おんがくの彼岸(ひがん)

「出すぎた杭」の大人ピアノならではの自由と醍醐味(だいごみ)を楽しむtokyotoadのブログ

ピアノを弾くと背中が痛い_002 +「あやとり人間」

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以前、こんな記事を書きました:

tokyotoad1.hatenablog.com

 

その後、身体をほぐし始めて、2019年8月末で2年が経ちました。 身体の左右差はまだありますし、この世で生活する以上、左右差は死ぬまでなくなることはありませんが、それでも、以前に比べたら股関節や肩甲骨も柔軟になってきたし、身体の左右差もコントロールできるようになってきました。

 

私の現在の考えは:

 ピアノを弾くと背中が痛くなるときの、痛みの種類は2種類ある:

 ① よい痛み:自然な姿勢や動きができている人が、練習をすると、背中が筋肉痛になる、その痛み。

 ② 悪い痛み:体が捻じれていて骨格が曲がっている人が、練習をすると、余計に筋肉のコリが悪化する、その痛み。とくに、肩甲骨の内側の片方や、首の片方のコリが激しくなる。(背中の左側の痛みについては、橋本敬三先生の著作に具体的な症状と治療方法が載っている)

 

①の痛みは、どんなに無理のない効率的な使い方をしても、現在の筋肉のキャパシティを超えてたくさん使えば、当然のことながら筋肉は疲れる、その痛みなので、筋肉が疲労から回復すれば、痛みはなくなると思います。

 

②の痛みの場合は、身体の捻じれと歪みのポイントに、ピアノの練習による動的な負担がかかって、痛くなる、その痛みだと思います。 これについては、おおもとの捻じれと歪みがなくならない限り、痛みはなくならないし、また、いくら必死に練習しても、ピアノの運動技能も向上しないと思います。 

 

あたかも、あやとりをしていて、あやとりで作った「橋」の形の、糸が綾(あや)なす交差のひとつを接着剤で固めてしまうと、たった一か所を固めただけなのに、もはや、あやとりで作った「橋」全体を動かすことができない。 それと同じことが、身体の骨格で起こっているのだと思います。

 

人には、利き腕があり、普段の生活において、右手と左手は、それぞれ異なった仕事に特化して動いています(野口三千三先生も、身体の左右差について著作の中でそう書いている)。 利き腕を動かして、反対側の腕は、利き腕の動作を支える仕事をしています。 野球のピッチャーのピッチング動作が、その最たるものだと思いますが、ふつうに生活しているだけでも同様で、支える腕の側の身体に、支点や回転軸ができて、その部分に負担がかかるために、凝るのだと思います。

 

支点や回転軸が固定化されて凝ってしまったうえに、日々の仕事や生活で運動不足が慢性化すると、その支点や回転軸の筋肉がどんどん凝り固まり、その凝り固まりが全身の動きを阻害して、身体が捻じれたままで、固定されてしまうのだと思います。

身体全体が動かなくなった「あやとり人間」の出来上がりです。

この状態では、歩くこともままならないので、片足を引きずるような歩き方や、一歩ごとに左右に揺れるような歩き方になったり、ドタドタ歩いたり、よく転んだりするようになるんだと思います(つまり、ほとんどの中高年がそうなります)。

 

歩き方や動きがいびつな人は、運動に関係する何をやっても、いびつにしか動けません。 なぜなら、全身が固まってしまった「あやとり人間」だからです。

全身は連動しているので、ドタドタ歩きの人や、よく滑ったり転んだりそうになってアタフタする人は、その人の指も、ドタドタ弾きで、鍵盤の上でよく滑ったりすると思います(私の経験上、指すべりは、単に指先の乾燥だけの問題ではないと思う)

 

当然、ピアノを弾いても、指がドタドタで滑ってばっかりなので、特にクラシックピアノでは、先生からのダメ出しの嵐を受けることになると思います。

 

このような「あやとり人間」は、「手首を柔らかく使って!」とか「親指をもっと柔らかく!」とか注意されても、当然できません。 指も手首も肘も肩もすべて、固まってしまっているからです。 

 

私は、2年以上試行錯誤を続けている現在、「手首が柔らかく回っているのも、親指の力が抜けているのも、結果としての状態に過ぎない」、という結論に達しています。 そして、結果を生む原因は、手首にも、親指にも、無い。 ぜんぜん違う場所にあります。 

 

