おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

ジャズピアノとクラシックピアノと外国語

 

以下は、20211113にアメブロに書いた記事:

 

クラシックピアノは、中高の英語教育と同じだ。

本当の英語をろくすっぽ話せない先生が、

指導要綱に沿って、

文部省認可の薄っぺらい教科書を教える。

前置詞、S+V+Oの構文、「下線の英語部分で、主人公は何を意味しているか?答えよ」配点10点しかも日本語でっ!

これじゃぁ、いつまでたっても英語が使えるようにならないわけだ。

 

ジャズピアノは、教科書英語に比べたら、異次元的にシビアだ。

実戦的な音楽語のコミュニケーションだからだ。

とにもかくにも、自分の言葉で話さなくちゃぁ始まらない!

しかも、

ジャズピアノの本分は、セッションだ。

自分の言葉でペラペラ話せた上で、

人との対話でポジティブなケミストリーを生み出さなければならない。

 

大学に入学して、

英語の専門の学科の人たちがNewsweekの記事をドンドン読んでいる、と聞いて、

一冊買ってみたよ。

買って、開いてみたよ。

読もうとしてみたよ。

すぐに本を閉じたよ。

見なかったことにしたよ。

だって、

ぜんぜん解らないんだもん!

 

「それが、お前の実力なんだよ!」

 

聞かないふり、聞かないふり。

 

あ~あ、あの時、

自分の本当の実力にちゃんと向き合って、

イチから、というか、はっきり言ってほぼゼロから、

地味なことをコツコツ狂ったように積み上げていれば、

社会人になって苦労することもなかっただろうに...。

 

クラシックピアノ⇒ジャズピアノへの移行もまったく同じ。

 

あ~あ、あの時、

自分の本当の実力にちゃんと向き合って、

イチから、というか、ほぼゼロから、

地味なことをコツコツ狂ったように積み上げていれば、

ジャズピアノを今スラスラっぽく弾けるようになっていただろうに...。

 

ジャズピアノの本分は、セッションだ。

ロピアノのピン芸だけでは、亜流だ。

日本語や英語の本分は、複数の人たちとコミュニケーションをやり取りすることだ。

日本語や英語の独り言は、対人ケミストリーをまったく醸成しない。

ケミストリー在る所に、人間社会の進化在り。

ケミストリー無き独り言は、一流のプロを除いて、

一人の中で終わる、最悪の場合は独り善がりの戯言だ。

(一流のプロのソロピアノ演奏は、当然のことながら次元が違う。

 セッションがすでに異次元の彼らの世界観と伝える力は、ソロライブになっても異次元だ。)

 

音楽に関しては、私は、独り言の亜流で終わるかもしれないな。

でも、自分の言葉で一言も話せないよりも、まだマシだ。

そう思って、今日も、老化が始まった脳と身体で、地味なことを続けている。

 

tokyotoad = おんがくを楽しむピアニスト

 

もとの記事@アメブロ

ジャズピアノとクラシックピアノと外国語 | おんがくの細道

 

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このブログ「おんがくの彼岸(ひがん)」は、私 tokyotoad が、中学卒業時に家の経済的な事情で諦めた「自分の思いのままに自由自在に音楽を表現する」という夢の追求を、35年ぶりに再開して、独学で試行錯誤をつづけて、なんとかそのスタート地点に立つまでの過程で考えたことや感じたことを記録したものです。

「おんがくの彼岸(ひがん)」というタイトルは、「人間が叡智を結集して追求したその果てに有る、どのジャンルにも属さないと同時に、あらゆるジャンルでもある、最も進化した究極の音楽が鳴っている場所」、という意味でつけました。 そして、最も進化した究極の音楽が鳴っているその場所には、無音静寂の中に自然界の音(ホワイトノイズ)だけが鳴っているのではないか?と感じます(ジョン・ケイジはそれを表現しようとしたのではなかろうか?)。 西洋クラシック音楽を含めた民族音楽から20世紀の音楽やノイズなどの実験音楽まで、地上のあらゆるジャンルの音楽を一度にすべて鳴らしたら、すべての音の波長が互いにオフセットされるのではないか? 人間が鳴らした音がすべてキャンセルされて無音静寂になったところに、波の音や風の音や虫や鳥や動物の鳴き声が混ざり合いキャンセルされた、花鳥風月のホワイトノイズだけが響いている。 そのとき、前頭葉の理論や方法論で塗り固められた音楽から解き放たれた人間は、自分の身の中のひとつひとつの細胞の原子の振動が起こす生命の波長に、静かに耳を傾けて、自分の存在の原点であり、自分にとって最も大切な音楽である、命の響きを、全身全霊で感じる。 そして、その衝動を感じるままに声をあげ、手を叩き、地面を踏み鳴らし、全身を楽器にして踊る。 そばに落ちていた木の棒を拾い上げて傍らの岩を叩き、ここに、新たな音楽の彼岸(無音静寂)への人間の旅が始まる。

tokyotoadのtoadはガマガエル(ヒキガエル)のことです。昔から東京の都心や郊外に住んでいる、動作がのろくてぎこちない、不器用で地味な動物ですが、ひとたび大きく成長すると、冷やかしにかみついたネコが目を回すほどの、変な毒というかガマの油を皮膚に持っているみたいです。

 

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↑ 不本意にもこんな野暮なことを書かなければならないのは、過去にちまたのピアノの先生方に、この記事の内容をパクったブログ記事を挙げられたことが何度かあったからです。 トホホ...。ピアノの先生さんたちよ、ちったぁ「品格」ってぇもんをお持ちなさいよ...。

 

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