックピアノ教師やクラシックピアニストを含めたクラシックピアノ人は、
どういうわけか、その認識が非常に低い。
だから、
「楽譜が読めて楽譜どおりに弾けること=音楽ができる」という、
とんでもなく浅はかな思い違いをしたままで、
プロのつもりでいたり、プロになろうとするわけです。
だから、本当の音楽業界で、取り付く島もない思いをして、
仕方なく、ウブな素人相手の「ピアノ教師」稼業をやることになるわけです。
(もっとヒドいのは、「音大を卒業したら、(演奏のプロの世界に挑戦して苦労することもしないで)ピアノの先生になろう」と思っている場合です)
ということに、私がようやく直視して、「やってみよう!」と思ったのが、5年以上前のことです。
幸い、大卒後に仕事で必要になった英語を、なんとか仕事で使えるレベルまで上達させたときの成功体験のノウハウが、私にはありました。
「英語を使えるようにするのと同じことをやればいいんだな。」
と思った瞬間、目の前が真っ暗になりましたよ。
「また、あれと同じくらいの量を、音楽でやれなければならないのか...」
目の前には、音楽という、絶壁がそそり立っているんですよ。
「絶壁」にすると、落ちたら危ないから、
海抜ゼロメートルとはいわないまでも、子どもの頃にピアノを習っていたから、
かろうじて海抜100メートルの高さにいる私の眼前に、
( ↑ クラシックピアノを習ったメリット500メートルから、クラシックピアノを習ったことによるハンデ400メートルを差し引いた地点のことです)
音楽という富士山(3776メートル)が、そびえ立っているんですよ。
50代で、また、英語の時みたいに、あんな苦労をするのかよ...と、
もう、やんなちゃった。
でも、私には、やるしかなかったのですね。
自分の心のままに、好きな曲を、お子ちゃまクラシックピアノお稽古くずれの幼稚なテキトー弾きではなくて、20世紀の音楽文法にちゃんとのっとって、思いのままに弾きたい! 今は茫然と聴くだけで理解できないカッコイイ曲を、自分でも作ってみたい!
それまでは、死んでも死にきれない!
という気持ちで、まずは、アマチュアのジャズ愛好家の先達さんの多くが勧めている
Mark Levine の The Jazz Theory Book を買って、読み始めましたよ。
「へ~、そうか~、ジャズでよく使う音階、スケールっていうんだね。そして、モードっていうのは、... へ~、」
って読み進めていったら、本の中盤部分に
「Practice, practice, practice.」っていう題の章がててきたのです。
私はそこで、本を読み進めるのを、やめちゃった。 もはや、
ジャズ理論書を読んでいるふりをして逃げてばかりいては、一歩も前進しない。
と、観念して、
はじめたね、practice をさ。
これが、もう、
記憶力も体力も低下の一途をたどる50代の私にとっては、しんどくて。
そして、このような中で、
私のようなクラシックピアノ経験者にとって大きなハンデとなるものが、
クラシックピアノの「ド=C」の絶対音感宇宙なんだ!
と痛感したね。
ちょうど、子どもの頃にあった「ダイアトニックスケール」ベースの絶対音感がズレるばかりかメチャクチャになってきたので、なんとか相対音感を身に付けたかったね。
そこで、
ここからが、私が一人で考えて試行錯誤した、内容を書きます:
たとえば、Cメジャースケールの:
アイオニアンモード: 1-2-3-4-5-6-7
をドレミ読みするには: ド-レ-ミ-ファ-ソ-ラ-シ
でいいけど、
ドリアンモード: 1 - 2 -b3-4-5-6-b7
をドレミ読みするには:ド-レ-?
と、ここで早くも、「移動ド」の「ドレミ読みが」破綻するわけですよ!