「親指が固いから、親指をこうストレッチして」とか「手首をこうストレッチして」という方法は、ほとんど効果がないでしょう。 上述したように、身体のある部分が固い人は、概して、身体全体が固いからです。 そして、その固い原因は、親指や手首から遠い、ぜんぜん違う場所にあります。 そこが柔らかく使えていれば、手首も親指も自在に動かせるんです。 それを知らずに、手首をギコギコと無理やりストレッチしていれば、手首がやられてしまうでしょう。

 

そこが柔らかく使えていれば、手首や親指どころか、身体全体が自在に動かせるはずです。 そうじゃない場合は、身体全体がフレイル状態で、何をどうやっても結果はフレイルです。

 

ですから、「手首を柔らかく使って!」とか「親指をもっと柔らかく!」といった注意注意は、注意する方、される方の、双方にとって、無駄な行為です。 そればかりか、注意される方は、いたずらにネガティブ言葉を浴びることになるので、有害このうえない。

 

だから、身体が固い人で、クラシックピアノを「美しい音で」弾きたいと思うならば、まずやるべきことは、身体をある程度柔軟にして、ある程度は動けるようになることです。 じゃないと、レッスン料と人生の時間の無駄です。

 

とくに、中高年は、長年の仕事や生活によって、身体が捻じれたまま固まっている人がほとんどだと思います。 それに、身体の老化が追い打ちをかけます。 このような人が、ピアノを始める、または、再開する場合は、上記のありさまになる可能性が高いと思います。 

 

最近、60代とおぼしき女性がピアノの先生に指導を受けている動画がひっかかってきました。 この女性は、先生から教わったピアノを弾く姿勢を人工的に保とうと一生懸命になりながら(もうその時点で身体を固くしている)、初心者向けの単純な練習曲を弾いていました。 が、彼女の動きは、まさに、固まった「あやとり人間」でした。 指と手首が動かないもんだから、肘を回して腕全体を回転させて弾こうとする。 しかも、肩も固くて肘の動きを吸収できないもんだから、上半身を、やじろべえみたいに、ぎこちなく左右に動かしながら弾いていました。 

そうしないと、腕を動かせないんだよ。 身体が固まっているから。

やじろべえみたいに上半身を左右にぎこちなく振るのは、胴体が固まっていて体軸が全く無い状態の表れです。 体軸がなくて上半身がブレブレな状態で、指先の動きを制御できるはずがありません。 (上半身を左右に動かして弾くピアニストもいますが、その場合は、あまり使われることがない最低音域や最高音域を高速で連打したり、88鍵盤の端から端まで駆け抜けるランやスケールを高速で弾くようなエクストリームな演奏のプロたちで、一般人のシロートが手元で弾くような練習曲は、そんなに上半身を動かさなくても弾けるはずです)

彼女が弾き終わると、先生の指導タイムが始まりました。 先生が左手の音切れが悪いとワーワー指導している間に、彼女の背筋は丸まり(上から目線の指導によって委縮&硬直したことの現れ)、弾きなおした時には、左肘の回転がさらに大きくなってしまっていました。 先生は、音切れが良くなった!とほめていましたが、それは、身体が動かない彼女が、さらに委縮硬直した挙句に、さらに動かなくなった腕を無理やり肘を回して動かすという、不自然な動きが増幅された結果なんだよ。 

 

そのことに、動画を upした先生は気がついているのか?  

私だって、その動画を見て気がつくよ。

そんな動かない身体の人に、その動かない身体をさらに不自然に使わせて、音切れを良くさせようと指導する、その了見が、意味が、私には皆目理解できない。 

 

私も、身体が動かなかったし、いまでもそうだから、その動画は身につまされた。 見ていて涙が出てきたよ。 その生徒さんは、身体がある程度柔かくなって全身の動きを滑らかに連動させるようにならない限りは、先生が思い描くような弾き方は絶対にできない。 いくら練習曲をやっても、大して変わらないだろう。 だったら、なんで、レッスンのあり方を変えないのか?    

  

身体が固まっている人、とくに、身体が捻じれてそれが硬直化しつつある中高年が、ピアノを始める場合は、自分の身体の状態をよく認識してからやると、人生で無駄に絶望することが少なくなると思います。

 

「特定の楽器を楽譜どおりに弾く」ことは、反射神経と身体技能の訓練であり、スポーツでは基礎トレーニングの領域です(試合ではない)。 子ども用の身体技能訓練が中心の指導をされてしまうと、今はやりのフレイルが進行する中高年は、ほぼ確実に「できない」ことになってしまうからです。

 

クラシックピアノをやる場合は、「私はこの曲を弾くと決めたので、楽しく演奏できるように、あなたは手伝ってね」と宣言して、つまらない練習曲を延々とやらされることがないように、決して先生にマウントをとられないようにするとよいのではないかと思います(もっとも、生徒にマウントをとるような先生は、哀れな存在です)。 

