おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

すべては、吹く風の中に

 

幕末にコレラが流行ったとき、江戸では、儲かった業種と干上がった業種の番付けが作られたそうです。

 

高橋敏氏の『幕末狂乱(オルギー) コレラがやって来た!』によると、

儲かった業種は、焼き場(火葬場)、早桶屋(お棺を作る業者)、薬屋、墓穴掘りの寺男、花屋のばあさん(墓前用)などで、

干上がった業種は、芸者・幇間(エンターテイナー)、魚屋(風評被害から)、天ぷら屋(外食産業)などだったそうです。

 

江戸市中の焼き場には早桶があふれて、火葬が間に合わないほどだったそうです(同じ状況が現在ヨーロッパで進行中)。 現在の状況との符号がすごいね。

 

ファウチ博士によると、伝染病に対する米政府の政策は構造的に3週間遅れになるため、今日の最新のデータは、3週間前の状態のデータだそうで、だからこそ先回りの政策アクションが必要とのこと。 米で3週間....それをもっと早く知っていれば.....orz....。個人的には1週間くらい前倒しで行動できていたと思っていたが....。 今月1日から「セルフロックダウン」に入った占い師(yujiさん)もいるようで、さすが、占い師は時間感覚が鋭い。 都市部では、3月末からかなりの人がその状態に入ったのでは? こういうときこそ、本当のタイム感覚が試される。

 

学校で勉強した国語・算数・理科・社会を脳内で総動員して分析・計画・行動する、真の生存能力が試される。 先生に言われた通りの丸暗記マインドセットがいかに脆弱なことか。 先生のくれる指導は、一重マルは、花マルは、そもそも正しいのか?  違う角度から見たら、一重マルが花マルに、花マルがバッテンってことにはならないのか?  てんでんこ。 自分のサバイバルを人任せにしない、それが、人間の尊厳。 最終的には、自分の知見と本能と体力が資本。 今までの経験・知識を総動員して、自分の内なる声に従って、身体的&経済的な体力を資本に、生き伸びるために、道なき道を切り拓いていく。 ノロマに付き合っている暇はない、ノロマは置いていく、自分で走る。 天は自ら助ける者を助ける。 

 

この世で生き延びるためには、まずはカネが必要だ。 もし失業したら、これから有望な業種は何だろう? 万が一、いや千が一、いや、けっこう2分の1くらいの確率で商売替えが必要になるかもしれない、と保守的に見積もって、今から(もう遅いかもしれないけど)目を光らせる。 えーと、巷では、

宅配ピザが大規模求人、アメリカのスーパーマーケットが大規模求人、宅配業や小売り販売員、建物の使用目的の変化によるリフォーム需要、そして、消毒業や、病院のサポート要員、葬儀関係あたり? 運転免許があると強いね。

 

商売替えの必要性を、段階的に把握しておく。 平時において、自分はその業種の上位何パーセント以内に入っているかの座標点を把握して、その業種の50%が影響を受ける、その業種の80%が影響を受ける、90%が影響を受ける、99%が...と想定しておけば、今後の身の振り方のガイドになるかもしれない。

 

よく言われるのは、平時においてその業種の上位10%以内にいると、安定して仕事がある、平時では上位20%以内にいればまあ安泰。 平時において上位5%以内はその業種ピラミッドの頂点を構成しており、上位2%以内が、経営陣としてその業種を牽引しているだろう。 平時でも「10人にひとり」にはなっておきたいが、非常時であればやはり「100人にひとり」になれるかどうか。 業種によっては「1000人にひとり」でも危ないかもしれない。 そういう不安定な業種の場合は、エリート中のエリートでない限りは、何かのセーフティーネットを持っていたい。 たとえば、山田隆夫さんのように収益不動産を持っているとか、親の事業資産とか、養ってくれる人とか、継続的にキャッシュフローが入ってくる源泉を確保したい。 

 

 

そういえば、昨日になっても、近所をマスクをしないでうろついている外国人観光客がいた。 日本の方が安全と思い込んで国内のホテルに長逗留を決め込んでいるのか?  それとも、14日間の待機要請を無視して出歩いているのか?  ペストはネズミを介して、マラリアは蚊、今回は、国内をあっちこっち動き回る観光客がキャリアー(運び屋)になっている?  もうずいぶん前からそうだった?  

 

 

tokyotoadが見た幻:

① お金では買えないものを、お金を差し出して必死に買おうとする人たち。 

② 手足の動きがちぐはぐな、頭のない巨人。

③ データや記録に決してカウントされることのない、無数の窓の内の苦しみと犠牲。

④ ネズミやゴキブリが増え、駆け回っている。

 

あのときと同じ絶望が満ちている。 あのときと同じことがまた繰り返される。 

 

すべては、吹く風の中に、もうすでに有る。

 

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