「お前はドイツ音名を知らないんだな。「ツェー デー エス エフ ゲー アー ベー」と読めばいいじゃないか!」
いや、だからさぁ、それが通用するのは、ハ長調のドリアン旋法の時だけでしょって! ハ長調の「1234567」の「b3」が「Eフラット」だから「エス」で、「b7」が「Bフラット」だから「べー」ってことでしょ! じゃあさ、嬰へ長調のドリアン旋法の「b3」は移動ド読みのときはどうするのさ!?
ってことですよ、私が困ったのは!
かといってね、スケールを数字読みするとさ、
「1, 2, フラット3, ...」みたいになって、とても読みにくいでしょう?
そこで、「何かいい方法はないかな~」と、日々ネットを見ていたら、
どこかの国のホルン奏者が、「クロマティックソルフェージュ」なるものの記事をあげていたんです。
それを読んで、「これだっ!」と思いましたね。 そして、
そのホルン奏者さんがお勧めするソルフェージュ本をポチりました。 当時、日本円で¥1,200円ぐらいだったと思います。
それと前後して、どこかの国の誰かがクロマティックソルフェージュの音階の読み方を説明する動画を2つ、みつけました。それを見て、音階の読み方がわかったところで、
クロマティックソルフェージュの音階を、12調でスケールを覚える際に、使い始めました。
たとえば、
メイジャーブルーススケールは: 1-2-b3-3-5-6
これを移動ドで読むと: ド-ぅれ-メ-ミ-ソ-ラ
みたいにです。
つまり、「b3=メ」と、自分の脳内で紐づけし始めたのです。
このような工夫を自分で考えながら、3年間、地味なことを続けていたのですが、
去年の6月あたりから、徐々に、音楽文法にのっとったアドリブ演奏が、少しずつ、少しずつ、できるようになってきました。 そして、
最近は、好きなポップスを聴きながら、「"移動ド"クロマティックソルフェージュ」(と私は名付けたよ)で、歌えるようになってきました。
たとえば、ユーミンの「ベルベット・イースター」の歌い始めは:
2 b3 5 2
ぅれ メ ソ ぅれ...
というふうに。
この「"移動ド"クロマティックソルフェージュ」が便利な点は、
原曲のキーが何であっても、ドレミ読みできるので、
曲のキーを忘れてしまっても、メロディだけ移動ドレミで歌えることです。
ここまで、とりとめもなく書いてきたこの記事の主旨は、
ひとつの曲のなかで非古典的な転調が頻繁に起きるジャズ音楽では、
全キーで即興演奏できることが肝心かなめのスキルであり、
そのためには、全キーで、スケールやモードといった西洋音楽文法を把握していることが重要で、
そのためには、オルタード音の読み方も含めたクロマティックソルフェージュの読み方を使うと便利だなぁ、と、
私は自分で工夫して試行錯誤した結果、個人的に思っている。
ということです。
乱文になりましたが、このシリーズの記事④は、こんなところです。
さいごに、ここまで読み続けて下さった奇人変人の皆様へ、
私から、ささやかなプレゼントです:
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1 - #1 - 2 - #2 - 3 - #3 - 4 - #4 - 5 - #5 - 6 - #6 - 7 - #7
do - di - re - ri - mi - ma - fa - fi - so - si - la - li - ti - to
1 - b1 - 7 - 7b - 6 - b6 - 5 - b5 - 4 - b4 - 3 - b3 - 2 - b2
do - de - ti - te - la - le - so - se - fa - fe - mi - me - re - ra
↑ ローマ字読みすればいいと思います。
どこで写したのか、もう忘れました。
間違ってたらご愛敬!(タダの情報だからね!)