 

そうなんです。先ほどの動画で気になったのは、先生は大きな声で生徒に喋りっぱなしで、それとは対照的に、生徒さんはうなずくだけ、または、声を出しても蚊の鳴くような声だったことです。 これは、このレッスンの主役が、生徒ではなく、先生のほうになってしまっていることを意味しています。 スポットライトを浴びるべきスターは、生徒のほうなのに。

レストランでもお店でも、近頃の店員さんは、お客さんの前で、床に片膝をつけて応対するでしょう? これは、お客さんが主役であることを示しているんですよ。 サービス業の基本です。

本来、医者と先生は「通う」ものではございません。「つける」ものです。 もっとも、医者は、命にかかわることも助けてくれますから、「先生」と呼んで敬ってしかるべきですが、趣味道楽の「先生」や「師匠」という肩書きの真の意味は、「エンターテイナー」なんですよ。 額面どおりにとって平気でいることは、大人として、ちょっと恥ずかしいですよ。

 

(さきほどの動画で、先生の注意を受けている生徒さんが、蚊の鳴くような声だったのは、生徒さんがまともに息ができなくなっているからです。 人間が心身ともにリラックスしている時は、深い息ができます。 人間が息を殺すとき、息が浅くなっている時は、外からの脅威に対して心身が緊張して身体が硬直している時です。 その動画では、生徒さんが先生からの注意のマシンガンを受けて、頭がパニックになって心身が緊張状態にあることが、非常によく表れています。)

 

  

横道にそれましたが、

大人でピアノを始めたり再開したりする場合は、ピアノではなく、音楽を趣味で楽しむスタンスで入っていったほうがいいと思います。 実際、音楽を趣味にすれば、どんなジャンルの音楽でも、また、どんな楽器でも、音楽文法とノウハウが通用するからです。 

 

なぜなら、「ピアノを習う」イコール「音楽を習う」ことではないと、常日ごろ感じるからです。 だって「東大生の多くがピアノを習っていた」とか「ピアノは脳トレになります」なんていうのがセールスコピーになるのであれば、ピアノを弾くことは音楽ではなくて、別の何かのための手段になり下がってしまったからです。 弾く姿勢や指使いや譜面どおりに間違いなく弾くことは、音楽の再現のために大切なことですが、バイエルツェルニーブルグミュラーと1960年代から一向に変わらない画一的な教材と教授法を、大人/子どもの見境なく誰に対しても採用して、生徒の年齢や運動能力や音楽の好みを無視して没個性的なレッスンを施すだけになってしまうと、もはや音楽を習っているのか何を習っているのかわからない気がします。 

 

いや、ピアノで習っていたのは音楽じゃなかったんです。 でも、紙に書かれた文章をタイプライターでひとつのミスもなく再現するタイピストのような職業は、すでに消滅して久しいのです。

 

音楽とは、いかに楽しく歌えるか、楽器演奏を楽しめるか。 ぶっちゃけ、自分の人生を表現できるか、です。 心から楽しく歌ったり演奏できればできるほど、心身ともにリラックスして、固い身体も動きやすくなり、 自発的な欲も出てきて、もっと身体を柔軟にしてうまく弾きたいなあと思うようになったり、音楽理論をかじってみたり、著名なプロの演奏家のコンサートに行ったり、曲を作ってみたりと、自由に音楽を楽しめるようになる。 音楽は、芸術活動は、根源的に、自己表現です。 だから、本来は、楽しいものなのです。 楽しくやるのが音楽なのです。

 

====追記=====

戦後の時代 、とくに、楽器メーカーが音楽教室チェーンを展開し始めたころ、町のそこかしこから、子どもたちの無邪気なピアノ練習の音が聞こえていました。 郊外の団地や住宅地には、サラリーマンの妻となったママさん先生たちが、近所の子どもたちを集めてピアノ教室を開きました。 教え方は、子ども向けのピアノ指導法に基づくものでした。 

そのころの日本は、国自体の年齢が、若かったのです。 

ところが、日本の国が老いるにつれて、子どもの数は減り、代わって、ようやく人生に少しゆとりができた中高年たちが、ピアノを始めたり、再開し始めました。 あっという間に、生徒の加齢と人生&社会経験が、先生や指導法を追い抜いてしまったのです。 

ちなみに、パフォーマンスに年齢制限を設けて中高年を「マスターズ」として隔離することは、ゴルフや野球などと同じ、スポーツ競技であることを意味するものです。

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