私は、自分にとって必要な読み方だけ選んで使っています。
これらは、現代音楽用のソルフェージュの、絶対音感ベース(C=ド)の読み方ですが、移動ド用にも使える!と実感しています。
それから、この「クロマティックソルフェージュ」なるもの。実は、1960年代の東京のとある公立小学校の音楽の時間に、教えられていた!ということを、私は知りました。
カシオペアの野呂一生さんが、小学校の音楽の授業で、音楽の先生から、「クロマティックソルフェージュ」の日本語バージョンの読み方を、教わっているんですね。
ネットで見つけた野呂さんのインタビュー記事を読んで、私は雷に打たれた思いがしました。
と同時に、日本の「生きる伝説フュージョンバンド」カシオペアの音楽が、「クロマティックソルフェージュ」を基盤にしたものであることを、たいへん遅まきながら、私は知ったのです。
だから、そのようなこととは露知らずに、2010年の終わり頃に、ネットを検索して「クロマティックソルフェージュ」にピン!ときて取り入れ始めた、私の勘は、まさに的を得ていたことになる!と、しみじみ実感しています。
当時、YMOはもう人気者になっていたかもしれませんが、YMOのサウンド(の背骨は坂本龍一の西洋クラシック&現代音楽作曲法)とは全く違う、カシオペアのフュージョンサウンドが、どうして当時、突然、彗星のように出現したのかが、よーくわかりましたよ!
そして、どうして、クラシックピアノのお稽古を10年させてもらった後の、当時高校生?だったかな?の私が、当時カシオペアの音楽がぜんぜんわからなくて、すっかりジャズ・フュージョン恐怖症になってしまったかも、今は、よーくわかりますよ!
だから、私が、「クラシックは 1-2-3-4-5-6-7(ハ長調のダイアトニックスケール=白鍵だけ) vs ジャズなど20世紀音楽は 1-b9-2-#9-3-4-#11-5-b13-6-b7-7(全キーのクロマティックスケール=白鍵+黒鍵)」の、生き証人なのです。
「複雑な音楽を作曲した坂本龍一はクラシックのバックグラウンドだろ!」という声が聞こえてきますが、はい、教授は「西洋クラシック音楽+西洋現代音楽」の素地を持つ、作曲家であって、再現演奏しかできないクラシックピアニストふぜいでは、ありません。
野呂一生さんは、クラシックの音楽教育を受けていないと思いますが、たまたま、通っていた公立小学校の音楽の先生が、西洋現代音楽の訓練で使うクロマティックソルフェージュの、日本語での読み方を、野呂一生少年はじめ児童たちに、教えてくれたのです。1960年代の頃だと思うので、今とくらべて、各教師に裁量が認められていた、おおらかな時代だったこともあると思います。 つまり、野呂一生さんは、すでに子どもの頃に、西洋現代音楽の素地を養っていたわけです。 ところで、ピアノのお稽古で、バイエル、ツェルニー、ブルグミュラー、カバレフスキー、シューマン子どもの情景、バッハ、ベートーベン、ドビュッシーのアラベスク1番だけ、ショパン、リスト...........。西洋現代音楽の曲は、いったい何歳になったら、ちゃんとやらせてもらえますか?いや、一生のうちに、やらせてもらえる機会って、あるんでしょうか?
ジャズ黎明期から発展期にかけて、ジャズミュージシャンたちは、自分たちの音楽に西洋現代音楽の理論を組み込んでいきました。 ジャズの背景の大きな要素として、西洋現代音楽理論が存在しています。
だから、2歳のころからクラシックピアノのお稽古づけで音大のピアノ科はもとより、作曲科まで出た人でさえも、ジャズやフュージョンにてこずるのです。
子どもの頃に、ぜんぜんやったことがないから、大人になってから、てこずるのです。
そして、今現在の音楽産業は、当然のことながら、
20世紀の和声(ジャズや西洋現代音楽)の基盤の上に成り立っていますから、
19世紀以前の和声しか経験したことの無いクラシック音楽出身者は、
当然のことながら、音楽産業から相手にされない、
つまり、おカネを稼げない。
蒸気機関車は運転できても、
新幹線が運転できなければ、
仕事が無いでしょう?
ただ、それだけのことです。
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続きの記事⑤があるのかどうか、わかりません。
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